六十一話 最終アタック! だけど……
「――以上だ。選ばれなかった者達の分まで、最後の最後まで死力を尽くして戦ってくれ」
『岐阜の迷宮』の探索者ギルドのホール会場にて。
ギルド総長の口から、その情報は参加者達全員に伝えられた。
『最終アタックチーム』の編成。
残る十一~十三層には、『指名首』の中でも特に強力なモンスターしか出現しない。
そんな危険極まりない階層まで潜って戦う、精鋭中の精鋭な者達がこちら。
『DRT』Aパーティー(全十三名)より、隊長副隊長を含む――八名。
『DRT』B、Cパーティー(全十三名と十四名)より、隊長副隊長のみの――四名。
『遊撃の騎士団』(全二十四名)より、団長副団長を含む――九名。
『黄昏の魔術団』(全十三名)より、団長副団長を含む――五名。
『北欧の戦乙女』(全七名)より、リーダーと副リーダーのみの――二名。
『奇跡☆の狙撃部隊』(全四名)より、隊長副隊長のみの――二名。
『ハリネズミの探索者』より、全メンバーの――一名と一匹。
『ミミズクの探索者』より、魔術師を除いた――一名と一匹。
以上が選ばれた者達の所属とその人数だ。
一名も選出されなかった他三つのパーティー、『従魔列車軍』や『からくり一座』、『血盟の牙』をはじめ、実力とケガの状態を考慮して出された結果である。
この『三十二名と二匹』によって――『最終アタック』は開始される。
◆
「えっ? ――……??」
作戦六日目。
選考漏れで悔しがるすぐるをホテルに残して、仲間のその無念を胸に、俺とズク坊は十一層に踏み入った……のだが。
『異変』はすぐに起きた。
「ホーホゥ? 全然いないぞ?」というズク坊の困惑の声から始まり、
いやいやまさか~と思いながら、百メートルも岩の柱の道を進んで理解する。
……出会わないのだ。
迷宮下層を跋扈している、強力なモンスターに一体たりとも。
深い沼の中や岩の柱の上、緑色に淡く光る壁や天井にも……姿が見えない。
最大の二十牛力を維持して、ずっと『闘牛気』を出しているのが……無駄に思えるほどに。
「これは一体……。どうなっているのかしら?」
「本当だ。ミミズクちゃんの言う通りだね」
と、同じく困惑した様子で口を開いたのは、『北欧の戦乙女』のリーダーと副リーダー。
美しき女神こと吉村緑子さんと、こちらも中々の美人(黒髪ツインテール)で、朝ドラのヒロインでも務まりそうな透明感のある渡辺葵さんだ。
――そう、俺はついに緑子さんと一緒のパーティーになったのだ!
ただ、もう一人の葵さんが、なぜか俺と手合わせしたがっているという脳筋臭があるが……まあ贅沢は言うまい。
「ぬぬ、にわかには信じられないな……。しかし、ズク坊氏の嗅覚のスゴさは体感しているからな」
「そうッスよね。ズク坊索敵隊長が間違えるはずがないッス」
続いて声を上げたのは、天パのアフロな森川さんと副隊長(まだ名前を覚えてない)。
――そう、またコイツらである。
昨日までの戦いに引き続き、同じ『最終アタックチーム』の一つになったのだ。
何でまたお前らとセットなんだよ! せっかく緑子さんがいるのに邪魔だよ!
