七十八話 通達
「ふー。今日は皆よく頑張ったよなー」
四つ腕のゴリラ軍団を越えて、八層まで到達した俺達。
そこで新たなモンスターを一体だけ仕留めてから回れ右、ホクホク顔で無事に探索者ギルドに戻ってきていた。
「――お疲れ様です。さすがは友葉さん達、今日もスゴイ収穫ですね」
「ええ、ちょっと張り切りすぎちゃいましたね」
マジックバッグから素材を出して台の上に乗せながら、俺は顔なじみの受付嬢さんと言葉を交わす。
たしかに、隣の受付にいるパーティーと比べたら素材の質も量も段違いだ。
見ようによっては受付への嫌がらせにも見えなくない、山のように盛られた俺達の台。
それを見て、隣のパーティーは目を見開いて無言のままに驚いている。
……多分、新しく上野に来た人達だろう。
自分で言うのもアレだが、俺達もかなり有名になっているしな。
『上野の迷宮』をホームにしているパーティーでは、俺達『迷宮サークル』と、
大所帯パーティーの『勇敢なる狩人』が実力・知名度ともに抜けている。
もう他の古参パーティーの人達は、俺達が毎回毎回、一千万以上稼いでいても驚かないのだ。
というわけで、隣からの視線を感じながら、受付奥で行われている素材の換金作業を待つ。
仕事が早く、受付嬢がものの数分で戻ってくれば――俺達は三等分で振り込みなので、その詳細が書かれた紙が三枚トレ―に載っている。
……のだが、それとは別に。
見慣れぬA4サイズの『黄色い紙』が、いつもの紙と一緒に載せられていた。
「うん? これは……」
「そちらはギルドから探索者の方々への『重要な通達』となっています」
「じゅ、重要な通達ですか?」
「はい。全国全てのギルドで、全探索者に対してお渡ししているものです」
少し曇った表情の受付嬢さんの言葉を聞きつつ、俺は右肩にいるズク坊と共に渡された紙を見る。
重要と言うだけあって、その黄色い紙に書かれていた内容とは……、
「ああ、なるほど。……そりゃそうだよな」
通達の紙に書かれていたのは、例の『脱獄犯』について。
警察が必死の捜索をするもいまだ身柄を拘束できず、世間を不安の渦に巻き込んでいる男だ。
一般人に危害を加えて、同業の探索者を二人も殺した極悪の死刑囚。
加えて凄腕の探索者だったのだから、その危険性は言うまでもないだろう。
「今はどこかに身を潜めているようですが……。元探索者ですので、必ずどこかの迷宮に出入りすると思われます」
「……ううむ、そう考えるのが妥当ですよね。こりゃモンスターよりも恐ろしいな……」
「はい。ヤツのせいで探索者の方々が探索を控える事になったら……ギルドとしてはたまりませんよ。『DRT』も総力を挙げて捜索していますが、日本の迷宮は百以上もありますしね……」
受付嬢さんが美人な顔にしわを寄せてため息をつく。
まあ、そりゃため息の一つもつきたくなるか。
迷宮が数えるほどしかないならすぐ捕まるだろうが、全てを監視するなんて物理的に不可能だ。
すでにいくつかの迷宮には出入り口に『検問』を設けてはいる。
それでも『DRT』も本来の業務(探索者の救助)があるし、数だって限りがあるからな。
無理に全てカバーしようものなら、一つ一つの警備網は当然、薄くなってしまう。
それに相手が相手だ。
もし発見できたとしても、並の隊員だと少人数では拘束できず、返り討ちにあう危険性も高い。
「――ですので、探索者の方達にも協力をお願いしています。もちろん、見つけた場合は無理に拘束しようとせず、早急にギルドに連絡してもらう形で大丈夫です」
受付嬢さんはそう言うと、ペコリと頭を下げた。
そんな姿を見て、事の重大さも考えたら――『迷宮決壊』同様、協力しないわけにはいかないよな。
