九十話 太郎、禁忌(?)を犯す
若干、ふざけたからでしょうか?
いつもよりサクサク書けたので早めに投稿します。
「何だかんだ言って俺達も探索者だなー」
美味いメシを食い、澄んだ空気を吸って、満天の星空を眺めて眠った翌日。
今度は夏にキャンプするか! と早くも決めた俺達は――『伊豆の迷宮』まで足を運んでいた。
……当初は別に寄る予定はなかったんだけどな。
充実の初キャンプでテンションが上がり、想像以上に気力が回復したからか、
ちょっくら迷宮にも行こう! と満場一致でなったのだ。
「ホーホゥ。昨日はかなり暴飲暴食しちゃったからな。少しは体を動かしとかないと」
「ですねズク坊先輩。ついでに旅費もサクッと回収しちゃいましょう」
「レッツらゴー! 叩き潰しちゃるっ!」
若干一名、まだ少し酒が残っているのかテンション高めな者もいるが……まあ足元はしっかりしているし大丈夫だろう。
ここ『伊豆の迷宮』は全六層と深くなく、難度的にもさほど高くはない。
出現するのは全て魔術系モンスターでも、二度潜っているから慣れたものだ。
何より、俺達はすでにこの迷宮の最下層の奥まで到達、つまり『攻略』している。
初めて来た花蓮なしでもそれなので、パーティーメンバー勢揃いなら余裕すぎるくらいだ。
――あ、ちなみに俺が装備しているのは『プラチナ合金アーマー』ではないぞ?
忌まわしき稲垣戦でところどころへこんでしまったから、即行で武器・防具屋の泰山さん経由で修理に出してもらっていた。
なので、今は一つ前の『ミスリル合金の鎧』だ。
岐阜での戦いでダメになったコレも修理には出していたので、今回、久しぶりに装備していた。
「さ、潜るとしますか。マップもあるし、一気に最下層まで下りて戻ってこよう」
花蓮がスラポン&フェリポンを召喚したのを見て、すでに鎧を纏った重戦士スタイルな俺は一歩踏み出す。
東伊豆の高原にある眺めの良い場所とは真逆。
ただ地下へと続く階段が剥き出しになっているという、日本一殺風景な出入り口から迷宮内へ。
ズシンズシン! と明るくて狭い通路を進んでいけば――早速モンスターのおでましだ。
宙を泳ぎ、口から『水弾』を放つキラーフィッシュ。
二メートル級の灰色ピラニアが現れたが……ここは同じ前衛のスラポンさんに任せるとしよう。
「スラポン、頼むわ」
『ポニョーン』
俺の頼みに、いつものエコーがかった声を返してくるスラポン。
すぐにズルズル! と、一般男性の全力ダッシュ並の速度で前方のキラーフィッシュに迫る。
もう種族の成長限界に達し、トロールよりも強くなっているからな。
スラポンは放たれた水弾をものともせず、あっさり取り込んで『生命吸収』に入った。
そうして、敵の大した抵抗もなく、スラポンが十秒程度でペッ! と吐き出したので。
素材を回収すべく、俺は息絶えたキラーフィッシュに近づいていったところ――、
「……えあ?」
ある『違和感』を感じて、俺は一瞬、動きを止めて……気づく。
いや別に、死んだキラーフィッシュが復活したとかそういう厄介な話ではなくて。
違和感と言っても些細なもので、ただ単に視界に『あるもの』が映っただけ。
「何でこんなところにいるんだ……?」
俺の視線の先、そこには四畳半ほどの大きさの池がある。
きっと一層モンスターのキラーフィッシュの水弾により、大きく窪んだ地面に溜まってできあがったのだろう。
……で、問題(?)なのはその池の中だ。
そこにはポツンと、一匹の『ザリガニ』が存在していた。
迷宮内でも池があるならザリガニくらいいるだろ……とはならない。
迷宮と外の世界は、出入り口の階段で繋がりこそあっても『別世界』とされている。
まだ完全に理由は分かっていないが、アリやハエでさえも、外の生物は嫌がって入ろうとしない。
――つまり、人間が直接連れていきでもしない限り迷宮内には入らないのだ。
え? じゃあ一人で入って【人語スキル】まで得たズク坊はどうなんだよって?
それはまあ……恐ろしい迷宮以上に、よっぽど前の主人(汚クソババア)の家が嫌だったという他ないな。
「うーん、でも誰がなぜにザリガニなんかを……」
「先輩、多分誰かが捨てたのでは? ほらここは一層ですし、入口にも近いですし」
俺の疑問に、同じくザリガニを確認したすぐるが答える。
……ふむ、たしかに言われてみればそれしかないか。
捨てるなら外でもいいのに、わざわざ迷宮内とは可哀そうに。……エサだって迷宮内にあるのか?
