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八十三話 バッドイベント

「よう牛野郎。わざわざここまで会いに来てやったぜ?」


 そう言った男は、脱いだ兜を持って凶悪な笑みを浮かべたまま。

 うつ伏せに倒れたすぐると花蓮の間を通り過ぎ、ボス部屋中央にいる俺に向かって歩いてくる。


 周囲を支配する重苦しい空気。

 まるでボスが複数同時にリポップしたかのように、生存本能に訴えかけるような嫌な空気だけが漂い始める。


「くっ、お前――! 突然現れて何ヤツだホーホゥ!?」


 そんな空気を打ち破ったのはズク坊だ。


 ボス戦で消していた気配を戻して、俺の右肩に止まると同時、男に向かって敵意を向けて叫んだ。


「フン、そいつが噂の喋るミミズクか。お前も人間に交じって探索者ごっこしてんなら知ってるだろがうるせえな」


 気だるそうに言って、男は唾を吐き捨てて睨んでくる。


 ……いや、もうコイツを男と呼ぶのはよそう。


 探索者を殺して一般人にも危害を加え、

 刑務所にブチ込まれたあげく脱獄して、

 つい最近、パーティーを襲撃してまた死者を出した――どうしようもない『凶悪犯』だ。


 去年の大晦日に脱獄してから、警察や『DRT』が血眼になって探しているも足取りは掴めていなかった。


「たしか名前は稲垣文平、だったか。……で、そんな犯罪者がここに何しに来た!? 検問だってあるのにどうやって……! つうか俺の仲間に何しやがったお前ッ!」

「オイオイオイ、ガキが年上に捲し立てんじゃねえよ。ペットもうるさきゃ主人もうるせえな」


 俺の問いに、耳をほじりながら顔をしかめて鬱陶しそうに答える稲垣。


 ぐ! コイツ……!

 全く悪びれる様子もなく、さも当り前のような態度をしているが――自分が何を仕出かしたのか分かってないのか!?


「ホーホゥ! すぐると花蓮を傷つけるとは……! お前絶対に許さないぞホーホゥ!」

「ああ? いやいやよく見ろよ猛禽類。アイツらは意識を刈っただけだろうが。俺は基本、『標的のヤツ』以外は進んで殺しゃしねえ。勝手に狂人扱いすんじゃねえよ」


 気だるそうに答えて、稲垣は癖なのかまたも唾を吐き捨てる。


 どの口が言っているんだコイツ!

 普通に無関係な一般人にだってケガを負わせているし、そもそも標的だけでも殺す時点で狂人確定だろが!


 と、俺が額に青筋を浮かべていたら。


 稲垣はまたどの口が言うのか――足元にあるメルトスネイルの殻の残骸を蹴り飛ばして、偉そうに説教までたれてくる。


「大体、そこのガキ従魔師は【スキル】で一定以上のダメージは無効化すんだろ? なのに一発で倒れたんなら気絶以外にねえだろが。んな事仲間だったらすぐに気づけよバカが」

「ぐッ……!」

「俺の標的はあくまでテメエだけだ牛野郎。邪魔な従魔は、主人の従魔師の意識を刈り取りゃ『強制帰還』できる。デブ魔術師の方も邪魔だからそうしたまで。――だが、まあ……」


 獰猛に笑って、稲垣は首を左右に振ってボキボキと乾いた音を鳴らす。


「この程度なら、リーダーのテメエもたかが知れてるぜ。従魔師は背後の気配にまるで気づかねえし、魔術師も直前で気づきはしたが……その前に肝心の『火ダルマ』を収めて首をさらしてやがったしな」


