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五十三話 薔薇の怪物

「むっ、これは! ヤツが来るぞホーホゥ!」


 階段がある広場から通路に出て百メートルほど。

 一層よりも少しだけ緑の霧が薄くなり、逆に沼の深さは足首が埋まるまでになった二層で、ズク坊の声が響き渡る。


 現在、二層は二~五層のモンスターが出現する状況だ。

 黒毛青眼のダークレオ、魂を喰らうデスクロコダイル、首なし騎士のデュラハン。


 ――そして、この層の最強格たる本来五層の住人が……。


「出たな。場違いに咲き乱れやがって――『ローズタンク』!」


 霧の中からぬわっ、と現れたのは、簡潔に言うなら『生きた薔薇』。


 大きな一つの薔薇の蕾を体として、その表面には無数の小さな薔薇が咲く。

 その隙間からは鋭い棘が生えた五本の蔓が伸び、触手のようにクネクネと宙を踊っていた。


 初めての『植物系モンスター』である。

 見上げるほどに高く、体長は五メートルくらいか。一番太い胴周りもそれくらいはありそうだ。


 でっぷりしていて、縦も横もかなり大きく重そうだが……肉の塊よりは軽い植物だから、これならまだ俺の方が『階級』は上だな。


 ついさっき確認したら、【モーモーパワー】が『十六牛力』に上がっていた。

 なのでこちらは、さらに八百キロ増えての十二・八トンだ。


「……ザ・中ボスのお出ましか。太郎、すぐる、二人でやってみな」


 と、俺の右隣で前衛を担当する白根さんが敵を見上げながら言う。


 俺とすぐるはその提案を受けてうなずき、それを確認した白根さんは後方に下がる。


 ふむ、白根さんは戦闘経験があるから譲ってくれたのだろう。

 ……ただ白根さん、一言だけ言わせてほしい。


 たしかにゲームの世界なら中ボスっぽいが、実際に見たら普通にラスボスっぽいですよ?


「ま、とにかくやるかすぐる!」

「はい先輩! 援護はお任せを!」


 腰を落として『牛力調整』のために呼吸を整える俺。


 そうして背中に、「摘んじゃえホーホゥ!」「散らせてやれっチュ!」という元気な声援を受けながら。


 沼ごと地面を震動させる一歩を合図に、闘牛&火ダルマvs巨大植物の戦いが始まった。


 ◆


 ズドッシィイン! と空気が震える。

 開口一番の『高速闘牛ラリアット』を真ん中下(人なら下腹部あたり?)に叩き込み、見事先制攻撃を成功させた。


 ところがどっこい、


「ううむ……。音は立派だけど手応えがイマイチだな」


 一度距離を取りつつ、俺は正直な感想を口にする。


 肉や硬い物質を叩く時とは明らかに違う。

 蕾自体か、あるいは無数の花がクッションにでもなっているのか、右腕に返ってきたのはいつもの『半分程度』だった。


 その手応えの低さはやはり正解だったようで、ローズタンクはピンピンしている。

 しかもよく見れば、あれだけクソ重い俺の一撃を受けておいて、立ち位置すら全くズレていない。


「ぬ、ちょっと自信を砕かれる――」

「『火炎爆撃(フレアボム)』ッ!」


 俺が出鼻を挫かれていると、後方からすぐるの魔術が飛んできた。


 頭上を越えて紅蓮色の火球、『岐阜の迷宮』に来てまた一段と強力になった二メートル大のそれが、勢いよくローズタンクに直撃する。


 ボゴォオン! と、今度は魔術による轟音が響く。

 周囲の霧を爆風で吹き飛ばし、ローズタンクの巨体からは黒煙がもうもうと立ち昇った。


「どうだ! お前にとって僕は『天敵』なんだぞ!」


『火ダルマモード』で燃え盛るすぐるは自信満々に叫ぶ。

 それもそのはず、植物系が炎に弱いというのは、別に探索者の世界じゃなくても常識だからな。


 ……ところがっどこい、パート2。

 黒煙が晴れて俺達の目に映ったのは、真っ黒コゲにならず真っ赤な薔薇を咲かせたままの姿だった。


「そんなッ!?」

「うおお!?」

「ホーホゥ!?」


 すぐる、俺、ズク坊が声を揃えて驚きの声を上げる。


 たしかに弱点のはずなのに、まさかアレを耐えるとは……!

