四十九話 作戦開始
「さァて、暴れるとするかねェ」
ギルド総長の説明が終わり、『迷宮決壊』解決のため、いざ作戦開始。
俺達は白根さんをリーダーに、準備万端で『岐阜の迷宮』前に来ていた。
ここの迷宮入口は、山肌にぽっかりと開いた防空壕みたいな感じだ。
入口の造りとしては特に変わっていないが……異変が起きているからか、そもそも超高難度の迷宮だからか。
目の前に立っただけで胃袋を掴まれるような圧力があり、迷宮内でモンスターと対峙したかと思うほどの錯覚すら覚えた。
「俺達のホーム(上野)も難易度が高い方だけどこれは……」
「ホーホゥ。入口の雰囲気から予想を上回ってきたな……」
「強くなったつもりでいましたけど……。正直、白根さん達が一緒でよかったですよ……」
俺、ズク坊、すぐるは心の声を吐露する。
その中で、特にすぐるの発言には完全同意だな。
ここに来る前に発表された『国選探索者』の組み分けの末。
白根さんとクッキーと一緒のパーティーになれたのは本当にありがたい。
俺達『ミミズクの探索者』パーティーは三人だけなので、さすがに誰かと組んで行動するとは思っていたが、
それが最強の一角かつ知った仲でもある白根さん達だったのだから、心強いと思うと同時、ギルド総長の図らいにただ感謝である。
「そうかァ? 別に今の太郎達なら普通にやれると思うぞ」
「だっチュな。でもまあ、『迷宮決壊』手前の迷宮じゃ何が起きるか分からないっチュからね」
一方の白根さんとクッキーはベテランらしく余裕があった。
俺達だけだと雰囲気に飲まれていたかもしれないので……隣にいるだけで百人力感があるな。
――で、だ。
そんな頼もしい仲間と入り、まず担当するのが最上層である一層だ。
俺達と他少人数のパーティーが二つ、それぞれ一層で活動し、モンスターを倒し終えたら二層へ向かうという流れ。
実はこれに関しても、ギルド総長が配慮してくれて、一番危険が少ない担当になっていた。
ちなみに、一番危険な担当はと言うと、一気に五層まで潜って活動する者達。
自衛隊『DRT』のAパーティー(他B、Cと3パーティー分け)をはじめ、『遊撃の騎士団』と『黄昏の魔術団』の日本を代表する探索者パーティーが当たる事になっている。
なので最前線の彼らと比べれば、一層から始まる俺達は楽な状況にいるのだ。
最終的にも、最下層の十三層に俺達が入る予定は今のところはない。
「……とはいえ、別にイージーモードじゃないけどな。……はあ」
「ホーホゥ。まったくだ。……ふう」
俺と右肩のズク坊は、これから戦うモンスターを考えてため息をつく。
『岐阜の迷宮』はその難易度から、一層から『上野の迷宮』四層、アイスビートル級のモンスターが出てくる。
ここまでは別に構わない。
いまさらアイスビートル級に後れを取るはずもなく、何の文句も心配もなし。
ところが、『迷宮決壊』の前兆が起きている結果。
本来いないはずの下層モンスターが上がって来ているため、難易度も危険度も通常時より跳ね上がっているのだ。
ギルド総長による迷宮の現状報告によると、
俺達がまず活動する一層には、一層のモンスターを中心に、二~四層のモンスターが混在しているらしい。
強さ的には二層がトロールより少し弱く、三層でトロールと同等、四層のヤツはトロールより少し強いとの情報だ。
「特に気をつけるべきは四層のヤツか。気を引き締めて行こう」
二ヶ月の鍛練の後半では六層に入り、トロールより上位のモンスターを倒していても油断はできない。
俺は気合いを入れ直して、「じゃァ入るぞ」と言った先頭を歩く白根さんに続く。
――それでは、お国のためにモンスター討伐といきますか!
