六話 実験は食問題
「ふうー、ビビったビビった。これもセーフみたいだな」
二度目の探索を終えた翌日。
俺は昨日と同じく午前中から夕方まで研究室に行き、卒論の研究……はせずに仲間と談笑。
それからズク坊の待つアパートに帰ると、迷宮には入らずに家で過ごしていた。
親の仕送りだけで生活するお気楽貧乏大学生で、懐具合が温かくなったから迷宮もサボった――わけではない。
卒論の研究とは違う、むしろこっちの方が重要だと思われる『実験』を行っていたのだ。
「ホーホゥ。『イチゴミルク』も大丈夫なのか」
「……だな。牛乳以外も入ってるから厳しいかと思ったぞ」
その実験内容とは、ずばり『食問題』について。
【モーモーパワー】のデメリット、牛肉以外の肉と牛の乳以外の飲み物を摂取すると、極度の不調を引き起こすという恐ろしいアレだ。
で、お聞きの通り、帰ってきてからは飲みもの関係を調べている。
肉については明確で分かりやすいので、曖昧な飲みものについての『人体実験』だ。
個人的にセーフだと思われる飲みものを揃えて、ズク坊が見守る中、おっかなびっくり飲んでみた結果。
牛乳以外にも飲むヨーグルトから始まり、コーヒー牛乳、イチゴミルク、牛乳を混ぜた手作りバナナシェイクも問題ないと判明した。
「さすがにあれから毎回、ずっと牛乳はキツかったからな。これは嬉しい結果が出たぞ」
「ホーホゥ。これならバタローも大丈夫そうか? 飲むヨーグルトだけでも色々な味があるみたいだし」
「おう。お茶も水も炭酸も、もう二度と飲めないのは泣けるけど……かなり気分が楽になったぞ」
俺としては珍しく弱音を吐かずに我慢していたが、実際本気でキツかったからな。
食べものに関しては、別に炭水化物も取れるので心配したほど辛くない。
……だが、やはり問題は飲みものだった。
まだ冬場だからマシだったものの、夏場だったら高確率で気が狂っていたかもしれない。
「迷宮パートは至って順調なんだけどな。二層でも現時点でオーバーキルっぽいしさ」
「牛三頭分の『三牛力』、か。ホーホゥ。この調子だとすぐ四牛力に上がりそうだし、ますます迷宮の方は余裕が出そうだな」
「うん。俺もそう思う」
ベッドに横になりながら、イチゴミルクを飲んでゴロゴロする俺。
一方のズク坊は気に入ったのか、目を細めて味わうように手作りバナナシェイクの残りを飲んでいる。
……たしかに大変な面はあった。
それでも今思えば、俺もズク坊も迷宮、正確に言うと【スキル】には恵まれたのかもな。
【モーモーパワー】に【人語スキル】。
どちらもレアで、狙って手に入れられるものではないだろう。
「そういやズク坊。今更だけど飛べるとはいえ、よく非戦闘系の【人語スキル】だけで迷宮内を生き抜いたな」
「ホーホゥ? 別に【人語スキル】だけじゃないぞ。もう一つあるぞ」
「――え?」
「ホーホゥ。だからもう一つ俺は【スキル】を持ってるんだって」
「そ、そうだったのか!?」
何の気なしに聞いてみたら、予想外な答えが返ってきたので俺はベッドから跳び起きた。
もう一つ【スキル】を持っているですと?
たしかに生物なら、【スキル】を『腕(翼)の数』だけ持てるのは常識だが……。
「一体何の【スキル】を? まさかそっちが戦闘系とか?」
「いや違う。ホーホゥ。これまたレアではあるけど戦闘系ではないぞ」
「んじゃ……その正体はいかに!?」
「やれやれ。そんなに知りたいなら披露してやるぞホーホゥ!」
きっちり皿のバナナシェイクを飲み切ってから、ズク坊はファサァ! と飛び上がる。
すると、すぐに変化が起きた。
「あれ? ……ああいた、何だそこか。…………あれ??」
ズク坊がワンルームの部屋の中で飛び回り、視界から外れた瞬間に『気配』がブツッと消える。
それこそ忽然と消え去ったかのように。
一ミリの気配もなくなったと思ったら――全然違う方向から俺の視界に入り、
再び認識したと思ったら――視界から外れた瞬間、また三百六十度全ての方向に気配を感じなくなった。
「ホーホゥ。どうだバタロー、スゴイだろ。これが俺のもう一つの【スキル】の【気配遮断】だ!」
そう聞こえたと同時。
俺の右肩には重みが、右頬にはファバサッ、と翼が当たる心地いい感覚が。
すぐに右を向いてみれば、ズク坊の雪のような白い体が視界に入った。
「おおっ、こりゃ驚いた。【気配遮断】……本当に消え去ったと思ったぞ!」
「だろう? ホーホゥ。これがあれば視界から外れれば逃げられるって寸法だ」
「なるほどたしかに。だからズク坊と出会った時、すぐ後ろにいたのに声をかけられるまで気づかなかったのか」
「ホーホゥ。そういう事だ。まあ『横浜の迷宮』は一層以外、ほとんどパワー系だからな。まず殺られない自信があるぞ」
翼を口元に当てて、人間みたいにあくびをしてズク坊は体を伸ばす。
……あ、実験に集中していたらもう夜の七時だ。そろそろメシの時間にするか。
俺はレトルトのカレーを二つ温めて、冷凍保存していたご飯を解凍していく。
今日は簡単にカレーにしよう。昨日は調子に乗ってステーキを食ったからな。
また一つ相棒の隠された力を知った俺は、今度は【スキル】から台所に集中するのだった。
◆
……その日の夜、俺に大ピンチが訪れた。
「ぬわおおおお~……!?」
晩御飯を食べて、ズク坊と一緒に風呂に入り、二時間くらいテレビを見てからベッドに入って眠りについた後。
まだギリギリ日付が変わらない時間に、ノドが乾いてフラリと起きた俺は……。
寝ぼけていたのか、蛇口を捻ってコップに水を注いでしまった。
そして、二十二年の人生で行ってきた流れ作業で。
当然のように水を口に運んで――当然のように異変を起こしてしまう。
牛の乳以外の飲みものをゴクリと飲んですぐ。
『五秒』と経たずに視界が歪み、頭はガンガンと鳴りだして強烈な寒気に襲われた。
パジャマ姿で七転八倒。
その物音で起きたズク坊が、「どうしたバタロー!?」と心配の声をかけてくるも、その声は壁一枚を挟んだように聞こえるほど。
何とか自力でベッドに入り、手を伸ばせる距離にある引き出しから、体温計を取り出して脇に挟んでみたところ、
まさかの『三十九度六分』。
一口水を飲んだだけで。あり得ないくらいの短時間で。
笑えないくらいの高熱が、牛の力を宿すこの身に出てしまったのだった。
図らずもやってしまった、やるつもりのなかった残された最後の実験――。
猛烈に心配するズク坊に、「大丈夫、何とかなる」と伝え、人間のような体勢で再び眠ろうとする相棒に布団をかけてやる。
そして、俺も弱々しく布団を頭まで被り、
頭痛、目まい、寒気、さらには遅れてやってきた節節の痛みに震えながら一言。
「これが極度の不調……。恐るべし【モーモーパワー】よ……!」