七十七話 ジャングルな七層
「ぬおー。こりゃたっぷりと茂ってるなー」
俺達は今、『上野の迷宮』七層に足を踏み入れている。
六層の『目玉の狩り場』の一つ下。
初めて潜りはしたものの、レベル的にはまったく問題ない階層……なのだが、
「ぐっ! 本気で飛びづらいぞホーホゥ!」
「枝もそうですが根もスゴイ事になっていますし……こっちも歩きづらいですね」
「これぞ迷宮の神秘っ! 一つ下りただけなのに全然違うね」
と、俺に続いて後衛組から声が上がった。
その中で、なぜか楽しんでいる花蓮は別として。
ズク坊もすぐるも、今までは迷宮に文句などなかったのに、嫌な顔でブーブー言っているその理由――。
一言で言うなら『ジャングル』。
俺達のホームである『上野の迷宮』は、地面も壁も天井も、三百六十度全てが雑草に覆われている。
それがここにきて、さらなる進化を見せたのだ。
雑草だけの世界に多くの木々(しかも全て大樹)が現れて、太い根や枝が好き放題に伸び、鬱蒼とした葉は視界を遮っている。
上層から変わらず幅も高さもあり、大型トラックが何台もすれ違えるほど広い通路でも……そのほとんどが木々に覆われていては圧迫感が凄まじい。
六層までが『草原』で、七層以降が森、いや『密林』か。
これがエビルアイの六層を狩り場としている最大の理由。
もちろん、出現モンスターの種類というのも理由の一つではあるが……、
やはり一番は環境そのもの。
根がデコボコして歩きづらい足元は、移動面での効率が悪すぎるのだ。
「まあ、相変わらず水分が多いから、すぐるの火が燃え広がらないのは助かるけど……。だとしても辛いわな」
戦闘面においては、俺とスラポンの前衛組はどっしりと構えていればいいだけ。
逆に後衛組は、【煩悩の命】を得た花蓮は例外として回避が基本なので、動きにくいこのフィールドは好ましくなかった。
……とはいえ、進むしかないけどな。
強制ではなくても、ギルド総長から未踏の十六層以下の探索を頼まれているし、今日から積極的に下りて行こうと思う。
「ホーホゥ。バタロー、突き当りを右に曲がって、すぐまた右に曲がれば一体いる――あ痛ッ!」
指示を出していたズク坊が、急に悲鳴染みた声を上げる。
くッ! まさか敵襲か!?
……と思いきや、どうやら枝に翼が当たっただけらしい。
振り返ってみれば、ズク坊の真っ白い翼の羽が一本、ヒラヒラと舞い落ちていた。
――うん、やっぱり飛びづらそうだな。
お気に入りの『追い風のスカーフ』が引っかからないように飛んでいるみたいだし、ズク坊は索敵以外にも気を使わなきゃいけないみたいだ。
俺自身はというと、ヤカンみたいに『闘牛気』を上げながら気にせず進むだけ。
二十三牛力、推定十八・四トンの体重様様で、
ミシミシャベキィ! と踏み潰して、結果的に地面を平らにしながら進んでいく。
「俺の通った道を歩くといいぞー。あとズク坊はゆっくり低空飛行でな」
◆
ドドンドンドン――!
……効果音をつけるならこんな感じだろうか?
俺達の目の前には、汗臭いジャングルの王者みたいなヤツが現れていた。
名を『アームドコング』。
ゴワゴワの黒い剛毛に体長四メートルほどの、草食でも肉食でもない『雑食』な、『四つ腕』の異形なゴリラである。
思わず苦笑いしてしまうような見た目でも、普通に強い。
ゴリゴリの武闘派という感じで、パワー・タフネス・スピードのどれをとっても高水準だ。
六層のエビルアイは少々特殊だったが、やはり『上野の迷宮』はパワー系モンスターの迷宮だな。
とまあ、コイツの説明はこれくらいにしておいてと。
「さて、んじゃ戦闘パートに突入といこうか!」
最初の一体なので、今まで通りにどんな感じかリーダーの俺が戦ってみる。
MAXの二十三牛力も必要なくても、決してナメずに全力で当たるとしよう。
ズン! と俺は凄むように一歩前に出る。
相手のドラミングに返すかのごとく、密林な足元を大きく震わせた。
対して、アームドコングは――おっ、一歩後ずさったな。
四本腕で筋肉ダルマな恵体モンスターなのに、俺を見て本能的にヤバイと感じ取ったか?
