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課長はいつも忙しい(ウサギとカメ)

作者: 五代知克

 蒸し暑い8月の終わり、今年は梅雨にあまり雨が降らなかったのに、8月後半に入りやけに雨が降る。その湿気と、暑さで異常な蒸し暑さだ。

 私はいつものように、出勤前に駅前のファーストフード店に立ち寄った。いつもの雰囲気、いつも座る場所、いつものコーヒーだ。四十歳後半になっても、いまだコーヒーの美味しさがわからないが、とりあえずコーヒーを注文する。100円で1時間の場所代と思えば安いものだ。

 働き出して、もうすぐ25年。よくも25年近くも働き続けているなぁと、自分に感心することが最近よくある。それと同時に、本当にこのままでいいのかとも、ふと思うことがある。

 一生懸命走り続けて、どこがゴールなのだろうか?

 私は、熱いコーヒーを一口口の中にいれた。

 最近読んだビジネス書に、こんな話が書いてあった。たしかイソップ童話だったと思う。「ウサギとカメ」の話を題材にした例え話だった。本を読んだときに心に残るとても良い言葉だったので、しっかりと覚えている。

「ウサギとカメの童話において、なぜカメは圧倒的に足の早いウサギの挑戦を受けたのか?カメは、ウサギと競争しているのではなく、カメ自身、自分自身との戦いをしていたのではないだろうか?」

 この文章を読んだときには、妙な納得感があり、「自分自身との戦い」というのは、いいフレーズだなぁと妙に感心したのを思い出す。


 夏休みだからか店内には、朝からそこそこの人がいる。おばあさんたちのコミュニティもできており、ワイワイと騒いでいるのが妙にうるさいが、こういった場所も大切なのだろうと、知らぬそぶりを決め込む。

 ふと、私の座っている席の前を3人の若い男性が通った。高校生か、大学生くらいだろうか、ラフな感じの洋服、短パン姿で、目の前を通りすぎていく。


「それ、本当?」


 左端を歩いていた、短パンに小豆色の帽子をかぶっていた少年が他の二人に言った。その言葉が、私の耳にも入ってくる。


「それ本当?」

「それ本当?」

「それ本当?」


 それとは、ウサギとカメのことか?本当にカメは自分自身のために、勝負に挑んだのだろうか?確かウサギとカメの話は、こんな感じだったはずだ。


 ウサギとカメ

 とある森の中、カメはウサギに山のふもとまでの長距離走の勝負を挑まれる。勝負は予想通り、ウサギの圧倒的な優位であった。カメは遅いながらも着実に勝負に挑む。自身の優位性に驕ったウサギは、途中で居眠りをして余裕を見せる。しかし本当に眠ってしまい、ウサギが目を覚ました時には、既にカメがゴールしており、大番狂わせの勝負となる。


 冷静に考えてみよう。

 まず、史実ではウサギがカメに対して挑戦を申し込んでいる。最初の疑問は、なぜウサギはカメに挑戦を叩きつけたのか?ということだ。しかもマラソンと言うウサギにとって、圧倒的有利な条件にて。この条件付けは、考えてみるとなにか裏に背景がありそうな気がする。

 たとえば、この条件でウサギが勝利した場合のことを検討してみる。この場合、観客に対して「やっぱり」、という評価はもらえども、「すごいぞウサギ!」という評価はもらえないだろう。逆に、「なに弱いものいじめしているんだよ!」と、多くの観客は思うのではないだろうか?ウサギにとって何がメリットなのだ?

 また、この場合カメもなぜ勝負を受けたのだろうか?こちらの方が疑問だ。「負ける戦いにおいて、勝負をするか?」というのはそもそもの疑問である。確かに、自分との勝負というのは、理にかなった説明ではあるが、その場合の目的は、「完走」というのが目的になり、競争相手は自分だ。実際問題ウサギという競争相手は必要なくなる。ウサギに吹っ掛けられたレースに乗る必要もない。本当に行いたければ、自分自身で宣言して行えばいいはずだ。

 ウサギに吹っ掛けられたレースを辞退することにより、「逃げる」という行為が嫌だったのか?いや、そうではないはずだ。明らかに負ける戦いを、客観的に見ている人たちからみれば、一方的不利なレースなので辞退したところで、カメにとって名声が傷つくことなどはないと考えるべきだろう。


 では、なぜ?


 私は、コーヒーを再び一口含んだ。先ほどの熱さが和らぎ、苦味が口の中に広がっていく。窓の外を見ると、小雨がパラパラと降っている。傘を指している女性が少し早足で駅に向かっているのが見えた。

 私はスマートフォンを取りだし、時間を確認した。会社に出社するには、もう少し時間に余裕がある。そして、コーヒーカップを再びとろうとしたときに、ふと気がついた。


 仮説だが、カメは勝負を受けなければいけない、何らかの状況に陥っていたのではないか?そうだ、この状況はあまりにもカメにとって不利すぎる。なにかあるはずだ。もしかしたら背後にうずめく、闇の秘密組織的なものが関連しているのではないだろうか?

