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八十六話 殺し合いの果てに――

四日連続投稿の二日目です。

「ハァ……ハァ……やった、か?」


 迷惑極まりない、一方的な因縁から始まった殺し合い。

 その恐ろしく荒々しい戦いは――ひとまず終わったようだ。


 一応、死んではいない……よな?


 俺は恐る恐る壁に寄り掛かる格好でいる稲垣に近づいてみると、

 兜は吹き飛び鎧はズタボロ、口から引くほど黒い血が流れ出ていても、何とか息はしているようだった。


 今、冷静になってみると背中に冷や汗が流れてくる。

 完全に正当防衛とはいえ、人殺しとかまったく笑えないぞ。


「……ふう、」


 まだ少し息が乱れたまま、俺はあるまじき人間同士の殺し合いを思い返す。


 ……正直、かなり危なかった。

 普通の状態で打ち合っても、体術の差で互角以下。

過剰燃焼(オーバーヒート)】で牛力を二倍に引き上げて、やっと互角の勝負だった。


 これが日本有数の探索者だった男の実力。

 かなりのブランクがあるはずなのに、あの強さは驚異的すぎるぞ。


 超重量を活かしたタックル系では軍配が上がったが、それは稲垣が真正面から迎撃しようとしたからであって……。


 もし相手の凶暴性が低くて、もっと冷静沈着だったら?


【チャージボディ】で強化された体で避けに徹して時間を稼がれれば、あっという間に三分が経過。

 時間切れの体力バテバテで、一気に形勢逆転だったのは間違いない。


「ホーホゥ! バタロー!」


 と、ズク坊がファバサァ! と俺の右肩に止まってくる。

 戦闘中に稲垣の視界に入って邪魔をしていたのは、何となく稲垣に向ける敵意から伝わっていた。


「大丈夫かバタロー!? 鎧もところどころヘコんじゃってるぞホーホゥ!」

「心配かけたな。でも大丈夫だ。ダメージは残ってるけど命に別状はないぞ」


 ズク坊の問いに答えて――っと、俺の体は後回しでいいか。


 心配なのはすぐると花蓮だ。

 俺はいまだに残っているメルトスネイルの残骸を踏み砕き、ボス部屋の入口近くで倒れている二人のもとへ。


 そして、すぐにペチペチと頬を叩いてやると――。


「ううん……」

「ぬにゃあ……」


 どうやら気絶こそしたものの、特に大きなケガはなさそうだ。

 すぐるも花蓮もすぐに目を開くと、軽く首をさすりながらむくりと体を起こしてきた。


「大丈夫か二人共。他に痛むところはないか?」

「あれ? 先輩……? 僕はたしか……」

「む、バタロー。……って、何で私達は床に座ってるの?」

「ホーホゥ。まだ安静にしてるんだ。何があったかは教えるから」


 ちょっと混乱気味の二人に、ズク坊が状況説明をする。


 稲垣が突然現れて、背後から不意を突かれて首に一撃。

 気絶させられたまま、俺と稲垣の戦闘が始まってしまい、今さっき何とか勝利したと伝えられた。


「そう言われれば、嫌な気配を感じて振り返った時に見た気が……。くっ、せめて『火ダルマモード』を解除していなければ……!」

「私なんか全然気がつかなかったよ……。モンスター以外の敵意を感じ取れるほど強くない、って事かあ……」

「まあ、無事で何よりだ。相手はあの殺人鬼だからな。――んで、肝心のそいつをどうしたものか……」


 縄で縛ろうにも、そんな都合良く縄など持っていない。

 拘束せずに連れていくのは……絶対無理だ。怖すぎて嫌だぞ。


 と、そうやって事後処理を悩む中で。

 琥珀色の瞳を細めたズク坊が、右肩よりまさかの恐ろし発言をする。


「たしか指名手配では『生死問わず』だったな。ホーホゥ。息の根を止めてから引きずっていけば――」

「いやキツイってズク坊! それはちょっと勘弁だぞ!?」


 俺達の中で最も怒ってプンプンなズク坊の提案に、俺はブルブルと全力拒否で首を振る。


 たしかに、それが一番安全だし、特例で許されるとしても……さすがにそこまでの覚悟はない。


「とりあえず、まず回復するか。【過剰燃焼(オーバーヒート)】と戦闘でもう体力の半分も残ってないぞ……」


 疲労に加えて、所々痛む体を無視できず、俺はマジックバッグから『ミルク回復薬』を取り出す。


 気絶明け早々に花蓮にフェリポンを出してもらうのも悪いし、ササッと飲んでこれからどうするか決めて――、


「ホーホゥッ!? ばっバタロー!」


 その時、右肩に止まるズク坊がなぜか焦った声を上げた。


 何だ急にどうした?

