八十八話 単独亜竜撃破者
四日連続投稿の四日目です。
9/27 表現を修正しました。
「――任務完了。……ふう、ようやく一番の心配事が解決してくれたか」
柊さんと稲垣の戦闘はあっという間に決着がついた。
まさに瞬殺。
俺との戦闘は何だったのかと思うほど、ほんの一瞬の出来事だった。
「「「…………」」」
それを見届けて、ポカンと口が開いたままの俺とすぐると花蓮。
三秒ほどフリーズした後、俺はズク坊に続いて、意を決して今の戦闘について色々と聞こうとしたら、
「よし、とりあえずこの部屋を出ようか。いつボスがリポップするか分からないからな」
「……あ、はい。そうですね」
柊さんに言われてみれば……たしかにそうだったな。
メルトスネイルを倒してから、一体どれくらいか分からないが時間は経っている。
空の階層のボスのリポップは通常よりも早いから、さっさと出た方が賢明だ。
なので、とりあえず俺達は柊さんと共にボス部屋を出る。
メルトスネイルの死体からの剥ぎ取りは断念。
そして、あの凄まじい爪の一撃で息絶えた稲垣の死体も、同じく放置する事となった。
まあ、あのまま置いておけば勝手に迷宮に吸収されるからな。
大きさにより時間に差はあれど、モンスターも人間も、どういうわけかキレイサッパリなくなるのだ。
元々、稲垣は『生死問わず』の凶悪な指名手配犯。
だから連れ帰る義務も焼いてやる義務もなく……弔う必要はまったくないという事で。
ひとまず俺達は、ボス部屋近くにある小部屋へと向かった。
◆
「さて、では落ちついたところで改めて。本当に君達には迷惑をかけた――そして、『DRT』を代表して心から感謝する」
小部屋について皆で腰を下ろしてすぐ、柊さんはそう言って頭を下げてきた。
「いえ、頭を上げてください柊さん。それに戦ったのは先輩だけで、恥ずかしながら僕達は気絶させられていただけですから……」
と、柊さんの言葉を受けて、真っ先にすぐるが苦笑いしながら言う。
続いて花蓮も、
「そうだよ隊長さん。私なんかそんな時に美味しい夢まで見てたんだからね」と言うと、自虐的に自分のおでこに、パチン! とデコピン一発を見舞った。
「おや、そうだったのか。となれば益々想像以上、か。地響きのような凄まじい戦闘音は聞こえてはいたが……。わずか一年と少しの探索歴で、あの稲垣と殺り合えるとは本当に脱帽だ」
「あ、いえ、とんでもないです。【スキル】に恵まれたおかげですし、仲間を助けなきゃって気持ちも大きかったので……。もし最初から一人だったら気圧されてヤバかったと思います」
柊さんの褒め言葉に、俺は即行で謙遜する。
だってそうだろ? さすがに素直に受け取って調子には乗れないぞ。
何せ『アレ』を見せられた後じゃ……特にそう思ってしまう。
――そう、アレだアレ。
あの本能に訴えかけるような謎の『威圧』と、最後の『特大級の一撃』。
理解不能な戦闘力は、我らがアニキ分の白根さんで何度も見ているはずなのに……。
特に『威圧』の方に関しては、本当に初体験で度肝を抜かされたぞ。
その二点について、気になったのは他の皆も同じだった。
『迷宮サークル』を代表する形で右肩のズク坊が、
「さっきの威圧と爪の一撃は何なんだホーホゥ!?」と興奮気味に聞く。
対して、柊さんは【金色のオーラ】を消して、花蓮から渡されたコップのミルクティーを飲みながら。
無意識のうちに前のめりになっていた俺達に、優しく親切に教えてくれる。
「あの威圧に関しては、『亜竜の威厳』と我々は呼んでいる。なぜなのかは分からないが、一人で亜竜を倒した場合のみ――つまり『単独亜竜撃破者』だけが使えるものだ」
「ほ、ほお……?」
「【スキル】とは別物で、効果は敵に恐怖やプレッシャーを与えて動きを制限させるもの。……ただ困った事に、君達も体感した通り、敵味方問わず周囲に影響を与えてしまうのさ」
そこで柊さんは、再び『亜竜の威厳』なるものを発動した。
ただし、今回はほんの一瞬だけ。
俺達の体が反応してガクブルする前に、瞬時にスイッチをオンオフしたようだ。
「そう言えば、たしか白根は『怖がらせたくないから』と君達には見せていないと言っていたな。相棒のクッキーも嫌がるからと、ここ一年は封印しているらしい」
「なるほど。そうだったんですか……」
同じ『単独亜竜撃破者』でも、俺達が全然知らなかったのはそれが理由だったのか。
たしかに、こいつを使われたら少しビビったかもしれないが……、
そもそも、白根さんが俺達の二ヶ月の鍛練で、『亜竜の威厳』を使わざるを得ないシチュエーションはなかったからな。
とりあえずこの『亜竜の威厳』、俺が十牛力で覚えた『闘牛の威嚇』と同じタイプの技って事は分かった。
……まあ、実際の効果の強さには天地ほどの差はあるが。
日本で四人だけが使える、強力かつ間接的な『サブウェポン』。
さらに、柊さんの追加の説明によると、それぞれが狩った亜竜ごとに一応、特色があるらしい。
