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五十九話 二十牛力

「どりゃっせぇえい!」


 七層の中間地点にて、俺の渾身の叫びが腹の底から響く。

 そのついでとばかりに振るわれた『闘牛ラリアット』が――沼から飛び上がってきたバジリスクの顔面を捉える。


 そうして相手の勢いを完全に殺したところで。

 恐ろしくてドデカイ蛇の顔面に、今度はパンチの連打を見舞う。


 ストレート、フック、アッパーと。

 援護射撃の弾丸と共に怒涛の勢いで叩き込めば、大ダメージの蓄積でバジリスクは命を落とした。


「よし、また一匹討伐完了! せっかく【石化眼】があるのに使わなかったのが仇になったな」


 俺は勝利宣言をして、岩の柱からずり落ちて沼へと沈むバジリスクを見る。


 これでバジリスクに関しては四体目。

指名首(ウォンテッド)』が相手と言えど、いまだ【過剰燃焼(オーバーヒート)】の出番もなしの状況だ。


 ……ただまあ、バジリスクの名誉(?)のためにも一つだけ。

 今回のように素直に突っ込んで来られない限り、『牛力調整』からの速度上昇は必須だけどな。


 厄介な【石化眼】の回避に、一枚一枚が非常に硬い蛇の鱗。

 今の戦闘だけを見ると楽な感じもするが、正直言うとそろそろキツくなってきた印象だ。


「――おっ!」


 と、連勝はしていても浮ついた気持ちは封印していたら。


 そんな俺へのご褒美かのように……【モーモーパワー】は答えてくれる。


『二十牛力』。

 脳内に【スキル】の状態を浮かび上がらせてみれば、ついに闘牛二十頭に達していたのだ!


「思った以上に早かったな。ついさっき十九牛力に上がったばかりなのに……。さすがは『指名首(ウォンテッド)』か」


 今日七層に入り、二体目のバジリスクを倒したところで十九牛力に。

 そしてまた一頭、俺に宿る闘牛の数が増えていた。


 ちなみに、すぐるの方は【火魔術】がまだ『レベル5』のままだ。

 これまで中々トドメを刺す機会がなく、削り役になっていたからな。


 加えてレベル制の【スキル】だから上がりづらいが……まあ、ちょくちょく倒してはいるからそろそろ上がる頃だと思う。


「ホーホゥ!?」

「せ、先輩!?」

「む、友葉氏よ……!?」


 なんて事を考えていたら、そのすぐるを含むパーティーメンバーから驚きの声が上がった。


 何だ? 急にどうした?

 そう思って皆の方を見て、全員の視線が俺に注がれているのに気づいて……俺自身も気づく。


「え? あれ? ……『湯気』??」


 二十牛力、推定体重十六トンに達した俺の全身――。


 銀色に輝く『プラチナ合金アーマー』の下から、もうもうと『湯気』みたいなものが沸き上がっていた。


 ◆


 はいどうも。『ミミズクの探索者』改め『湯気の探索者』です。……何つって。


 とまあ冗談はさて置いて、どうやらまたも俺の体には異変が起きたらしい。


「……ふむふむ。さらに『次のステージ』へ上がった、って感じだな」


 十牛力で『闘牛の威嚇』を、十五牛力で『牛力調整』を、そして今回の二十牛力で『謎の湯気』を。


 三度目だからか慣れたもので、全くもって取り乱す事もない。

 たとえ湯気の量が多く、俺は沸騰直前のお湯か! と思ったとしても。


「森川さん。ちょっと調べてみてもいいですか?」

「もちろんだ。【スキル】と探索者は運命共同体! 新たな変化は早急に把握しないとな」


 合同パーティーを束ねる森川さんから許可も出たので、いざ調べてみよう。


 まずは『牛力調整』で二十牛力以下に下げてみる。

 すると上がっていた湯気はピタリと収まり、また戻せば湯気が再び現れたため、すぐに『二十牛力以上の状態でのみ出る』と分かった。


 さらに細かく調べてみたところ、

 体重とパワー(筋力)、どちらか一方でも二十牛力になれば湯気は出ると判明した。


「……ほほう。【モーモーパワー】とは面白いな友葉氏よ。あとはこの湯気が戦闘にどう影響するかだな」

「ですね。んじゃズク坊、とりあえず単体でいるやつで頼む」

「ホーホゥ! 任せとけ!」


 というわけで索敵開始。

 今までは比較的敵の多い場所に突っ込んでいたが、今回のみ邪魔なモンスターは省きたいからな。


 そうして岩の柱の上をピョンピョン跳んで進み――遭遇したのはヴァンパイア。

 何もない真っすぐな通路の天井に、二本足で逆さに張り付き(こんな芸当もできるのだ)、接近してくる俺達を静かな殺気で睨んでいる。


「さてやるか。男の一対一だ、吸えるもんなら闘牛の血を吸ってみやがれ!」


 宣戦布告し、俺は他のメンバーを後ろに残して単騎突撃。

 対するヴァンパイアも天井から真下の岩の柱に下りると、迎撃体勢を整えて俺の突撃を迎え撃つ。


 瞬間、『牛力調整』で高速移動する湯気を上げた俺と、【幻魔の赫爪あかづめ】を発動させたヴァンパイアがぶつかり――合わない。


 俺の重すぎるラリアットの一撃に分が悪いと見たのだろう。

【固有スキル】は使ったものの、バックステップで後方の岩の柱の上に飛び退こうした。


 ――が、そこからが予想外だった。

 俺にとっても、ヴァンパイアにとっても。


 シュァアア!?