なんて怒りが湧いてきてしまうも……今はそれどころじゃないよな。
「うむぅ、何だか静かすぎて不気味だぞ……」
陣形を整え、皆で慎重に進めど進めど出てこない。
そのまま二つのカーブを通り過ぎ、三百メートル以上進んだところで――。
「おお! いたぞ! 何だズク坊、いるならいると――」
そこまで言って、俺は気づく。
同時、同じく前衛担当の森川さんと副隊長の二人も、声を上げてそれを凝視する。
十一層の住人――『ボムシェル』。
今いる階層通り、元から十一層にいるモンスターが一体、少し膨らんだ通路部分の沼の上に存在していたのだ。
剣山みたいな鋭い棘だらけの二枚貝で、サイズはアフリカゾウくらいか。
バジリスクや巨大サソリを相手にしてきたのに、今さらただのデカイ貝かよ! と侮るなかれ。
コイツも紛れもない『指名首』。
【固有スキル】の【超自爆】により、広範囲を大爆発で巻き込むという凶悪すぎるモンスターだ。
しかもその際、硬い貝殻部分も爆散して鋭利な破片の雨となり、殺傷力を大幅アップ。
そんなバカげた威力の大爆発を起こすも、球体状の『核』だけは生き残り、丸一日経てば全てが元通り、というクソ迷惑な超危険生物である。
……が、しかし。
「いるにはいるんだバタロー。ホーホゥ。でも……全部死んでるんだ」
首に巻いた『追い風のスカーフ』をなびかせて、ズク坊が右肩に着地してくる。
その重みと声を受けてから、俺達は改めてボムシェルを見る。
そこにあったのは――絶命していた凶悪モンスターの姿。
一言で言うなら『食い破られている』。
くっきり残っていた大きな歯型と共に、ぶ厚く硬い貝殻部分がバキバキに砕かれていたのだ。
まるで何かに貪り食われたかのように、周囲の沼に貝殻の残骸も浮かんでいる。
事実、恐る恐る近づいて確認してみたところ。
魔石とは別の核と呼ばれる球体が、本来あるはずの箇所に存在していなかった。
「ズク坊ちゃん、『全部死んでいる』とは、まさか他の個体も全て残らずって事かしら?」
「ホーホゥ。そうだぞ。いるのは死体ばっかりだ」
この合同パーティーのリーダーである緑子さんが問い、索敵担当のズク坊が答える。
どちらの声も困惑の色が乗っていて、この異常とも言える現状に混乱しているようだ。
もちろん、言葉にしていないだけで、俺も葵さんも『奇跡☆の狙撃部隊』の二人も気持ちは同じである。
いや本当……どうなっているんだ?
せっかく緑子さんの【影舞踏】や葵さんの【スキル】を生で見れるチャンスでもあるのに……。
とりあえず、俺達は任せられたルート通りに進み、死体を通り過ぎて奥へと向かう。
その後も他のボムシェルに遭遇はするものの、一体目と同じく、貝殻を破られて核をなくして死んでいた。
――結局、俺達は一度の交戦もせずに、ただ岩の柱を跳び移って進むだけだった。
◆
「そうですか。やっぱりそっちもでしたか」
「あァ、見事なまでにデジャヴな光景しか広がってねェな。……他のパーティーのところも同じらしい」
十一層の異変を受けて。
緊急で連絡を取り合った全パーティーは、十一層の中間地点にある、円錐状の空間の広場に集まっていた。
その空間を支配するのは、当然ながら『最終アタックチーム』全員のざわめき。
どのパーティーのどの精鋭達も、今の異様な状況にただ困惑していた。
「このおかしな状況……。嫌な予感しかしないんですけど」
俺は弱々しく言葉を吐いて、続けざまに深いため息をつく。
もしモンスターがいないだけなら、『空の階層にでもなったのか?』とか思ったかもしれないが……。
きちんと死体があって、そしてその死因と思われる『大きな歯型』。
うん。間違いないな。
モンスター同士が喰い合うとか聞いた事がないし、絶対この先に『ヤバイ何か』がいるぞ。
という予想は俺だけでなく、ほとんどの者がそう予想していたらしい。
自衛隊の『DRT』を中心に話し合いが行われ、索敵できるズク坊の意見も聞かれながら、ひとまずこのまま十二層まで進む事となった。
各合同パーティーがまたバラけて進み始めるも…………死んだ個体しかいないのだから結果は同じ。
ただ空しく警戒するだけで、それに答える自爆貝はいなかった。
そうして全パーティーが、無傷のまま十二層に下りる階段へとたどりつき、雪崩のように揃って下りていった先で。
ただ一匹の索敵担当であるズク坊が、右肩の上で取り乱した様子で叫ぶ。
「ホーホゥ!? まただ! また『全部死んでるぞ』ホーホゥ!?」