 俺のラリアットよりはダメージが入っていそうだが、それでも薔薇が数本、本体から離れて落ちているだけだ。


「太郎、すぐる。特筆すべきはあのバカみたいな耐久力だ。生半可な一発じゃ崩せねェぞ」


 後ろから白根さんが言葉をかけてくる。

 チラッと視線を送って見てみると、腕を組んだまま微動だにしていない。


 ……二ヶ月以上も一緒にいるから分かる。

 これは信頼。俺達だけで絶対に倒せると、完全に傍観と決め込む時のものだ。


「はい。こりゃ中々骨が折れそうですね」


 だからこそ俺も自信が持てる。……ただもちろん油断は禁物だけどな。


 よくよく考えたら、コイツは俺達が戦ってきたモンスターの中で最強の相手だ。

『上野の迷宮』六層のやつとデュラハンは同程度だから、このローズタンクが一番の強敵である。


 得られる素材の価格(このクラスだと一体百万超え)から考えても、そう簡単に勝てると思うのは甘い考えだろう。


 ――と、ここで白根さんの頭の上にいたクッキーから、


「太郎、オイラが教えてあげるっチュ。コイツは表面に咲き誇る薔薇が『鎧』の役割をしているんチュけど……」

「ふむふむ?」

「植物だけあって、栄養ならぬ魔力を『攻撃を受ける場所』に集める特徴があるっチュ。例えるなら、より良い実をつけるために他を間引くみたいな感じっチュな」

「なるほど。つまり……」

「そうっチュ。攻略の鍵は『複数攻撃』。そうすればさっきの一点集中な防御はできないっチュよ。……まあ、太郎なら【過剰燃焼(オーバーヒート)】を使って強行突破できなくもないっチュけど」


 というクッキーのありがたい助言を受けて。


 俺はコクリとうなずき、後ろのすぐるに目線で合図をする。


 そして出撃。

 ヒュンヒュン! と襲い来る棘の蔓を高速移動で避けながら、『高速猛牛タックル』を巨体に叩き込む。


 と同時。すぐるの魔術も着弾して、ここで初めてローズタンクの巨体がグラついた。


 うむ、クッキーの助言通りだな。

 タイミングを合わせて別の場所に攻撃したら、さっきの単独攻撃よりも手応えがある。


 まあでも、元々の耐久力が凄まじいから……まだ足りなそうだ。


『ブルルゥウウウ――ッ!』


『闘牛の威嚇』で気合いを入れて、俺は動きを止めずに『高速猛牛タックル』を連発する。


 すなわち、『狂牛ラッシュ』だ。

 急速な『牛力調整』を体に染み込ませた事で得た、奥義とも呼ぶべき一人袋叩き技である。


 グ、キュォオオオ……!


 俺が蔓の迎撃を無視して(それなりに強烈だが)攻め込んでいると、ローズタンクから悲鳴のような音が。

 口も目も鼻もないので気味が悪いが、とりあえず効いているらしい。


 すぐるの火魔術も、『レベル5』で得た連射能力によって次々と爆音と爆煙を上げている。

 落ちる薔薇の数も増えて、落ちていない薔薇の方も黒コゲになっている部分もあった。


 ――イケる。

 そう思ってより全身に力を込めた瞬間、俺の背筋に薄ら寒い感覚が走った。


「!?」


 原因は俺の目に映った棘の蔓だ。

 今までは一本一本で攻撃していたそれが、表面の薔薇を剥がされて本体の蕾にタックルをもらった途端。


 宙で蠢く五本の棘の蔓を、絡め合うように『一本に集束させて』――突き出してきた。


 まるで槍。どうやらこれがローズタンクの必殺の一撃らしい。


「ッ!」


 だからといって俺は止まらない。止められない。

 もう何発目かもよくわからない『狂牛ラッシュ』で、蔓の槍と真正面から衝突する。


 その結果は、激震を携えた止まらぬ突進と、解けた蔓となって現れた。


 耐久力に関しては敵の方が上。だが攻撃力に関しては俺に軍配が上がった。

 蔓の槍を右腕で弾き、薔薇のない露出した蕾部分に、闘牛十六頭を宿す俺の右肩が直撃する。


 ――――…………、


 そして訪れた霧の中の静寂。

 俺とローズタンクが睨みあうように対峙していると、


 そびえ立つように存在していた目の前の薔薇の体が。

 ピクリとも動かなくなり、表面の薔薇も本体の蕾も、徐々に萎んで半分程度にまで小さくなっていく。


「……、ふう」


 これで二層の最強格、薔薇の怪物との戦闘は終了だ。


 力的にも相性的にも特に問題なし。

 複数体に囲まれでもしない限り、奥の手の【過剰燃焼(オーバーヒート)】に頼る必要もなさそうだな。


 ……ただし、勝利の代償はしっかり払わされたようで……。


 蔓の槍を弾いた右腕部分。

 俺の自慢の『ミスリル合金の鎧』に、もう少しで穴があきそうなほどの、大きなへこみが存在していた。


『スキル持ち』デュラハンの【黒影斬(こくえいざん)】でも、少々深い傷がつく程度で耐えたのに……。


「ま、マジか。これ『スキル持ち』の薔薇が現れたら……ヤバくない?」

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