五十八話 指名首(ウォンテッド)
「ついに相まみえる時が来たか――『指名首』!」
沼地に立つ岩の柱の上で、俺は五十メートル離れた敵を睨む。
――『指名首』。
それは探索者の世界では常識、知らないと恥どころか生死に関わるであろう名称だ。
人間の指名手配とは違い、個人ではなく『種族全体』に適用されるもの。
また目の前のヴァンパイアだけではなく、ある一定の強さを持ったモンスター全てがそう呼ばれている。
その基準はたった一つ、『必ずスキルを持って』いるかどうか。
つまりは『スキル持ち』。
一体の例外なく強力な【固有スキル】を持っていて、持たないそれ以下のモンスターとは一線を画す存在だ。
ちなみに、この層にいるもう一つのモンスター、バジリスクも【石化眼】により『指名首』に指定されている。
「ここから先がいよいよ『本番』……。トロールも裸足で逃げ出す地獄の世界ってわけか」
「だな。だが友葉氏よ、我々の目にも地獄の炎は宿っているだろう?」
「ぐふふ、焼くか焼かれるか。この場に渦巻く運命は二つに一つという事ッスね!」
「…………、」
ヴァンパイアという敵を前にしても、平常運転な森川さんと副隊長。
どこか調子が狂う感じもあるが……まあ、そのおかげで気分は楽になっているかもな。
とにかく、初めての『指名首』が一体だけなのは都合が良い。
ヴァンパイアの未体験な力もそうだが、『奇跡☆の狙撃部隊』の力も見させてもらうとするか!
◆
「ドパン! ドパン! ドパン!」
森川さんの余計な声の効果音が、本物の発砲音に重なって響く。
一見、何の子供の遊びだよ! というツッコミが出そうだが……撃ち出されたそれはモノホンのやつだ。
ずばり『小銃』。
これまた子供の遊びのような、銃の形(薬指と小指以外の三本を伸ばした形)を作った右手の指先から、凄まじい発砲音が三発響いたのだ。
直後、無から生まれた鉄の弾丸が、目にも止まらぬ速さでヴァンパイアを襲う。
五十メートルの距離は一瞬で詰まり、岩の上に立つヴァンパイアに直撃する――と思いきや。
軽々と、そこだけ重力でもなかったかのように。
ふわりと跳躍して三発の弾丸を避けると、空中でくるっと後ろに一回転しながら華麗に着地してきた。
「――む、今のを避けるか。『拳銃』ならまだしも、この距離なら『小銃』で十分かと思ったが……」
森川さんが右手の指先(銃口)で天パなアフロ髪をイジりながら唸る。
その目には驚きの色が浮かんでいるものの、一切動揺しているようには見えない。
……まあ、相手が相手だし、そもそも森川さんもまだ本気など出していないからな。
【スキル:銃撃】
『己の掌を弾倉、指を銃身、指先を銃口として発砲できる。利き腕が銃となり、熟練度が上がるにつれて威力・射程・弾数が上がる。また使用可能な『銃の型』も増えていく』
これが森川さん、というか『奇跡☆の狙撃部隊』の四人に共通する【スキル】だ。
狙撃手なので当然と言えば当然で、俺とは正反対の中・長距離タイプのものである。
そして、気になるもう一枠の【スキル】はと言うと――。
シュァアアアア……!