◆
『岐阜の迷宮』内部は噂に違わぬものだった。
出現モンスターの強さと迷宮内部の環境――。
その両面から見ても高難度な迷宮は、一言で表すなら『厄介』だ。
まず、足元が今までのような地面ではなく『沼地』になっている。
深さ自体は足首までで浅くても、ネチャネチャ、という嫌な足音からして、粘性があって中々歩きづらい。
俺達パーティーで影響がないのは空を飛べるズク坊だけ。
逆にサイズから最も影響を受けるクッキーは白根さんの頭の上にいる。
「でもこれ……。ホーホゥ。こっちはこっちで厄介だな」
とは天井付近を飛んで索敵をするズク坊だ。
沼地の影響を受けずに、自由自在に動けるはずのズク坊が厄介と言い切った理由――。
ずばり、迷宮内の空気である。
明るさ自体は『横浜の迷宮』みたいに、壁が淡い緑色に光って暗くはない。
のだが、濃い霧がかかって結局は視界が悪かったのだ。
足元は沼地で動きを阻害され、そこから上は霧(発光する緑光を反射して無駄に幻想的)で視界を狭めている。
「……これが日本でトップ3に入る、超高難度な迷宮の環境か」
そうボヤきながら、俺達は緑の霧と沼地の世界を進む。
俺と白根さんと頭の上のクッキーが先頭で、その後ろにズク坊とすぐるが構えるという基本隊形だ。
すると、さすがは『迷宮決壊』の危険が迫る迷宮か。
二十秒と経たない内に、階段近くで最初のモンスターと遭遇した。
――ヴヴヴゥウウ……。
うめき声のような声を上げて、そいつは一人、霧の中からぬるっと現れた。
『ヴェノムグール』。
身長は百八十センチほど。全身は腐敗した肉で覆われている――と思いきや、
『ヴェノム』だけあって、その体は腐敗+猛毒を有している。
白根さんの【万毒ノ牙】と比べたら毒性は弱くても、触れたら普通に『毒殺』まっしぐらだ。
探索者生活で初のアンデッド系モンスター。
緑の霧と沼地が相まって、普通の洞窟タイプで出るよりも二割増しくらいでキモ恐ろしい。
「コイツに関しては俺の出番はなし、か」
「まァ、ラリアットかましたら毒だらけになるからな。ここは予定通り『火』で炙るか」
「はい。僕にお任せを!」
アンデッド系には打撃や斬撃よりも火が有効。ならばすぐるの出番だろう。
本人も事前の打ち合わせで理解しているので、すでに『火ダルマモード』となっていた。
……さあ、派手にやってもらおうか。
鍛練により到達した『レベル5』の【火魔術】――お披露目の時間だ!
「いきます。――『火炎爆撃』!」
すぐるが放ったのは、おなじみの『レベル4』で覚えた魔術。
紅蓮色に燃え上がり着弾と同時に爆発する、球体状の炎と魔力の塊だ。
ただし、その数は『三発』。
一度に発現した三発の火球は、以前では考えられない連射速度で、串団子のように連なって放たれた。
これが『大きな変化』が訪れるという、【魔術系スキル】の『レベル5』に到達した恩恵――。
唯一、『新たな魔術を覚えない』という大きなデメリットがある代わりに、
それを補って余りある、『魔力の大幅上昇』と『連射能力の獲得』という、基本的なスペックが超強化されるのだ。
直後。ほぼ一発に集束した大きな爆発音と、ヴヴゥがぁあ……! というヴェノムグールの身の毛もよだつ悲鳴が響く。
腐敗し毒に塗れた肉体は燃え上がらない。
着弾と同時に肉片となり、爆炎を携えて迷宮奥に飛び散っていった。
「おおう……。こりゃオーバーキルだな」
「ったく、すぐる。もったいねェぞ。大幅に魔力が増えたとはいえ、先はまだ長ェからな。できるだけ温存しとけよ?」
「す、すいません。ちょっと気合いを入れすぎました……」
リーダー白根さんの注意に反省するすぐる。
……まあ、今のすぐるの魔力量と支給された大量の魔力回復薬があれば、そこまで心配はないけども。
何より、同じく『超成長』した俺もいるしな!
そう意気込んでいたら、索敵中のズク坊が「来るぞホーホゥ!」と叫ぶ。
前方の霧の中を凝視してみると、不気味に揺らめくモンスターの影が現れる。
その形から見るに……今度は一層モンスターのヴェノムグールではないようだ。
こちとら準備万端、やってやるか。
『ミスリル合金の鎧』の下にある、超重量の肉体に宿った闘牛も、早くやらせろ! と叫んでいるような気がした。
「んじゃ――次は俺の番といこうか!」