第五話
ラージス聖騎士団本部にある食堂はとてもラインナップが豊富である。
自国の伝統料理は勿論のこと異国の料理もメニューにある。さらに料理が美味しく安いので多くの騎士が利用していた。
そして、現在時刻は丁度お昼頃。騎士がごった返し、空いている席を見つけるのも苦労するような時、一人の騎士が不吉な雰囲気を漂わせ死んだ目で座っていた。
――ラーミナ・エクセスである。
彼女は目の前にある出来立てであろう料理の湯気を見て、これまでの仕事を振り返っていた。
(特命係に配属されて一か月……。初任務は猫探し、そのあとは公衆トイレの清掃、街灯の点検整備、猫探し、町のごみ収集、猫探し、猫探し、そして……猫探し。…………もう猫しか探してない)
想像していた仕事のイメージがかけ離れ、と言うよりも騎士なのに猫しか探していない現状に絶望を覚えていた。
――私、もうだめかもしれない。
彼女はこの一か月間、ひたむきに仕事をしていた。たとえ騎士のイメージとかけ離れたモノであっても、手を抜くことはなかった。空いた時間があれば訓練を行い、少しでも足手まといにならないよう必死で努力をしていた。
ある噂が耳に入るまでは……。
――特命係は新人の墓場。
この噂が耳に入るのは時間の問題だったかもしれない。食事時になれば本部の騎士が食堂に集まるのだ。新人を見れば噂話の一つや二つ嫌でも耳に入る。
他にも『特命係の班長は腰抜け』『班長は魔力を持たないザコ』『騎士団長のひも』など感じの悪い噂ばかりであった。真偽を確かめたくて何度も班長であるトシヒデに尋ねようとしたが、直前になって尋ねられなかった。自分自身に止めを刺す行為であったからだった。
「相席いいですか?」
「? ……はい、いいですよ」
こんな不吉な雰囲気を漂わせている人物と一緒に食べたいと思う物好きがいるのかと思いながら視線を動かすとそこには彼女がよく知る人物、そして今この状況を最も見せたくない人がそこにいた。
「デイジー!?」
「ラーミナ、久しぶり」
デイジーは入って間もなくで手柄をあげたと、今一番期待されている噂の人だ。その噂は騎士団の中でも特に情報が入らない特命係にもだ。
まさにそれはラーミナにとって理想としていた姿。前線に立ち騎士としての職務を全うする姿である。
ラーミナは思わず泣きそうになるが、出来るだけいつものようにしようと心掛けた。
「聞いたよ。配属されて早々活躍したんでしょ? 流石デイジーね」
「う、うん、ありがとう」
控えめにデイジーは頷くが、どこか嬉しそうではない。それどころか苦虫を嚙み潰したような表情をして、ラーミナを見つめる。
「それよりラーミナは大丈夫? ……えっと、私も特命係の噂聞いてたから」
「…………大丈夫だよ」
「嘘だね。目が死んでるよ。ラーミナ何があったの?」
「何もないよ。あってもデイジーには関係ないよ」
「そんなことない! 親友じゃない!?」
「――――そんな親友の話を聞いて笑い話にしようとするの!?」
思わず声を荒げたラーミナの声に反応した食堂は静まり返り視線を集める。
デイジーはラーミナの行動に完全に面食らって唖然としていた。
「努力をすれば出来るようになる、デイジーは本当に凄いよ。それで騎士になって活躍して……でも、私は違う。座学しかできなくて、努力しても何もできない。それで騎士になっても雑用係の特命係。聞いたことがあるでしょ特命係は新人の墓場だって、笑っちゃうでしょ私は役立たずなんだよ……」
ラーミナは力なく肩を落とした。
「ごめん、デイジー。今わかった貴女と私。もう関わったらダメ。貴女の経歴に傷がつく……バイバイ」
「ラーミナ!? 待って!」
走り去っていく友の背に手を伸ばすが虚しく空を切った。
デイジーは理解できず立ち尽くすが、食堂は間もない時間でいつもの活気を取り戻した。
そして、周りが口々するのはラーミナの事ばかり、特命係と言う環境が彼女を追い詰めたのか、それとも励まそうとした無責任な偽善が彼女を追い詰めてしまったのか。デイジーにはわからなかった。
でも、この状況を打開できる人物は知っている。
「特命係、班長のトシヒデ班長ですね」
「俺に何か用かな? 期待の星、デイジー騎士?」
気づけば、食堂の人ごみに紛れていたトシヒデに近づいていた。