八十四話 vs悪魔の探索者
「オラオラどうした牛野郎!」
「くッ……!」
人間同士の殺し合い。
本来、命をかける探索者であっても経験するはずのない戦いが――始まった。
一方的に因縁をつけられ、迷宮内で無音のゴングが鳴ると同時。仕掛けてきたのは稲垣だ。
武器も持たず、装備はフルプレートメイルだけという、丸っきり『俺と同じスタイル』で左右の拳を見舞ってくる。
その衝撃は凄まじいの一言だった。
ズドン! と一発一発が大砲のごとく、『プラチナ合金アーマー』の上から、拳も砕けずに叩き込んでくる。
――もちろん、俺だって対モンスターの時と同じように打ちこんではいる。
だが、こっちのパンチは当たる前に叩き落とされ、早くも押され気味になってしまっていた。
数度ほど打ち合って分かったのは、稲垣の動きは完全に『空手』だという事だ。
しかも相当、洗練された動きのため間違いなく黒帯、有段者だろう。
「(それに加えて……やっぱり【スキル】か!)」
いくら相手の格闘技術が高く、また探索者特有の身体能力があったとしても。
『闘牛二十四頭分』の重量とパワーを宿す俺が押されるのはあり得ない。
例の脱獄の原因となった【悪血】。
どんな状況にも適応してしまう――というのは置いておいて、
戦闘面で言えば、大幅な身体能力上昇と人間の持つ力の制限外し、そして凶暴性が増すという危険な【スキル】だ。
「――ッ……!」
しかし、これだけでは俺の重戦士なパワーを前にゴリ押しされるだけ。
そもそも俺のタフな体を鎧ごと叩き潰そうとするなら、拳や腕の方が衝撃に耐えられないはずだ。
にもかかわらず、その様子は微塵もなし。
連打の速度あまり速くなく、一発喰らったら終わりというほどではないものの……。
「『溜め攻撃』か! まるでゲームじゃねえか……ッ!」
俺の闘牛の体をものともしない攻撃力。
ボディーブローのようにジワジワと効く重たい一撃を打ち込めて、かつ稲垣の拳が壊れない理由が――コレだ。
【スキル:チャージボディ】
『気を溜める事で体を強化する。チャージ量が大きければ大きいほど技の威力や体の頑丈さが増す。溜めの限界点およびチャージ速度は熟練度に依存する』
――稲垣が持つもう一つの【スキル】だ。
極めてシンプルな、己の肉体を強化する効果を持っている。
つまり、ベースとなる探索者としての身体能力に加えて、
【悪血】と【チャージボディ】、この二つで身体能力が『超強化』される組み合わせというわけだ。
「オイオイその程度かよ!? こっちはまだ全力を出しちゃいねえぞ!」
叫び、肉体の強さを全面に出した猛攻をかけてくる稲垣。
もはや威力も迫力もオーガロード以上。
突きに肘に膝での一撃にと、空手の技と動きで、ほとんど距離のないインファイトの攻防が繰り広げられていく。
……くそっ! 人間との殴り合いでまさかの互角以下かよ!
対人だから動作の大きいラリアットはまず当たらない。
とはいえ、普通の打撃だって人間相手にはオーバーキルなはずなのに……!
さすがは腐っても凄腕、『悪魔の探索者』と恐れられるだけあるか。
稲垣が想像以上のファイターだったのは衝撃だったが……そう驚いてもいられない。
少しでも動きが止まったらまずい。
間合い的にも回避は厳しいため、守りに入れば一気に持っていかれるだろう。
「ッ! こっちだってまだ全力じゃないんだよ!」
連打の打ち終わりを見て、俺は『牛力調整』からの一旦離脱を敢行。
五メートルほど真後ろに下がり、それを見た稲垣が逃げたと思ったのか、鼻で笑ってきやがった瞬間――。
ズドォオン! と。
殴り合いの鬱憤を晴らすかのように、間髪入れずの『高速猛牛タックル』を見舞う。
「ごッ……!?」
稲垣は咄嗟に両腕でガードしてくるも、その上から問答無用で叩き込んだ。
鎧の腹部に衝撃を受けて、稲垣は軽々と吹っ飛び、放置したままのメルトスネイルの死体に勢いよく突っ込む。
所詮は人間、百九十オーバーの大柄な体にフルプレートメイルを纏っていても、二百キロもない『最軽量級』だから当然だ。
……これでダウン、気でも失ってくれるか?
