五十二話 進化した【絶対嗅覚】
「さて、んじゃ午後もきばっていきますか」
『迷宮決壊』解決のための作戦二日目。
俺達は一度、迷宮を出て昼休憩を挟んだ後、再び迷宮に潜って奥へと進んでいた。
今は午後一時ちょうど。
二日目の午前中一杯は、残った一層のモンスターの殲滅にあたり、無事に制圧できたからな。
ヴェノムグールもダークレオも、デスクロコダイルもデュラハンも。
すでに叩き潰され炎に焼かれ、電撃と猛毒に犯されて暴風により一掃されてしまっている。
まだ残っていたとしても、隅っこの方に数体程度だろう。
ギルド総長は『九割も殲滅できれば十分』と言っていたので……むしろやりすぎたくらいだ。
というわけで、まずは第一段階終了。
俺達はリーダーの白根さんを先頭に沼と霧の世界を歩き、次の担当の二層を目指す。
「そういやあのうるさいヤツらはどした? もう二層に行ったのか?」
「ホーホゥ。俺達よりも少し早く入っていったぞ。ちょうどバタローがトイレに行っていた時だな」
同じく一層を担当した、四名構成のパーティー『奇跡☆の狙撃部隊』。
そのふざけた名前……じゃなくて個性的なパーティー名の通り、彼らは全員が変人……じゃなくて狙撃手である。
直接、戦闘は見ていないが、実力の方は疑いようがない。
狙撃手という中・長距離の戦いを得意とする彼らが、あの津波みたいなモンスター軍団を無事に乗り切ったのだから。
もう一つの『血盟の牙』の方も、地味だが中々強いらしいからな。
今回の作戦に呼ばれた者は皆、強者。改めて実感させられた。
「――よし、下りるか。ここからは少し霧が薄くなるらしいが……すぐる、お前はそのまま切らねェで光源を頼む」
「了解です、白根さん」
午前中に発見した二層に続く階段を見下ろして、白根さんは『火ダルマモード』のすぐるに指示を出す。
そして、頭の上のクッキーと、横にいる俺とズク坊に目線で合図をしてから。
唯一、沼に浸食されていない階段部分を、白根さんは力強く踏んで先頭で下りていく。
……さあ、第二段階といきますか。
俺達パーティーはスタスタ、ゴゥゴゥ、ズシンズシン! と、それぞれの音を出しながら二層に入った。
◆
「右手二十メートルにモンスター三体! 全部デュラハンだけど、真ん中の一体だけ『スキル持ち』だホーホゥ!」
気配を消して索敵中のズク坊から正確な情報が与えられる。
階段を下りていきなり現れた広場にて、俺達は敵と遭遇する事となった。
「なぬっ!? 先行組の情報じゃカオス状態は一層だけじゃなかったのか?」
「大丈夫だバタロー。ホーホゥ。たまたま運悪くいきなり出会っただけだぞ」
俺の驚きに対して、広範囲を索敵できるズク坊から、モンスター密度が『一層と比べたら低い』と追加情報がもたらされる。
それに一安心しつつ、俺は即座に構えたが……霧の中から敵がお出ましする前に一つだけ。
……お気づきだろうか?
