間話〜エルナとクレイタスの出会い〜
短いです。
前回も言いましたが、赤ん坊のうちは本当に書くことが無いため、エルナとクレイタスの出会いの話で強引に時間を進めました。
エルナ・ウィストン(旧 エルナ・ルストリア)は、少し身分の良い貴族のお嬢様であった。
この世界では貴族の男は、親が結婚相手を決め、家の地位を上げようとする。いわゆる政略結婚が普通である。女も同じである。違いは向こうが来るか、こちらが行くかのみである。
17となり、結婚を許される年齢になったエルナはとある高位貴族の男に気に入られ、縁談を申し込まれた。その男がまた豚みたいな見た目で、「ブヒ」というような笑い方をするのだ。
エルナは生理的な嫌悪感を感じざるを得なかった。
親の命令には従わなければならない。しかし、まだ若く汚れのない自分が、あんな豚に汚されるなんて考えたくもない。
エルナとて女。悩める自分を攫ってくれる王子様という存在に憧れていた。そんな人がいない事など、とうの昔に理解してしまったが、今はそんな幻想に縋ることでしかやっていけなかった。
エルナは余り自覚はしていなかったが、周囲の男が3人に1人は振り向くような美人であった。
そんなエルナに惚れた人物が一人。
その男の中はクレイタス・ウィストン。後のエルナの夫であり、コロンの父である。
一目惚れだった。当時彼は、国王直属の近衛兵の剣術指南者であった。国王直々に推薦されていたので、それなりに身分は高かった。
彼は、弟子である近衛兵の巡回兵と共に街の王城周辺の見回りをしていた。
その時、彼は目にした。若干眉を八の字に下げ、弱々しげな姿で悩める女神を。
ズッキューーンと音がするような衝撃を心臓に受け、上半身を軽く仰け反らした彼は、そのまま固まった。
クレイタスと行動していた巡回兵は後にこう語る。
「前方に美しい女性を見つけて、知らせたんすよ。そしたら、兄貴が石化してましてねぇ。いや驚きましたよ!まるで石灰蜥蜴の石化を受けたかの如く、1mmも動かなかったんですもん!目がハートになっていましたがね。」
石化している彼の頭はリンゴーンという鐘の音が鳴り響き、乙女の如き桃色に染まっていた。
正気に戻った彼の頭に、自分に女が出来ない事を心配する母の言葉が過った。
曰く、運命は目にした刻、聖なる鐘の音が鳴り響く…と。
ふと、女神と目があった。彼女の下がっていた眉は上がり、目を見開きながら頬を赤く染める。
もしかしたら女神も同じだったのかもしれない。桃色一色の頭をした彼は、都合の良い解釈をし、突然に求婚した。本当にいきなりである。
エルナは戸惑った。ふと視線を熱い視線を感じ、見上げた先には自分を見て頬を染めた男が此方を見たいた。
目があった瞬間に彼女の頭から豚が一欠片も残さずに消え去り、リンゴーンの鐘が鳴り響いた。
すごくタイプな訳ではない。しかし、なんとも言えぬ運命を感じ全身に痺れを感じて、心にハートの矢が刺さった彼女に男はこう言った。
「結婚してください。」
友達、恋人の段階を全てぶっ飛ばしての急なプロポーズ。あり得ないだろう。普通ならば。
同時に運命を感じた桃色の二人は、常識など全て忘れた。
見知らぬ男の求婚に、溢れる喜びを感じながら彼女は
「もちろんです!」
と、そう返した。
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エルナはクレイタスの求婚を咄嗟にOKしてしまった。冷静になった彼女は、自分には既に親に決められてしまった相手がいる事をクレイタスに話した。
そして、興奮のせいで知らなかったクレイタスの身分が自分よりも低いと、服装から感じた。
自分よりも身分の低い者と結婚など、親に了承されるはずもない。彼女は焦った。
しかし、クレイタスは特に焦る様子もなく、「大丈夫だ。きっと僕らは結ばれる。」と、柄にもないセリフを言った。
しかしそんな臭いセリフもエルナには王子様の福音に聞こえた。
相手貴族の男は激怒した。
自分との結婚が、ほぼ決められているというのに男をつくったという事実に腹を立てた。
親は必死にエルナを説得した。冷静に考えろ、と。自分の立場をよく考えろ、と。
しかしエルナには届かなかった。知っていたのだ。クレイタスが自分をこの状況から助け出してくれる、と。
そんな彼女は心ここに在らずの態度に激怒した親に、豚男に、殴られそうになる。
クレイタスの元へ行けるのなら、拳の1.2発など痛くも痒くも無い。そう思い、歯を食いしばって目を閉じた。
しかし、その拳が彼女に届くことはなかった。
親と豚男の拳は、クレイタスの節くれ立った手にがっちりと掴まれた。
漫画かよ!と思わず突っ込みたくなるようなタイミングで彼女の元へ現れた彼は、
「ルストリア家現当主 アーク・ルストリア。フバリエ家長男 ピグ・フバリエ。【婦女暴行未遂之罪】により現行犯で逮捕させてもらう。」
勝ち誇ったような目をしながら、愛する女性を傷つけられそうな状況に憤怒する表情をして、そう言った。
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この国では女子供を大切にする。女子供に手をあげるような事があってはならない。それは、どんな大貴族であってもだ。
その法律に救われ、愛する女性は傷つけられる事なく、自分に嫁いでくれた。
その事を思い出したエルナは懐かしさに目を細め、あの時の強烈な夫の姿に頬を赤らめた。
あれから間も無く、コロンが産まれて慣れない育児、それも他の赤ちゃんとは異なった不思議な子に戸惑いながらも、あっという間に5年が経った。
愛する夫は庭で剣を持ち、コロンに剣術を教えている。
コロンは、教えるよりも只管な実践訓練に文句を言いながらも剣をしっかりと握りしめ、夫に飛びかかっている。
今迄クレイタスからは一本も取る事は出来ていない。まあたかが5歳の子供に一本取られる方が不味いのだが。
そんな今もコロンは頭を打たれ、キュウ…と声を漏らしながら地面に伏せた。大きなタンコブを作りながら。
「あなた!少しは手加減してあげてと言ったでしょう!?まだ5歳の子供を気絶まで追い込ませてどうするの!!」
エルナの過保護は5年経っても治らなかった。
少し強引過ぎた…かな。
5年くらい無いと、剣術や魔術、友達付き合いなどの部分が書きづらかったのです。
因みに、クレイタスは私人逮捕に近い事を行いました。未遂ですが、暴行したと同じ扱いであるため、ギルティー判定です。
親は取り敢えず捕まってもらいました。