「そりゃ実力というか、そもそも階級が違うからな。……けど、手加減はしないぞウホウホパワーめ!」
凶暴で怪力で、散々上位の探索者を屠ってきた悪名高いモンスターの一つだからな。
散っていった名も知らない探索者達の分まで、モーモー暴れ倒してやりますか!
「うおぉおおお!」
『牛力調整』で一気に接近し、俺は踏み込むと同時に懐に潜り込む。
そこから一発、どの程度タフなのか見極めるべく、少し跳び上がりつつみぞおちに右ストレートを見舞う。
ドスン! と俺の拳が『プラチナ合金アーマー』越しに深くメリ込む。
するとアームドコングの口から、あっさりうめき声と血が噴き出してきた。
この手応えだと……やっぱり戦力差は相当あるな。
切り札の『狂牛ラッシュ』はもちろん、単発の『高速猛牛タックル』でも沈むだろう。
腕だって四本もあるというのに、カウンターは飛んでこなかった。
もちろん、俺のパンチの威力が高いと言うのもあるだろうが……事前に調べた通り、体術的なものはなく、シンプルに『フィジカル頼み』のモンスターらしい。
「何だ、殴り合いにもならないか。こちとら牛力を落とすつもりはないから……サクッと倒させてもらうぞ!」
ため息混じりに言って、俺はみぞおちに左右の連打(×三セット)を叩き込む。
タフであるはずのアームドコングの巨体がくの字に折れ、早くもダウン寸前となったところで――ボグンッ、と。
鈍すぎる音を響かせて、俺は跳び上がりからの膝蹴りを一発。
前に押し返すように、倒れ込んできた剛毛な巨体をアゴから弾き返した。
――そこへさらにダメ押しを。
確実にこれで仕留めてしまうために、空中からの『蹄落とし』を真下の胸部に叩き落とした。
「……ホーホゥ。図体だけじゃバタローの相手にはならないな」
「ですねズク坊先輩。腕が四本あろうとファイターとしての格が違いすぎました」
「勝者っ! モーモー戦士バタロー!」
『ポニョーン』
『キュルルゥウ!』
そんな仲間達の声をかき消すように、密林の地に沈むアームドコング。
アゴは粉砕、胸は陥没。
凶暴なモンスターという存在から一転、約『百三十万ちょっと』を生み出す札束と化しましたとさ。
「あっさり終わったな……。よし皆、デカイから手分けして剥ぎ取っていこうか」
皆に声をかけて、俺は腰に下げていた剥ぎ取り用ナイフを持つ。
探索者あるあるとして、凄腕と呼ばれる探索者の場合、モンスターが大型だともはや剥ぎ取りの方が大変なのだ。
一瞬で素材だけを剥ぎ取るという、超便利な【解体師】。
大所帯パーティーでもない限り、この【スキル】を持つ探索者を抱えるパーティーなどないので……絶対に避けられない重労働である。
「あっ、奥から一体こっちに来てるな。ホーホゥ。まだちょっと離れてるけど、戦闘の音を聞きつけたみたいだ」
ズク坊がそう言うので、俺とすぐると花蓮の人間組で、せっせとアームドゴリラの解体を開始。
魔石と肝と胃袋と。
ナイフと手元を真っ赤に染めながら、もう慣れすぎた手つきでオペみたいに剥ぎ取っていく。
そうして得た素材は、おなじみのマジックバッグの中へ。
――あ、そうだ。
このマジックバッグに関しては、実は新しいものに代わっているぞ。
見た目は前と同じ真っ黒いリュックでも、最大容量が三百L(ジャグジー風呂くらい)から千二百Lと大幅に増えている。
前のやつは探索者ギルドに返却して、今度のはギルド総長から貸し出されたものだ。
特定探索者、というか凄腕の探索者として、国およびギルドへの高い貢献が認められての事だった。
俺以外にも、すぐると花蓮もマジックバッグ(ポーチ型とリュック型)は当然持っているし、素材を大量に回収できるってわけだ。
「んじゃ、どんどん進むか。我ら『迷宮サークル』の今日の目標は――八層突入と稼ぎ一千万越えだ!」