五十五話 ラウンジトーク
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「(……ごくり、)」
俺は今、猛烈に緊張している。
作戦二日目を終えて、風呂も夕食も済ませてあとはゆっくりできる時間な頃。
初めてモンスターと遭遇した時よりも高校受験の時よりも、遥かに違う次元でド緊張していた。
その理由と言うのが、何を隠そう目の前の――、
「時間を割いてもらってありがとう。迷惑じゃなかったかしら?」
ここは『迷宮決壊』解決作戦に参加する者達が泊まっているホテルのラウンジ。
そこにあるカフェのソファに座り、ちびちびとミルクティーを飲む俺の前には、ある人が座っている。
女神――じゃなくて吉村緑子。
長く艶やかな黒髪を後ろで束ね、整った顔は誰もが認める正統派美人。
視線を落とせば、モデルかと見紛うほどにスレンダーな体型があり、色気と言うより気品的なものを感じさせる。
そして何より、彼女は女性だけのパーティー、『北欧の戦乙女』のリーダーを務める凄腕探索者だ。
あとは『横浜の迷宮』担当ギルドでお世話になった、受付嬢の日菜子さんのお姉さんでもある。
姉妹よく似て美人も美人。俺など近寄りがたいくらいにキレイだというのに……。
「あ、いえ、全然! それはモーモーとてもヒマですから!」
初対面の時、『また時間があったらお話しましょう』とは言ってもらえたが、まさか本当にお話できるとは。
しかも緑子さんからのお誘い。
……たとえこれがハニートラップだとしても、漢友葉太郎はそれでも馳せ参じただろう!
「ホーホゥ? なんか肩が熱いぞバタロー?」
と、右肩にいたズク坊が小首を傾げて聞いてきた。
……このバカチンが! そういう事を口にするんじゃないよ!
すんごい美女を前にすんごい童貞(?)が緊張して体が熱くなる……我ながらクソ恥ずかしいわ!
「お、おほん! そ、それで緑子さん。何で俺なんかと……?」
「特に理由はないわ。……フフ、ただ太郎君とお話をしたかっただけよ」
「な、なるほど」
「日菜子からは色々と聞いていたわ。久々のスーパールーキー現れる! っていう感じでね」
「な、なるほど」
……い、いかん。あまりに女耐性がなさすぎて、開始二十秒で同じ返事を連呼してもうた。
対面の席から漂う良い香りも嗅いだ事がないし――って、さっきからキモイぞ俺!
「それで太郎君、作戦も二日経ったけど、調子はどうかしら?」
「あ、はい。ここへ来る前の特訓の成果が出ていますし、白根さんとクッキーもいるので順調に狩れています!」
「フフ、それは良かったわ。実力があっても太郎君達は少数だから、ちょっと心配していたのよ」
その何気ない一言に、俺の頭の中が瞬間的に沸騰する。
こんな美女に! しかも出会って間もないのに! 心配してもらっていたとは!
……父さん母さん、俺はもう死んでいいかもしれません。
と、そんな感じで一々反応する俺と、クールビューティーな緑子さんとの会話は進む。
これまでの探索の話や、現在の『岐阜の迷宮』の状況(どのモンスターとはどう戦えばいいかとか)、あとは【スキル】構成などなど。
「へえ~。『北欧の戦乙女』さんは北陸の迷宮全てに潜ったご経験が……さすがです!」
「フフ、ありがとう。けれど私達の事よりも、もっと太郎君達の事も聞きたいわ」
まさかの緑子さんの方が興味津津で、俺もついつい気分良く、デレデレしながら喋っていた。
……え? 一流なキャバ嬢と金づるのオッサンみたいだって?
別にいいじゃないかね(怒)! 年齢イコール彼女いない歴な男をナメるなよ(泣)!
「ホーホゥ? ちょいバタロー……何をわなわな震えてるんだ乗りづらいぞ!」
というズク坊のクレームはスル―して、俺は変わらずデレデレと話し続ける。
ちなみに、女性の中では最強の探索者、『影姫の探索者』の異名を持つ緑子さんの【スキル】について。
名称だけで詳細な事までは聞かなかったが、
ズク坊と同じ【気配遮断】と、初めて聞いた【影舞闘】。
「ジョブで言うなら『暗殺者』かしら?」と、緑子さんはとても暗殺者になど見えない、ただの女神な笑みでそう言っていた。
その後は右肩のズク坊を交えて、普通の世間話に花を咲かせる。
緑子さんの興味が俺からズク坊に向かい、ちょっと寂しく感じてしまうも……。
逆に冷静になり、何とか最後の方はリラックスして喋れたと思う。……鼻息は荒いけど。
「じゃあ、私はそろそろ戻ろうかしら。太郎君とズク坊ちゃんも、ゆっくり休んで明日に備えてね」
そうして話は終わり、ソファから立ち上がった緑子さんは、小さく手を振って微笑んでからラウンジを出ていく。
そんな不意打ち気味なウルトラ女神な顔を見せつけられて。
放心状態となった俺の心が戻ってきたのは……ズク坊の翼でファバサァ! と引っ叩かれてからだった。
◆
「ずいぶん楽しそうに喋ってたねん? み、ど、り、こー」
「あら葵。ずっと見ていたの?」
太郎とのお茶の時間を終えて、ラウンジのカフェから出た緑子の背中に声がかけられた。
その声の主に振り返らずに返事をして、緑子はやれやれ……といった表情を整った顔に浮かべる。
「ふふー、そりゃ当然でしょ。緑子の方から男と喋るなんて珍しいからねん」
彼女、『北欧の戦乙女』の副リーダーである渡辺葵が楽しそうに言う。
たしかに事実として、緑子はその美貌から男に話しかけられる事は多い。
だが、興味がないのか生粋の箱入り娘なのか、滅多に自分からは話しかけない。
――それが進んで動いた。
あまり遅くなっては悪いからと、パパッと風呂も食事も済ませてすぐに。
リーダーであり親友でもある緑子のその行動が、葵の好奇心に触れたのである。
「そんなに気になるの? もしかしたら日菜子ちゃんと姉妹での争奪戦かっ!?」
「バカな事を言わないの。高い実力に見合うきちんとした人柄を持っているかどうか、そういうところを見ていたのよ」
「で、その結果はいかに?」
「……全く問題なしよ。よくある不遜な態度やカン違いは微塵もないわ。まあ、初めて会った時から薄々分かっていたけどね」
さらに緑子は、「ちょっとどこか抜けていそうだけれどね」と、付け加えて嬉しそうに笑う。
「……ふーん。なるほどねん」
そんな緑子を見て、副リーダーとして普段から彼女を支えている葵も笑う。
緑子が太郎を見る目は、どう見ても恋愛感情ではない。
かといって『先輩として有望な後輩をチェックする』というわけでもない。
葵は思う。
緑子の目は、言うなれば世話好きの姉が可愛い弟を見るような目だと。
と同時に、すでに自身の耳にも入っている情報から葵も興味を持ち始める。
……ただし、緑子とは違って人柄ではなく、純粋に探索者としての『力』の方に。
パワー、タフネス、重量。三つ揃えば体そのものがまさに凶器!
意外に脳筋な彼女は、それを想像してさっき以上に口元を緩ませる。
そして、緑子がエレベーターの方に向かったのを見てから。
「荒ぶる闘牛の友葉太郎――か。いいねえ、もっと強くなるんだよん。そしたらアタシと手合わせしよう!」
この後の投稿ペースについては未定です。
次の話は二、三日後と思われます。