そう思ったのも一瞬、稲垣はメルトスネイルの死体から這い上がってきた。
纏う鎧はベコッと大きくへこんでいるが……中身の方は確かな足取り、脳震盪を起こしている様子もない。
「うお、ウソだろ!? あの体重差ですぐ立ち上がってくるか普通!」
「――チッ、クソがうざってえな! パワーもスピードもタフネスも。フィジカルの強さは俺が最強――テメエじゃねえんだよ牛野郎!」
屈辱の一発をもらったからか、怒り狂った声で叫んでくる稲垣。
その声と立ち上がってきた事実に、面食らって思わず一歩後ずさってしまった瞬間。
「ッ、やべ――!」
隙を見た稲垣が石畳を粉砕。強烈な蹴り足からの前進で、一気に距離を詰めてくる。
そして一撃。
腰が浮いていた俺とは対照的に、低く沈んだ体勢からの掌底が飛んできた。
普通の打撃とは少し違う、体の奥に響くような衝撃が鎧越しにみぞおちを襲う。
さっきの稲垣ほどではないものの、今度は俺が三メートルほど吹っ飛ぶ。
ゴロゴロと石畳を転がり、最後はメルトスネイルの大きな殻の塊に激突して止まった。
「げほッ! ぐッ、にゃろう……!」
咳き込みながらも、俺は負けじとすぐに立ち上がる。
追撃に備えて構えたところ、稲垣に次の動きはなく、打ち終えた体勢のまま一息(?)ついている様子だった。
戦闘開始から続いた怒涛のラッシュが終わり、間合いを開けて睨みあう。
稲垣はまだ息は上がっていない。ダメージもそこまで入っている感じもない。
やはり聞いていた情報通り、【チャージボディ】は攻撃と防御の両面で効果を発揮している。
まるで鏡映し。
重く荒々しい打撃は、全身鎧も相まって自分自身と戦っているような錯覚さえ起こす。
一方、俺の方もまだこの程度なら大丈夫だ。
口の中が切れて血の味が広がってもいない。
スタミナ面もダメージの蓄積も、心配していたよりは大きくなかった。
持ち前のタフさと自慢の鎧で打撃に強いのが救いだな。
冷静に考えて、もし稲垣が剣士か魔術師タイプだったら……すでにヤバかったと思う。
「オイオイオイ。ウザってえほど硬えなテメエ! 生意気に上等な鎧も装備してやがるが……ま、ブチ殺した後の『戦利品』と考えりゃ悪くねえ!」
「ああ!? 誰がお前なんかにやるかよ! 極悪人は鎧じゃなくて囚人服がお似合いだっつんだよ!」
そう激しく口論すれば、待っているのは戦闘、いや殺し合いの再開だ。
近距離真正面からの回避なしの殴り合い。
俺の方が遥かに被弾数は多くても、やっと相手の動きに目が慣れたのだろう。
『闘牛気』の飛ぶ打撃ならば、通常打撃よりも威力は落ちるが何発も入っている。
基本は同じファイタータイプ。不本意ながら戦いは噛み合っているらしい。
――だからか、不思議と俺には恐れがなかった。
重さは圧倒的に俺が、格闘技術は圧倒的に稲垣が上。
どちらかが全てにおいて圧倒しているわけでもなければ、『対人間』とはいえ、そもそも殺し合い自体は慣れているからな。
「うおおおおッ!」
オーガロードも顔負けな壮絶な肉弾戦の中、打ち返しながら俺は思う。
もし今の実力があっても、探索者デビューしたばかりの頃の俺だったら?
こんな凶悪犯に狙われたと知った時点で絶望して、確実にビビって抗えなかっただろう。
だがもう探索者歴一年の経験者。
数多くのモンスターと命のやり取りをしていれば、相手が誰だろうと立ち向かえる。
特に岐阜でのあの遭遇――途方もない存在である『竜』を見てしまえば、目の前のクズ野郎など恐れるに足りない。
「闘牛ラリアットォオオ!」
そして何より、俺を立ち向かわせる最大の理由が『仲間のため』という気持ちだ。
俺が負けて、死んで鎧を奪われるというだけならまだマシな方。
今は気絶しているだけでも、すぐると花蓮にヤツがトドメを刺さない保証はどこにもないのだ。
ズク坊だけなら気配を消して逃げ切ってくれるだろうが……、
パーティーのリーダーとして、さらには友達として。
守るべき大切な存在は、俺一人の命だけではないのだ。
「チィッ! これ以上付き合うのは面倒だ。……もういい、遊びは終わりだ牛野郎!」
互いの拳が同時入り、その威力で距離が離れた直後に稲垣が叫ぶ。
対して俺も、兜の下からギロリと睨みつけて言葉を叩きつける。
「奇遇だな。俺もちょうど同じ事を思ってたところだ!」
瞬間、さらに一歩、俺も稲垣も後ろに距離を取る。
そして、どちらも低くドッシリとした構えは崩さないまま。
戦闘スタイルが全く同じ俺と稲垣は――――同時に叫ぶ。
「――『全気充填』!」
「――【過剰燃焼】!」
突然すいません。
詳しくは活動報告にも書いたのですが、更新が止まる可能性が高くなってしまいました。
9月1日を最後に、期間は2週間~一ヶ月と思われます。
ネットに繋がるPCが使えたら大丈夫なのですが……。
めちゃくちゃタイミングが悪くて本当にすいません(汗)。