八十二話 激闘の果てに――
「出たな、お久しぶりの『指名首』め!」
依然として樹海な『上野の迷宮』十二層――。
オーガロードの十層を抜けて、岐阜にもいたカタパルトホーネットの十一層を、火ダルマなすぐるを主体に突破した末に。
俺達は上野では初めてとなる、『指名首』(【固有スキル】を持つ強敵指定された種族)と対峙していた。
のそのそと這う巨大なそいつの名は――『メルトスネイル』。
簡単に言えば、十トントラックサイズのグロい巨大カタツムリだ。
先端に目がついた大触角に、装甲みたいな渦状の殻を持ち、
【硬軟自在】で体や殻の硬度を変化させられる、ステータスで言えば『防御力が飛び抜けて高い』モンスターである。
見た目通りに素早くは動けず、良くも悪くも山のよう。
俺達との相性的には良いとはいえ……決して安心などできない。
なぜなら、コイツの吐く紫色の気持ち悪い液体。
ありとあらゆるものを溶かし尽くす『溶解液』。
これを攻撃手段としているので、まともに真正面からはいけないのだ。
幸い攻撃速度は大した事はないが、回避は絶対。
アダマンタイトも使われている自慢の『プラチナ合金アーマー』でも、直撃したら危ないと、事前に探索者ギルドから聞いていた。
「――で、ここは逃げ場のある通路じゃなくて、閉ざされた『ボス部屋』ってわけだ!」
硫酸も真っ青な強力溶解液を避けながら、俺は叫んでメルトスネイルから距離を取る。
実はここ、通路部分ではなくボス部屋なのだ。
しかも空の三層以来となる、モンスターが存在しない空の階層。
なので、休憩所と呼ばれる安全な道のりを経て、この巨大グロカタツムリが待つボス部屋にたどり着いていた。
「『火の鳥』!」
「フェリポン! スラポンに『精霊の治癒』だよ!」
と、ここで後衛の二人の声が前衛の俺まで届いてくる。
すぐるが放った最大火力の火の鳥(二連射バージョン)がメルトスネイルのヌメヌメした顔面へ。
身を盾にして溶解液を阻んでいたスラポンには、ピンク色の霧が優しく包み込んだ。
――よし、二人の方も大丈夫そうだな。
通路と違ってボス部屋は樹海になっておらず、その代わりなのか、薄緑色に発光する石壁&石畳となっている。
ただ、ボスの巨体に対してテニスコート三面分と少々狭い。
だから結局は立ち回りしづらくてちょっとマズイかもと思ったが……いらぬ心配だったか。
それを確認して、俺はすぐさま諸刃の剣、【過剰燃焼】を発動する。
フェリポンの回復がスラポンに付きっきりでも、コイツは防御力が突出しているからな。
【硬軟自在】で硬い殻はより硬く、ヌメヌメな本体は逆に『軟らかすぎて』打撃が聞きづらいのだ。
「だから三分以内にだ。全力一気に駆除させてもらうぞ!」
『闘牛気』を上げながら『牛力調整』で重量を切り替え、俺は四十八牛力のフルパワーをもって突進する。
毎度おなじみの『高速猛牛タックル』。
奥義(?)である『狂牛ラッシュ』だと、どうしても攻撃に集中しすぎるので、溶解液に注意するためにもこの技を選択した。
タックルが決まると同時、ドゴォオン! と凄まじい衝撃が鎧から全身に伝わる。
【固有スキル】が乗ったバカみたいに硬い渦状の殻。
そこに右肩からブチ当たると、ピシィ……! という亀裂音が聞こえてきた。
……さすがに一発で粉砕とはいかないか。
【過剰燃焼】を使っても、相手は『指名首』であり、しかも防御特化のモンスターだからな。
ある程度の火力がなければ……普通に戦闘時間が一時間を越えるような相手なのだ。
「ちっ、全力タックルでヒビだけか! カタツムリだけあって体勢もあまり崩れてないし……!」
カウンター気味に飛んできた溶解液をサイドステップで回避して、元いた場所の石畳がジュゥウウ! と溶ける様子を確認する。
……うん、アレ絶対に当たりたくないな。
速度がない分、エビルアイの『強力レーザー』よりは戦いやすくても、こっちの方が危険そうだぞ。
スラポンは直撃してもスライムだからか相性が良いらしく、白煙を上げても大して溶かされていないが……。
同じ前衛でも、人間の俺はまず第一に回避優先。
その次に隙をついてのヒット&アウェイで、たとえ三分の制限時間があっても、無理せずに戦っていこう。
そんなわけで、メルトスネイルの前面はスラポン達に任せて、と。
もはや対峙し慣れた大型のモンスター相手に、俺は真横からタックルを見舞っていく。
鬱陶しいのか時々、振り返りからの溶解液! が飛んでくるも、
常に回避が頭にあり、発射口を視界の隅に入れているので当たる心配はあまりない。
ただ当然、一発でも頭から被れば形勢逆転の危険がある。
どんなに俺とすぐるの攻撃が『ワンサイドゲーム』のように当たろうと、綱渡りな戦いなのは間違いない。
戦場は俺の打撃音を中心に、すぐるの炎の燃焼音や溶解液の着弾音が響く。
そこに加わる激しい足音からの震動は俺のものだけ。