まして俺達は凄腕に分類されている探索者パーティーだ。
人殺しを放置したままなどできないし、率先して協力するのは当たり前ではあるが……ちょっと待て花蓮よ。
俺の後ろで、「バタローがやっつけちゃうよ!」とか言うのはやめなさいって(汗)。
モンスターを狩るのはいいとして、人間と殺し合いなんか絶対したくないぞ。
「と、とにかく気をつけます。十分注意して探索しようと思います」
俺は通達の紙と買い取り額が書かれた紙(エビルアイとアームドコング、一人当たり『六百五十三万円』)を空のマジックバッグにしまう。
そして、大金を手にしたのに初めて重い足取りで、皆と共に探索者ギルドを後にするのだった。
◆
「――ハァ、く、そっ! 何でこう、な……! 誰か助け……ッ!」
同時刻、山梨県内東部にあるとある迷宮にて。
ほんの数メートル先までしか見えない薄暗闇の中、地面を這いずり大量の血を滴らせながら。
フルプレートメイルを纏った男の口から、途切れ途切れの弱々しい声が発せられた。
もう誰もいないと分かっていながらも……助けを求めて必死に声を絞り出したのだ。
そんな男の背中に、ズドン! と凄まじい衝撃が襲う。
その衝撃と地面に挟まれ、「ぐああ!」と大きな悲鳴が上がった。
「オラオラ、ゴキブリみてえに逃げてんじゃねえよ。俺はテメエの装備に用があるって言っだろうが!」
踏みつけたまま、探索者の男を襲ったモンスター――否、一人の『人間』が怒鳴り散らす。
その正体は稲垣文平。
今や日本で最も有名かつ恐れられている男が、刑務所から再び迷宮の世界へと戻ってきていた。
鬱陶しいのか、顔を覆っていた黒い布を脱ぎ捨て、獰猛すぎる顔を露わにする。
特徴的な三白眼でギロリと睨み、踏みつけている男に突き刺すような視線を送った。
「…………」
一方、襲われた探索者は答えない。答えられない。
なぜならもう、彼は目を見開き鎧を纏ったまま、息絶えていたのだから。
すでに負っていた深い傷に加えて、今の踏みつける一撃がトドメとなってしまっていた。
「オイオイオイ、いくら何でも軟弱すぎだろ。最近の若手はどうなってんだよ、あぁ?」
自分から勝手に襲撃しておいて、稲垣は一切悪びれる様子もなく悪態をつく。
迷宮が生まれてから十年以上。
たしかに、この殺された探索者をはじめ、金にものを言わせて『装備だけが一流』という若手も増えている。
しかし、当然ながらそんな理由で命を奪っていいはずがない。
そんな人として当たり前の事さえ分からないほど、稲垣という男は凶暴で凶悪――。
【スキル:悪血】が迷宮刑務所に適応、突破するほど強化されたからか、あるいは自由のない刑務所生活の反動か。
まるで爪や牙を極限にまで研がれた狂犬。
捕まる以前よりも、稲垣はさらに手がつけられない状態となっていた。
だからこそ、だろうか。
今この迷宮にいる被害者は、命を落としたフルプレートメイルの探索者だけではない。
彼とパーティーを組んでいた、同じく金持ちで一流の装備を身につけている若い男女三名。
彼らはかろうじて息をしているものの……運悪く稲垣と出会ってしまったがために。
圧倒的な実力差から、抵抗らしい抵抗もできぬまま、
骨という骨をへし折られて痛みで気を失い、自分達の力ではもう動ける状態になかった。
稲垣は後方に転がる彼らを無視して、踏みつけている男の死体を見下ろす。
そして、弱肉強食を体現するかのように、犬歯を剥き出しにして冷たく言い放つ。
「とにかくテメエにゃ似合わねえんだよ。この鎧は俺が使わせてもらうぜ」
連休だからもっと早くに投稿する予定が……ダレていつも通りの間隔に(orz)。