 もしそうだとしたら、どうなのか?ウサギがカメの持っている財産や命、家族などを人質にしているのではないだろうか?そのような状況であれば、カメは挑戦を受けざる得ない、それがどのような不利なものであっても。

 私はコーヒーカップを持ち上げ、再び一口飲もうとしたが、コップを机に戻した。


 いや、違う。この仮説は違う。


 例えばだ、ウサギがカメの財産等を狙った場合、確かにレースで勝てばその財産を取得するということは可能だろう。しかし他の観客からあまりにも不利なレースでの「勝ち」にたいして、クレームがつくのではないだろうか?人質などをとられているのであれば、別だが金品を掛けての不当なレースであれば、そもそもカメがその対価をかけてレースをする必要もない。人質だった場合はどうだろうか?極悪ウサギがカメの家族を拉致監禁し、その身と引き換えにレースに強制参加させる。この場合、ウサギにとって何かメリットが残るのか?いや、ない。あり得ない。こんな公開犯罪を行えば、森のなかでは生きては行けないだろう。


 では、どうしてこのレースが成立したのか?わからない…


「店内でお召し上がりですか?」

 奥から若い女性の声が聞こえてくる。

 コーヒーが徐々に冷めてきている、そう思いながら、私は右側の通路に目を写した。特に変わらない、いつもの日常だ。


 ここで、新しい事実に気がついた。そうか、そうだったのか、と自分自身に妙な納得感が沸いてくる。

 カメだ。実はカメ自身がレースを行いたかったのではないだろうか?そうすれば、話のつじつまが合う。しかも、レースはカメが勝っている。視点が違ったのだ。

 仮説としては、こんな感じだろうか?カメがこのレースに対して、何を賭けていたのかわからないが、実際にはカメにとっては、必ずカメが勝つ「できレース」だったのではないだろうか?

 この場合、2つの大きなメリットをカメは得ることができる。ひとつは名声である。あり得ないレースに果敢に挑み、そして勝利をする。その実績で他者から名声を得ることができるだろう。森の村長に立候補したら当選しそうなレベルだ。二つ目は、レースに対して勝利た場合、合法的にウサギから金品を得ることができる。「負け」レースに挑み、勝つのだから、大きな対価を得ても、観客は文句を言うものはいないだろう。

 それに、カメの「できレース」説が正しければ、史実のなかでのもっとも大きな疑問の整合性がとれる。その大きな疑問とは、ウサギの「あり得ないほど不自然な行動」、レース中に「寝る」という行為だ。

 本当に眠ったのかどうかは、かなり怪しいだろう。これは、言うなれば、総務課の山下くん(大学生時代の野球部主将の4番でピッチャー)が、小学生相手の野球の試合中、しかも投球中に眠るようなものだ。さすがにあり得ないだろう。

 とするとカメ「できレース」説では、ウサギが一時的に「リタイア」状態になるという状況を誰かが意図的に作り出した可能性が高い。

 ありそうなパターンとしては、このようなものだ。下剤などをウサギに飲ませ、レースを中断せざる得ない状況を作る、その状況が「寝る」よりも、対面的に恥ずかしい状況なことであったのではないだろうか。

 今になって振り替えると「寝る」という、不可解な行動がなければウサギは勝っていたのだということを言い張ることができ、レースには負けたが、本当は自分の方が強いと言い切ることもできると思われる。

 下剤説をもう少し考えてみると、整合性がとれない部分も出てくる。確かに下剤なり、毒なりを盛られて、一時リタイアをした場合、やはりウサギはレース後、この異常性を訴え、レース無効を主張するであろう。これは、多くの人が認める、客観性のある訴えである。


 では、なぜウサギは訴えを出さなかったのか?


「訴えを出さなかった」のではないと、机の上のコーヒーカップが無言で話しかけているようだった。そうだ、訴えを出さなかったのではなく、ウサギの状況が「訴えることができなかった」、言葉を変えると、レースに負ける以外の選択肢がなかったのではないだろうか?


 そういうことか。カメの「できレース」説は、大きな2つの背景が複雑に交わり、脈々と実行されたに違いない。しかし、カメがウサギに対して圧力をかけることができるのか?カメというのはその生物的特性上、長寿、その結果知識を持った生き物として扱われるケースが多い。そうした場合、薬学の知識を持っていても不思議ではない。また、動くことができる以上、それらの薬物を何らかの形で、ウサギに服用させることもかのだろう。仮説に重みが出てきたな。

 もうひとつ、ウサギが「負ける」必然があるケースとして、ウサギ自身やウサギの家族に対する危害がある。カメは実際には、雑食だ。魚や動物の肉まで食らう種族は多い。ただ、そのスピードの観点から、哺乳類の肉などは死んでいたり、動けない場合でないと、捕獲自体が難しいだろう。

 と、なるとカメがウサギに対して危害を加えることや家族を拉致監禁することは難しいのではないだろうか?もしくは、誰か第三者の助けがないと。史実では、ウサギとカメには、それ以外の明確な登場人物は、明確化されていない。第三者の「ライオンの友人」等がいれば別であるが、それは存在しない。

 私は再びコーヒーを一口飲み込んだ。ぬるくなったコーヒーが食道を流れていく感覚を感じつつ、大きな見落としに気がついた。

 やはり「カメ」だ。ウサギがカメに対して、危害を与える事は、身体能力的にみても厳しいだろう。では「カメ」は、本当にウサギに対して危害を加えることができないのであろうか?