メルトスネイルは大型でもカタツムリだからか、移動に関しては不気味なほど静かだ。
そうして、地道に殻を砕き体表を削りながら。
気の抜けない戦闘開始&【過剰燃焼】を発動してから二分が経過した頃――。
ボス部屋の床や壁が溶解液に溶かされて変な異臭に包まれる中。
殻が砕け散り、体の前面に大火傷を負ったメルトスネイルは、大触角が萎びたように下を向き、小触角に関しては完全に焼失していた。
溶解液を吐く口はあっても発声器官はないのか、叫び声もなくただ不気味に静まっている。
「もう一押しか。分かりにくいけど打撃もきっちり効いてるし――よし任せろ!」
叫び、勝利を確信した俺はズン! とボス部屋を揺らして跳躍する。
『牛力調整』からの約二十メートルの天井に向かっての大ジャンプ! からの蹴り返し。
最初に跳んだ勢いを弱めないまま、三角跳びみたいな要領で反動を使い、宙にいる俺は真下のメルトスネイル目がけて落下する。
速度の乗ったMAX四十八牛力、『三十八・四トン』に戻した超重量状態で。
――喰らえ、俺の編み出した新技――、
「『牛体プレス』ゥウウ!」
直後、張本人の俺でさえ顔をしかめるほどの衝撃が生まれる。
砕けた殻で露出した弱点部位、メルトスネイルの背中に、隕石化した俺が大の字で突き刺さった。
……否、『突き破った』が正解だ。
ダメージが蓄積したカタツムリ特有の湿った巨体を突き抜けて、俺はそのまま石畳に追突したのだった。
「ホーホゥ!? ちょいバタロー!」
「せ、先輩!」
「大丈夫っ!?」
視界が煙で遮られる中、うつぶせ大の字な俺の耳に皆の心配そうな声が聞こえる。
ヤバイ、これはちょっと計算外だった。
右肩から当たるタックルの比じゃないくらいに俺にもダメージがあるぞ……。
前にテレビでプロレスを見て閃いてから、いざぶっつけ本番でやってみたものの……これは使いどころを考えないとな。
床にメリ込みメルトスネイルの死体に埋まりながら、俺は反省するのだった。
◆
「あ痛たた……。最後の最後にミスったけど……何とか倒せたな」
『上野の迷宮』で二体目となるボスのメルトスネイルは死んだ。
その死体から這い出た俺の目には、外れまくった溶解液の影響で、だいぶ悲惨な事になっているボス部屋の景色が入ってくる。
「派手な戦闘だったねー。ほい、じゃあフェリポン。バタローを回復させてあげて」
『キュルルゥ』
「お、サンキューな二人共。【過剰燃焼】に最後の凡ミスで体力が結構、削れてたからな」
フェリポンの心地良い『精霊の治癒』を全身に浴びながら。
俺は背負ったままのリュック型マジックバッグを、溶けていない床部分に下ろす。
そこそこ苦労して倒したメルトスネイルの素材は三つ。
魔石と殻と液袋(溶解液を生成する器官)だ。
『指名首』だけあってお値段の方も高く、多少傷がついていても一体『二百五十万』は下らないだろう。
……まあ、倒すのに必要な労力を考えると……あまり良い狩り場とは言えないけどな。
「んじゃ、サクサクと剥ぎ取りますか。デカイからすぐると花蓮は頭にある魔石の方を――」
――その時だった。
二人に指示を飛ばし終える前に。
ぞわりと、戦闘はたった今終わったはずなのに、背筋に強烈な寒気が走ったのだ。
「ッ!?」
俺は振り返り、寒気を覚えた方向、ボス部屋の入口の扉の方を見る。
と同時、「ぐッ!?」「ぎゃっ!?」――と。
小さく短い悲鳴と共に、『火ダルマモード』を解除していたすぐると、花蓮が床に崩れ落ちる姿が目に入った。
……そして、もう一人。
二人が倒れた背後には、フルプレートメイルを纏った者が幽鬼のごとく突っ立っていた。
「んな!? すぐる――花蓮ッ!」
その突然であり得ない光景を見て、俺の心臓がドクンと大きく鼓動を打つ。
すぐると花蓮が急に倒れた事もそうだが……、
そもそも、この階層には俺達『迷宮サークル』以外には誰もいないはずだ。
にもかかわらず、ハッキリと俺の目には映っている。
ボス部屋の薄緑色に発光する淡い光の中で、モンスターよりも凶悪な空気を醸し出す『男』の姿を。
フルプレートメイルでも男と分かったのは、そいつがすぐに兜を外したからだ。
そうして露わになった顔は――醸し出す空気と同じく凶悪なものだった。
「! お、お前まさか……!?」
男の顔を見て、俺の体は瞬間的に凍りつく。
散々ニュースで見ているんだ、見間違えようがない。
射殺すような三白眼に角ばったエラと顎、百九十センチはある大柄な体――。
両腕を埋め尽くすタトゥーこそ鎧で隠れてはいるが、どこからどう見ても『例のあいつ』だった。
対して、男はニヤリと笑って犬歯を剥き出しにすると、明確な敵意を向けて口を開く。
「よう牛野郎。わざわざここまで会いに来てやったぜ?」
次の八十三話にして、ついに初となる対人戦となります。
……あと話の切り方が変だったらすいません。