 稲垣は冷淡な声色の反面、焼けつくような敵意や殺意を全身に纏って言う。


 射殺すようなその三白眼には、すでに標的、つまり俺以外には映っていないようだ。


「うるせえ! つうか俺だけに用があるなら俺だけ狙えよチキン野郎!」

「そうだ! お前なんか腰抜けの探索者崩れだホーホゥ!」


 稲垣の挑発的な言葉に、俺とズク坊も挑発的な言葉を返す。


 対して稲垣は、

「あっさりやられる方が悪いんだろが。実力不足は仲良し小良しで遊んでいた証拠か?」と、さらに挑発的に返してくるも――大丈夫、心配は無用だ。


 たしかに、すぐると花蓮に手を出された怒りはもちろんある。

 気絶させられた時の一撃で、二人の首の骨が折れていないか!? とか、そっちの心配は当然あるが……。


 それでも迷宮という危険な世界にいるからか、あるいは生存本能がそうさせるのか。

 我を忘れるほど取り乱したり、頭の中が沸騰しているわけではない。


 とにもかくにも全員が無事に地上へと戻る事。

 このヤバすぎる状況、突然の『バッドイベント』を乗り切るためには無い頭を使わなきゃならない。


 ――だからこそ、本当なら今すぐ殴りかかりたい衝動を抑えて。

 俺は時間を稼ぐために、喋りたくもない相手との会話を試みる。


「で? どうやってお前は検問をすり抜けて来たんだよ? どうせ力ずくの強行突破でもしたんだろ!」

「オイオイオイ、寝言言ってんじゃねえよ。さすがにンな真似はしねえよバカが。すぐにバレて『DRT』どもに通報されるのがオチじゃねえか」

「じゃあどうやって入ったってんだよ? 頭から足までフル装備でも、一度脱いで『顔は見せろ』ってなるだろうが!」


 話しながら、俺は頭をフル回転させる。


 倒れた二人を抱えての脱出は……まず無理だな。


 認めたくはないがヤツは元凄腕の探索者だ。

 あの『単独亜竜撃破』のバケモノ四人組(?)よりは数段落ちるものの、


 準最強格――『遊撃の騎士団』や『黄昏の魔術団』の副団長、あとは『北欧の戦乙女(ヴァルキュリア)』リーダーの緑子さんに匹敵するくらいの実力の持ち主と聞いている。


 上手く二人を両脇に抱えられても……無防備な背中を晒してジ・エンドだろう。


「色々とやり方はあんだよ。……まあいい、どうせテメエは死ぬから教えてやるよ。知り合いの【スキル】で『顔を変えた』のさ。声も適当に裏声を使えば、まんまと通してくれたってわけだ」


 ニヤリと、稲垣は犬歯を剥き出しにして笑う。


 その表情は捕食者そのもの。

 今までの人生で最も害意を感じる顔で、俺を逃がすつもりは毛頭ないようだ。


「なるほどな。そこまでして迷宮に潜って俺を狙う、と。別にお前との接点なんてないはずだ。こっちは迷惑極まりないぞ!」

「ハッ! んな事知るかよ。ただ俺が気に入らねえから殺す。どいつもこいつも殺しに理由を求めるんじゃねえよウザってえな」


 言うと、稲垣はついに手に持っていた兜を被った。


 直後、稲垣から放たれていた敵意や殺気、押し潰すような威圧感がさらに一段階増してしまう。


 チッ……参ったな。

 もっと引き延ばして、あわよくばすぐる達の意識の回復を待っていたが……いよいよ戦闘パートに突入ってわけか。


「(ブランクを差し引いても勝てるかどうか。……くそっ、パーティーでかかれば確実に勝てたのに……!)」

「(ホーホゥ。俺も戦うのを手伝うぞバタロー!)」

「(いやダメだズク坊。今回はさすがに相手が悪すぎる)」

「(で、でもだホーホゥ……!)」

「(大丈夫、何とかするさ。幸い相手の【スキル】は把握してるしな。ズク坊は今まで通り、気配を消して離れた位置に待機しててくれ)」


 怒りに翼を震わせ戦いたがるズク坊。

 そんな相棒を諭して、俺は右肩を上に動かして宙へと飛び立たせる。


 もう空気は一触即発。悪いどころの騒ぎではない。

 格闘技の試合前にある至近距離でのメンチの切り合い、それすら微笑ましく思えるほどの空気が周囲を支配する。


 まさかこんな事に巻き込まれるハメになるとは……。

 さっきのボス戦で『牛体プレス』とか、半分プロレスごっこ気分でいた罰だろうか?


 そんな後悔も束の間。目の前の凶悪犯と言う名の、人間の形を真似た『モンスター』が動き出す。


 明らかに【スキル】を発動させた様子で――やる気満々に、短くぶっきらぼうに宣言する。


「調子に乗るなよガキが。すぐにブッ殺してやるよ!」

戦闘前の会話が思った以上に伸びてしまった……。

す、すいません。次回から本当に戦いますので(汗)。

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