 俺は嫌な予感を感じて、見開かれた視線の先に振り返ろうした瞬間。


「ガァアアアアア――ッ!」

「!?」


 背中から全身に伝う凄まじい衝撃。

 一瞬で視界がブレる中で――俺は誰に言われずとも瞬時に理解する。


 今の獣みたいな咆哮。この閉鎖的なボス部屋の空間にいる他の存在。


「ぐう!? やっべ……!」


 元いた場所から三メートル近く弾き飛ばされるも、俺は何とか転ばずに体勢を立て直す。


 そして見る。見てしまう。


 兜のみ剥がれたボコボコの鎧姿で、口元を黒い血で汚したままの悪魔の姿を。


 ◆


「……ざけんなよ。俺を、この俺を! ド新人がノックアウトするなんざ認めるかアアア!」


 よろめきながらも、倒される前よりも力強い言葉と殺意を放つ稲垣。


 ウソだろオイ……冗談キツすぎるぞ!?

『高速猛牛タックル』は直撃したし、最後の右ストレートなんか完璧に決まったはずだ。


「ッ、下がれ皆! そいつが例の脱獄囚だ!」


 俺が弾き飛ばされ、状況的に一番近くにいるのはすぐると花蓮だ。

 ズク坊は右肩に止まっていたから俺と一緒に飛ばされるも、すぐに空中へと羽ばたいて距離を取っている。


「「ッ!」」


 その指示を受けて、二人はすぐさま俺がいる場所へと後退。

 一方の稲垣は俺しか見えていないのか、手出しはせずに、その射殺すような三白眼で俺だけを睨んでいる。


 ――くそっ、まだろうってのかよしつこいな!

 飲む直前だった『ミルク回復薬』はどこかに吹き飛んで、こちとらまだ回復していないってのに……!


 とはいえ、だ。

 必要以上に焦るな俺。今度はもう『一対一』ではない。


 パーティーvsソロ。

 いくら稲垣が相手でも、有利なのは明らかに俺達である。


 ――俺はリーダーとして冷静に戦力差を考える。


 花蓮は【煩悩の命】があるため、気絶さえさせられなければ大丈夫。

 逆にすぐるは、『火ダルマモード』でも一発でも食らえばアウトだ。


 俺と花蓮、スラポンを出しての三枚の盾でガッチリ守り、後ろから最大火力の『火の鳥(ホウオウ)』で援護してもらおう。


 で、肝心の俺はというと……首から下は凄まじい倦怠感、まったくスタミナが回復していない。


 まあ、それでもイケるはずだ。

 稲垣の方もダメージが回復していないから、またサシでやっても互角。


 そこへフェリポンに『精霊の治癒(ヒール)』をかけてもらえば、一気に決着がつくはずだ。


 想定外でも勝ちが濃厚な二回戦――。

 そうやって頭を高速回転して、勝利への道筋を思い描いた時だった。


「「「「!?」」」」


 俺もズク坊も、すぐるも花蓮も。

 そして、凶暴性が増した猛獣みたいな稲垣さえも。


 突然、ボス部屋に吹き抜けた『重圧』を受けて――身を震わすと同時、その発生源に視線を巡らす。


 場所はボス部屋の出入り口の扉。

 そこから放たれる理解不能な重圧と共に、その足音と声は響いてきた。


「――やっと見つけたぞ。……なるほどな。もしやとは思ったが今度は彼を狙ったのか」


 この部屋の主、メルトスネイルがリポップしたわけではない。


 言葉と足音を聞けば絶対に違うと分かるし、何より、放たれる重圧がメルトスネイルの比ではないのだから。


「あ、あなたは……!」

「テメエ……!」


 その突然の登場人物は、ゆったりとした歩調とは逆に、途方もない戦意を全身に漲らせる。


 金属製の鎧の上には、眩いばかりの視認できる『黄金色のオーラ』が。

 両腕にはそれぞれ三本の『鉤爪』を装備して、鋭利な先端は地面スレスレを通っている。


『上野の迷宮』十二層。その最奥にあるボス部屋に現れたのは、探索者でも犯罪者でもない。


 自衛隊『DRT』(迷宮救助部隊)の隊長の一人。


 岐阜では最精鋭のAチームを率いた、最強たる『単独亜竜撃破者』の一角――柊斗馬さんその人だった。

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