「威圧の正体は分かったぞ。ホーホゥ。次は最後の一撃……アレは一体どうなってるんだ?」
そんなズク坊の問いを受けて。
本来なら他人にはあまり【スキル】については話さないものだが、柊さんは快く答えてくれる。
【金色のオーラ】に続く、もう一つの【スキル】というのが――こちら。
【スキル:亜竜の追撃】
『習得者が『攻撃』を行った場合のみ発動。攻撃の後に『亜竜による爪撃』が発生し、習得者の攻撃対象となった個体を襲う。追撃を行う爪撃の威力は熟練度に依存する』
……というものだった。
さらに詳しく教えてもらったところ、熟練度に関してはレベル制ではなく、
『幼生体』の次は『成熟体』へ、『成熟体』の次は『完全体』へ、という風になっているらしい。
今の熟練度は『完全体』で、あと一つで『レベル10』相当となる最終形態に上がるだろう、との事だった。
最後の一撃を見て、ズク坊が叫んだ『竜みたいだ』という感想は……どうやら結構当たっていたようだ。
「す、スキル名に亜竜がついてるとか……あの威力も納得ですね」
「だがまあ、正直言って白根達みたいに自分自身が強いという実感はあまりないがな。私の背後から勝手に襲いかかるから、他者に援護射撃してもらっている気分さ」
柊さんはそう謙遜するも、強烈な追撃も含めて柊さんの力だからな。
今まで知った【スキル】の中で、最強かどうかは判断が難しいところが……。
間違いなく、俺の中での『強そうなスキル名ランキング』では堂々の第一位ですよ。
……ちなみに、『ふざけたスキル名ランキング』では……俺の【モーモーパワー】がぶっちぎりの一位である。
あともう一つ。
こっちの【スキル】は岐阜で緑子さんに教えてもらっていたが、改めて柊さん本人に紹介してもらう。
【スキル:金色のオーラ】
『黄金のオーラを全身に纏う。発動中は身体能力および全属性への耐性が上昇する。常時状態を『正常化』するため、いかなる状態異常にもならない。オーラの量は固定』
こっちはこっちで中々なものだ。
身体能力上昇に加えて、全属性への耐性アップと状態異常の完全ガード。
……うん、やっぱり『単独亜竜撃破』を成し遂げた者は違うな。
若手に限らず探索者の中では、『良さそうなスキルが出たらとりあえず取っちゃえ』という風潮が強いが……。
たった二つしかない【スキル枠】。
焦らずにじっくり選んで習得・鍛えたからこそ、今の規格外な強さがあるのだろう。
――とまあ、威圧の事や【スキル】の他にも、柊さんには『亜竜』について色々と話を聞かせてもらった。
亜竜とは竜に次ぐ存在で、ほぼ全てが奇形な見た目をしているとか、
竜ほど神出鬼没ではないが、それでも出現する迷宮や階層が決まっていないとか、
極めて防御力の高い、亜竜・『魔鋼竜』とのアクシデント的に発生した死闘の内容とか、
打倒した末に手に入れた素材(亜竜の素材は剥ぎ取りではなく『ドロップ』らしい)を用いて、一流の職人によって作られた『魔鋼竜の鉤爪』とか。
花蓮が持参したミルクティーを皆でちびちびと飲みながら。
迷宮の大先輩である柊さんから、学校の授業の百倍は楽しい話を聞く事ができた。
あ、もちろん何で柊さんがここにいるかも一応は聞いたぞ?
『DRT』は全国各地に散らばっているから、柊さんが偶然、東京にいたのはなぜだろうと思ったら、
「稲垣の顔を変えて検問の突破に協力した男。通称『百面相』と呼んでいるコイツは、稲垣よりも前からマークしていた者だ。そしてヤツの数ある顔のうちの一つが東京で確認されて、嫌な予感がしてすっ飛んできた、ってわけさ」
との事だった。
そんな柊さんの嫌な予感は見事に的中。
百面相に対して包囲網を敷く中で、殺された若手探索者の鎧を纏った男が現れた、と上野の検問から報告があったのだ。
そしてすぐに行動開始。
新宿のギルド本部近くにいた柊さんは、百面相の方は部下達に任せて、稲垣を追って単独猛スピードで潜行したらしい。
「何はともあれ、新たな被害者が出なくてよかった。……さて、私はそろそろ地上に報告しに戻るが……」
「あ、じゃあ俺達も戻ります。今日の目標だったメルトスネイルは倒せましたしね。地上までご一緒していいですか?」
「もちろんだ。こっちの事情はお構いなしで、帰りもモンスター共は待ち構えているからな。君達がいるならとても心強い」
柊さんはダンディな笑顔で言うと、再び【金色のオーラ】を纏って立ち上がる。
いやまあ、そのセリフは俺達の方だと思うが……特にツッコまなくていいか。
……とにかくもう疲れたからな。
さっさと地上に戻ってお日さま浴びて、さっさとこの嫌な返り血と汗を流したいぞ。
「んじゃ皆、柊さんと一緒に戻るぞ。色々とデカすぎるイベントはこなしたけど、帰るまでが探索だからな!」
ちょっと登場人物が増えてきたので、次は整理がてら登場人物紹介(2)を挟む予定です。
八十九話は二十八日くらいにあげられると思います。