 いや、危害を加えることはできる。殺傷能力さえ持っている。


 そうだ、大きな見落としである。カメには多くの種類がいる、奴である。そう、「噛みつきガメ」だ。奴らの種族は、今なお世界進出を狙っており、現代日本にも進行を日々行っている。年に一回はニュースでも話題になるという事は、実際には多くの事件が埋もれているとみて間違いない。また、顔つきもいかにもである。史実では「カメ」としか言及はしていないが、一般に想像している、優しく、おとなしいカメとは明言していない。


 私は、「噛みつきガメ」極悪説まで到達すると、一通りの納得感を得ていた。いくぶんかコーヒーの味もスッキリとする感じがする。


「少々、お時間をいただきますが、よろしいでしょうか?」

 奥のカウンターから、スタッフの声がふと耳にはいる。


 待て、待て、結論を急ぎすぎていないか?ウサギが負けることが前提であれば、ウサギが自身やウサギの家族の身の危険を感じた場合、哺乳類仲間に助けを呼ぶことだってできるのではないか?新しい矛盾の可能性が出てきた。


 これは、もしかしたら大事になっていたのかもしれないと、コーヒーカップに口をつけ、ゴクリと一口飲み込んだ。

 下手をすれば哺乳類と爬虫類の全面戦争にもなりかねない、大きな事件にも発展する可能性もあったのだ。第一次哺爬森林対戦とでも命名しておこう。幸いなことに、哺爬森林対戦の勃発はしなかったようだが、一触即発の事態だった可能性は高い。

 たぶん、哺乳類も爬虫類もそこまで愚かではなかったのが救いだ。


 話が少しそれたな。しかしカメの種族が明確ではないこと、ウサギの多くの挙動不審な行動を考えると、まだしっくりとした解答が出ていない。

「そういえば、例の件も答えが出てないな」ふと私は自分の仕事のことを思い、独り言を呟いた


 そろそろ仕事場に向かおうと、席を立とうとしたときに、もうひとつの仮説にたどり着いた。簡単なことだった。そうか、これであれば、すべての話が繋がる。

 私がたどり着いた答とは、「ウサギおよびカメの共謀説」この説であれば、多くの矛盾が紐を解いたようにスルスルとほどけていく。

 いくつかの状況証拠を確認していこう。

 初めに「カメがレースに参加していた理由」これも、共謀しているのであれば、不自然なレースに自ら挑んでも、何ら不思議はない。次にウサギがレースに負ける理由。これも、共謀しているのであれば、不思議はない。「寝てしまった」という不自然な理由。これは本来であれば確実に勝てるが、余裕を見せておいて負けるための伏線なのだろう。「腹痛だった」とも、言えたはずだが、なぜ「寝ていた」なのかは、考察が必要だ。

 しかしこの2点には大きな相違点がある。腹痛や毒による身体不調の場合、不慮の事故として扱われるケースが多く、試合は無効、再試合が行われる可能性が高いだろう。逆に「寝ていた」ということは、ウサギ自身の意図的な行動であり、「寝る」行為の主導権はウサギ自身が持っていたことになる。ということは、ウサギは明かに負ける理由を作ったとみていいだろう。


 この共謀説では、多くの矛盾が解消されるが、いまいち弱い部分がある。それは、ウサギとカメが共謀して、レースを行い、ウサギが負け、カメが勝つ、ウサギとカメの共謀する動機だ。

 この共謀説が正しいとした際に、その動機にまつわる背景は、史実からは読み取ることができない。しかしながら、この不当なレース、いや番狂わせのゲームが、共謀して仕組まれていたとしたら、出てくる解答はひとつ「賭けレース」だったのではないかという仮説が嫌がおうにも浮かんでくる。

 第三者による賭博の仕切り、もしくはウサギおよびカメの親族による賭けレースの実施があったのだろう。そうすることで、ウサギとカメは観客から多大な金品を取得し、分け合ったのではないだろうか?


 さすがに共謀した賭けレースの話を後世に残すことはしないだろう。私は、歴史の闇を垣間見た気がした。


「さあ、出勤するか」と思い、残り少ない温くなったコーヒーを一息に飲みほした。ふと、最後に思い付いたことがある。この共謀策の首謀者はウサギではなくカメなのではないかと思った。そう、奴である「ゼニ亀」だったのではないだろうか。


 私は、ファーストフード店をあとにして、駅の方向へ足をすすめた。空は高く、はっきりと白い雲と空の青のコントラストが妙に夏を演出している。

「あー、仕事かぁ」と、思いつつも改札機に向かっていった。


ここまで読んでいただき、誠にありがとうございました。

乱筆でお恥ずかしい限りではありますが、初心者ということでご容赦いただければと思います。

どうぞよろしくお願いいたします。

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