 ヴァンパイアの鋭い二本の牙がある口から、意表を突かれたような声が漏れる。

 一方の俺も「うん!?」と、予想とは違う展開に思わず眉根を寄せた。


 なぜか。それは攻撃をギリギリで回避したヴァンパイアの体勢が空中で崩れたからだ。


 まるで突風にでも吹かれたような、『何かの圧力を受けて』大きくよろめきながら後ろの岩の柱に着地。

 それから俺の方に視線を巡らすと、青白い肌とは正反対の血走った目で睨んでくる。


「ん? 今何が起こったんだ? 普通に空振ったはずだけど……」


 睨まれたってこっちも分からないんだよ!


 そんな感じで逆ギレしつつも……何となく、本当に何となく当たりをつけた俺は一度、変わらず湯気を放つ自分の全身を見る。


 この湯気と一緒に溢れ出るような力強い感覚――。

 湿り気など微塵もない、『闘牛の威嚇』にも似たただ威圧的な空気感――。


「もしこの直感が合ってるなら……試してみるか」


 ◆


 俺は一人うなずき、ヴァンパイアに二度目の突撃を開始。


 ただし、いつもほどには距離を詰めない。

 体に染みついた『インファイト』の距離ではなく、『アウトボクシング』な間隔を保ってラリアットを振るう。


 となると当然、俺の一撃は見事なまでの空振り。

 逆にヴァンパイアは好機と見て、発動しっぱなしだった【幻魔の赫爪】、五十センチにも及ぶ真っ赤な爪を振るってくる。


 ――その反撃動作と、ほぼ同時。


 突然、ズドォン! と重々しい音が生まれ、ヴァンパイアの体がくの字に曲がって真後ろ方向に吹き飛んだ。


「「「「!?」」」」


 言葉はなくても、後方に待機しているパーティーメンバーのどよめきを感じる。

 きっと、いや絶対皆は『空振ったのに何で吹き飛ぶんだ!?』と思っているはずだ。


 その疑問に答えるためにも――今の一撃で確信した俺は間髪入れずに追撃に入る。


「うおおおお!」


 口から青い血を吐き、それでも耐えて体勢を整えようとするヴァンパイアのもとへ。

 新たな足場の岩の柱に着地した俺は、またもアウトボクシングな距離から、左右のパンチの連打を『空中』に見舞う。


 すると、コンマ一秒わずかに遅れて、ドドドドン! と打撃音が響く。


 同時、ヴァンパイアの顔面に幾度も衝撃が走り、新たな血飛沫が派手に宙を舞った。


 ――ニヤリ。

 今この瞬間の俺は間違いなく、兜の下で愉悦の笑みを浮かべているだろう。


 シャドーボクシングみたいに拳を突き出したのに、一つ残らず敵にヒットした理由。

 それは、俺の打撃が『飛んだ』からだ。


 正確には『拳から放たれた圧力』か。

 体から発する抑えきれないエネルギーが、攻撃となってヴァンパイアを襲ったのだ。


 纏った湯気自体は直接の関係はなさそうだが……これが出ると攻撃を飛ばせるという『合図』なのだろう。


「よし、もうちょっと詳しく調べるか」


 正体が判明したのなら、あとはどの程度飛ぶかの『射程距離』の問題だ。


 俺はグロッキー状態のヴァンパイアに容赦なく攻撃を加える。

 敵と言うより実験体として、絶命するまでタコ殴りにした結果。


 射程距離は『約二メートル』、技の威力に関しては恐らく『七、八割程度』だと推測された。


 遠距離どころか中距離にすら達していなくても……十分だな。

 ヴァンパイア相手だとそこまで重宝しないだろうが、触れるだけでも危険なモンスターが相手ならかなり役に立つ。


 ……そもそも、個人的には打撃が飛ぶとかカッコイイから、不満に思うわけもなし!


 俺は湧き上がる喜びを感じながら、少年のように拳を突き上げる。


「接近戦しかできない闘牛の弱点――ちょこっと克服だい!」

というわけで、新たな能力は『飛ぶ打撃』です(名前については次回)。

射程距離をどうするか迷ったのですが、あまり飛ばせると魔術師が霞みそうなので二メートルとしました(地味ッ!?)。

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