いつもと同じくズク坊が索敵結果を伝えたようで、実はいつもとは『少し違う』と。
【絶対嗅覚】とは、習得者がいる階層のモンスターに対して、『位置』・『数』・『種族』を正確に嗅ぎ分ける事ができる。
ところが今さっきのズク坊はというと、
その三つの情報のどれにも当てはまらない、モンスターの【スキル】を見抜いたのだ。
つまり、四つ目の情報となる『能力』を嗅ぎ取った。
以前、『横浜の迷宮』の三層ボスのオーガと初対戦した時は、『スキル持ち』だったのを見抜けなかったからな。
「ホーホゥ。【スキル】は一個だけ、【黒影斬】ってやつだ!」
これぞズク坊の【絶対嗅覚】の『さらに上』。
進化した驚異の鼻によって、モンスターを丸裸にしてみせたのだ。
「俺が十五牛力でパワーと体重の『牛力調整』が可能となったように、ズク坊もさらに上へ――って! 今はそれどころじゃないか!」
オホン、の代わりに『ブルルゥウ!』と『闘牛の威嚇』を一発。
デュラハン相手には効かないと知っているので、ただ気持ちを切り替えるために鳴り響かせた。
そして現れたデュラハン三体一組。
人型かつトロール以上の強力なモンスターなので、絶妙な位置関係で接近してくる。
相変わらずの威圧感を放つ、漆黒の鎧&両刃の剣の首なし騎士。
並の探索者ならその風貌だけで殺せそうなそいつらを見て、前衛である俺も白根さんもニヤリと笑う。
「まあでも……いまさらですよね?」
「あァ、だな。今のところの最強格つっても、昨日今日と散々狩っているからな」
「真ん中の『スキル持ち』は俺がやっても?」
「おう任せた。脇のやつらは俺が片づけとくから気にしねェでやりな」
軽く言葉を交わした後、俺と白根さんは一気に動く。
まず白根さんが神速の踏み込みで左のデュラハンに襲いかかり、少し遅れて俺が『牛力調整』での高速移動で真ん中の『スキル持ち』へ。
「騎士と重戦士、二十八回目の対戦だ!」
俺は【黒影斬】なる未知の【スキル】を警戒しつつも真正面から突っ込む。
速度を得て、体重を戻し、もはや暴威の権化となった切り札、『高速猛牛タックル』で粉々に叩き潰す算段だ。
強力で剣技に冴えるデュラハンといえど、普通の個体ならこれで終わり。
だがそこは『スキル持ち』――そう簡単にはいかなかった。
激突寸前、突如として生まれたのは両刃の剣に纏う黒い何か。
揺れ動く蛇のごとく剣に纏わりつくと、瞬時に長剣を『黒き大剣』に変えてしまう。
ズドァアン! と迷宮内に轟音が響く。
その衝撃で周囲の霧が吹き飛び、沼地にぽっかりと俺と『スキル持ち』だけが浮かび上がる。
「……おおぅ、中々やるじゃないの」
今の一合の結果は、わずかに俺の勝ち。
傷は負わせられなかったものの、威力に勝って大きく後退させていた。
……ただ、切り札を使ってこの程度とは驚きだ。
【黒影斬】。
見たところ高濃度の魔力でできた黒い影(?)で剣を強化し、大剣として威力を高めるものらしい。
ボスでもない通常モンスターのくせに……やはり『スキル持ち』は強敵だな。
まあ、だからこそ目の前のコイツを倒せば、デュラハンは完全にご卒業ってわけだ!
「やっちまえ太郎。【黒影斬】だか黒砂糖だか知らねェが、ここで詰まるような探索者じゃねェだろ?」
と、すでに他二体のデュラハンを仕留めて、後方にいる白根さんが言う。
俺は兜の下でニヤリと笑い、「もちろんです!」と再びデュラハンに向き合う。
ヤツの即席の大剣、すでに黒い影が剥がれて長剣に戻っていた。
ヒビこそ入っていないが、これまでの二十七回の戦闘経験から、この状態なら一発で破壊できる。
「強力な【スキル】でも余裕はなし。地力の差だなデュラハン!」
叫び、『牛力調整』をしてスピードに乗り、二度目の『高速猛牛タックル』を敢行。
かたやデュラハンも【黒影斬】を発動し、担ぎ下ろすように黒き大剣を振るってくる。
打の重撃vs斬の重撃。
再び激突による衝撃と轟音が発生するも――今度はそこで終わりではない。
「(ッおおおお!)」
瞬時の『牛力調整』で身軽となり、バックステップで距離を取って、また距離を詰めて体重を戻してブチ当たる。
全体重が乗る切り札の『高速猛牛タックル』――その派生形、『狂牛ラッシュ』。
立て続けの連続タックルを見舞い、二度目でわずかに残った黒い影と剣を、三度目で鎧を木端微塵に破壊した。
震え唸り続ける地面や空気とは逆に、悲鳴もなくただ静かに絶命していくデュラハン。
鎧の中に渦巻く核となる黒色の気の塊が、四方八方にゆっくり霧散していく。
その光景を見届けた俺は、勝利宣言の代わりにアレを発動する。
『ブルルルゥウウッ!』
そろそろストックが力尽きそう……だと?
あと二話くらいで毎日更新が終わりそうです。