吐息みたいな掠れた声を出しながら、今度はヴァンパイアの方が五十メートルの距離を詰めてくる。
その速度は怪物そのもの。
岩の柱を何度となく跳びはねながらも、長い黒髪を振り乱してものの三秒で接近してきた。
「距離を詰めれば何とかなると? ――チョコのように甘いなッ!」
叫び、森川さんは『左手』、銃の形を作ってない方の手を前に突き出す。
すると瞬時に展開された。
左手が激しく光り輝いたと思ったら、瞬きよりも速く現れた『菱形の盾』。
ちょうど上半身を全て隠せるその光輝く盾と、振り上げたヴァンパイアの真っ赤な爪が交錯する。
ギャィイイン! と耳をつんざくような甲高い音を鳴らし、森川さんは接近からの一撃を見事に防ぎ切ってみせた。
「うおお、それが【光の盾】ってやつですか――」
と、俺がのん気に感想を口にした瞬間。
一撃を受けた森川さんをはじめ、同じ前衛の副隊長と、後衛二人の狙撃手が一斉に撃ち出した。
その集中砲火にたまらず距離を取るヴァンパイア。
『指名首』と言えども一対多では分が悪く、回避と爪での迎撃で弾丸の雨をしのぎ、十数メートルほど離れた岩の柱に着地した。
そうして一度、距離が離れたところで。
俺は隣にいる森川さんと副隊長、残る後衛二人の姿をそれぞれ見比べる。
隊長である森川さんは【銃撃】と【光の盾】。
前衛を務めるだけあって、攻防のバランスに秀でた【スキル】構成だ。
特に【光の盾】に関しては、防御性能だけでなく、その眩しさから『目くらまし』の効果もあって非常に優秀だ。
副隊長は【銃撃】と【銃剣】。
右手はシンプルに銃で左手は銃剣と、左のみ肘から先が『銃と剣を兼務』している。
後衛の一人は【銃撃】と【先読み】。
相手の動きを読める事で、後方からでも四人の中で最も高い命中率を誇るらしい。
もう一人の後衛は単純に【銃撃】と【銃撃】。
同じ【スキル】を揃えたという、まさかの『銃の二刀流』でひたすら撃ちまくるスタイルだ。
「同じ狙撃手でも……個性があるもんだな」
「ホーホゥ。これは面白いな」
「一口に魔術師や狙撃手と言っても、組み合わせ次第で色々いますからね」
俺達は感心しながら感想を言い合う。
もちろん、視界の隅にはヴァンパイアの姿を捉えながら。
「友葉氏よ。披露したついでに、ここは我々に任せてもらってもいいか?」
「あ、はい。どうぞどうぞ」
森川さんの提案を受けて、俺は少し前衛の位置から下がる。
と同時、森川さんと副隊長が、盾や銃剣を構えたままヴァンパイアに突撃を開始。
後方からも二人の援護射撃が始まり、『奇跡☆の狙撃部隊』とヴァンパイアの戦闘の幕が上がった。
せきを切ったかのように乱れ響く乾いた銃撃音。
――開始早々、押しているのは予想通り『奇跡☆の狙撃部隊』だ。
いくら『指名首』に指定されたモンスターでも、四人を同時に相手にするのはキツイ。
そもそも彼らから聞いた話では、森川さんと副隊長(あと俺もらしい)は一対一でも勝てるからな。
だから勝負はあっさりとつく――そんな予想は裏切られた。
シュァアアアッ!
再びあの掠れた吐息のような声が響いた瞬間。
ヴァンパイアの青白い手の先、真っ赤に染まった爪がギュン! と伸びる。
そうして体ごと一回転して振るわれる獰猛な爪。
赤い残月のような軌跡を描いたそれは、激しい弾幕を一振りのもとに迎撃してしまう。
「出た! 【幻魔の赫爪】!」
興奮気味に叫ぶ俺。
敵ながら天晴れな空中での迎撃を見て、ついついテンションが上がってしまった。
そこから先も……まあ粘るわ粘るわ。
人型だけあって的が小さく、また頭がキレるのか、的確な動きで銃弾の雨を【スキル】で消し去っていく。
そんな超絶的な動きを見せつけられると……。
もし俺が戦ったら? 『牛力調整』を使った高速移動じゃないと絶対に当たる気がしないな。
「ならこれはどうだ! ――『散弾銃』!」
しかし、森川さんのその叫びにより、ヴァンパイアの華麗な奮闘もそこまで。
赤き爪とその軌跡をすり抜けた無数の小さな銃弾。
眉間を中心に蜂の巣のごとく撃ち抜かれて、青い血を撒き散らしながら沼へと落ちゆくヴァンパイア。
その光景を見て――やはりと言うか何と言うか、森川さんが余計な一言を口走る。
「フッ、死線に踊った吸血鬼よ! 我が弾丸で安らかに眠るがいい!」