と、普段なら気にも留めないのに、場所が場所だけに孤独なザリガニに対して同情していたら。
「ホーホゥ! ちょいバタロー!」
「あ! まさかもまさかっ!?」
特にザリガニに興味を示していなかったズク坊と花蓮が、突然、大きな声を上げた。
今度は何じゃい。
俺は一度、池のザリガニから視線を外して周囲を確認してみると、
地面に落ちて横たわるキラーフィッシュの死体の上。
そこには青白く輝く光の六面体――お馴染みの【スキルボックス】があった。
◆
いったいどれほどの幸運なのか、いきなり【スキルボックス】が出た。
とはいえ、もう誰も肝心の【スキル枠】は空いていない。
それでも一応、確認しようとするのは……やはり興味津津だからな。
というわけで、俺達は即行で【スキルボックス】の近くに集まって確認する。
相変わらず美しい光の六面体を凝視すれば、それぞれの脳内に中身の表示が浮かび上がってきた。
【スキル:人語スキル(日本語)】
『習得者は日本語を理解して話せるようになる。脳自体も成長するため、人語を操るに相応しい高い知能を得る。結果、様々な面で極めて人間に近づく』
「! ……うおお、初めて見たぞ……!」
「僕もです。この難度の迷宮の、しかも一層で出るレア度じゃないのに……!」
「おおー。ズク坊ちゃんとクッキーちゃんのやつだねっ!」
「何だ【人語スキル】か。ホーホゥ。俺は一度見てるからつまらないぞ」
俺、すぐる、花蓮の人間組は驚き、すでに覚えているズク坊だけがテンション低く呟く。
まあ、ズク坊の気持ちも分からんでもないが……何せ【人語スキル】だからな。
ある意味、世界で最も欲されている激レア【スキル】の一つだ。
もし素材みたいに持ち帰られるのなら、オークションにでもかけた場合、いくらの値がつくか分かったものではない。
ズク坊とは元々覚えた状態で出会ったから、俺は何だか新鮮な気持ちで【人語スキル】の【スキルボックス】を見ていた。
……だからこそ、コレは本気でもったいないよなあ……。
せっかく出たのに、このまま放置じゃ十分で消えてなくなってしまうぞ。
「おーい、誰かいないか? 取れるやつがいるなら取っちゃった方が――」
そこまで言って、俺はふと視線を巡らす。
すぐ右にはザリガニのいる池があり、また左に視線を巡らせれば……目の前には死体と【スキルボックス】が。
「…………、」
そこの池にはザリガニ。
目の前には【スキルボックス】。
そこの池にはザリガニ目の前には【スキルボックス】。
そこの池にはザリガニ目の前には【スキルボックス】そこの池にはザリガニ目の前には【スキルボックス】そこの池にはザリガ――。
「ホーホゥ!? ちょっと待ったバタロー! 今何を考えてるんだホーホゥ!?」
「先輩!? その視線の動きと『おおー』みたいな口の形はまさか……!?」
と、何かを察したのか、ズク坊とすぐるが焦った声で言う。
さらに続けて、残る花蓮が不敵に笑ってサムズアップしながら、
「おおっ。バタローはついに『禁忌』を犯すってわけだね!」と目をキラキラ輝かせている。
え……これって禁忌なのか?
たしかに誰もやってないだろうが、別に動物以外でもいいような……。
世界を見渡しても犬や猫がほとんどで、あとは馬とか羊とか、近いところで言うとミミズクとハリネズミくらいか。
まあとにかく、ザリガニ(甲殻類)は聞いた事がないな。
……でもなあ。特に禁止されているわけでもないし、何よりもったいないしなあ……。
大体、発生器官自体がないから、試しても失敗に終わる可能性だってあるわけだし……。
「も、もし効いてしまったらどうするんですか先輩ぃい!?」
「そうだぞバタロー! そもそもザリガニ喋らせて誰得だホーホゥ!?」
俺の心を完璧に呼んでいるのか、またも焦った様子で叫ぶズク坊とすぐる。
二人の気持ちがまったく分からんでもないが……ねえ?
それにほら、こういうのも『何かのご縁』とかって言わないっけ?
――ええい、ままよ! 探索者たる者、冒険せずにいられるかってんだい!
俺は池の中に手を突っ込み、丁寧にザリガニを掴み取る。
そして、考えを改める間もなく、ぽいっ! と。
輝く【スキルボックス】目がけて、ザリガニを優しくふわりと放り投げた。
すると、ズク坊とすぐるの悲鳴がシンクロして響き割る中、人間が習得する時と同じような変化が起きる。
【スキルボックス】は六面体から細かい光の粒子に変わり、ザリガニの小さな体に一気に吸い込まれていく。
もともとの大きさが手のひらサイズしかないので……一瞬で青白い光に塗れて姿が見えなくなった。
「「「「――――…………」」」」
俺達全員、固唾を飲んでザリガニの姿に見入る。
全ての光の粒子が入り込んだザリガニの赤い体は、何やらブルブル……と小刻みに震えだす。
と同時。並行してむくむくと、脚やら鋏やら触角やら、体全体がゆっくりだが確実に大きくなっていく。
そんな状況が一分近く続き、ようやく震えと巨大化がピタッと治まる。
――その時、歴史が動いた(?)。
誰も聞いた事のない声が、声を出すはずのない生物から――迷宮内に響き渡る。
「ぷっはあ! こりゃたまげた。世界がまるで変わっちまったぞ!」




