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五話 戦闘スタイル

「ホーホゥ。やってまえバタロー!」


 俺の後方から、ミミズク改めズク坊のハイテンションな声が飛ぶ。


 ――俺とズク坊は現在、『横浜の迷宮』の一層奥まで来ている。

 初探索から一夜明けて、久しぶりに午前中から大学の研究室に行って卒論の研究をこなした後。


 夕方になった頃に家へ帰り、留守番をしていたズク坊を連れて迷宮に入っていた。


 そうして、昨日決めた通りにこの迷宮の攻略を目指す。

 一層のパンクリザードを牛の力、【モーモーパワー】で屠り、何の障害もなく最短距離で二層へ下りる階段までたどり着いた。


「いやはや本当助かるぞ。【スキル】もだけど、ズク坊の道案内はありがたい」

「まあ迷宮生活も無駄に長かったしな。五層までのマップなら頭に入ってるぞホーホゥ!」


 もはや聞き慣れた破裂音を聞きながら。

 今日十三匹目のパンクリザードの戦闘が終わると、ズク坊が俺の右肩に下りてきた。


 戦闘中は最も安全な天井付近を飛び回り、決着と同時に俺の肩を止まり木にする。

 その際、ヘルムから少し露出する頬に、ズク坊の柔らかい翼の毛が当たってくすぐったい――って、そんな情報は置いておいて。


 実は俺は、昨日からの戦闘を経て『戦い方』を変えていた。


「やっぱりこのやり方が一番やりやすいな」

「ホーホゥ。バタローの予感が的中だな」


 俺はズク坊を肩に乗せたまま、返り血を浴びた革の全身装備(五万五千円の『新人セット』)に、『飾り』と化した片手剣を腰に提げて階段を下りていく。


 いよいよ二層だ。

 初心者向けの迷宮とはいえ、下の階層に行けばモンスターは強くなり死亡率も上がる。


 果たして俺の戦い方が通じるかどうか……いやまあ、どうせ通じるだろうけど。


「よし、がっぽり稼ぐぞ。素材の買い取り価格も上がるしな」

「ホーホゥ。でも金の事ばかり考えるなよ。戦闘経験と、討伐での身体能力上昇と【スキル】の熟練度もな」

「おう。もちろんだ」


 ズク坊の注意にうなずき、俺は三十段近い階段を下りて二層に到達。

 今回は三層を目指さず二層だけで狩りを行うので、ここからはズク坊の案内はなしだ。


 余裕があっても下りるのは『一日一層』まで。

 これは探索者の世界で最も有名な格言である。


 というわけで、俺は仄明るい洞窟の迷宮内を真っすぐ進む。

 ズク坊がいて迷う心配はないため、ズンズンと勢いよく進んでいくと――、


 通路の先に、ぽつんと佇む二層のモンスターを発見した。


 体長は一メートル半くらいか。緑色のザラついた肌に二本足で、右手には岩から削り出したと思わしき棍棒を持っている。


 こう言うと、いかにもあの『ゴブリン』っぽく聞こえるが……違う。

 たしかにいるはいるが、この世界のモンスターは基本、元からいる生物が巨大化・凶暴化したタイプが多い。


 現れたモンスターは小鬼顔ではなく、のっぺりした顔で、背中には最も特徴的な甲羅を載せていた。


『ウォリア―タートル』。

 言うなれば、コイツはリアル○ートルズといったところだ。


「出たな二層の住人め! その自慢の甲羅は俺がもらう――ズク坊ッ!」

「ホーホゥ!」


 ズク坊が右肩から音もなく飛び立ち、俺は全力疾走でウォリアータートルに突撃開始。

【モーモーパワー】を使って牛の力を宿し、低い姿勢で猪突猛進(牛だけど)に突っ込んでいく。


 標的との距離はもう三メートル。しかし、剣は抜かない握らない。


 俺は革のガントレットを纏った拳を握り、超重量級の突進の勢いのまま拳を突き出して――、


 ドオン!

 鈍い衝撃音が鳴った時。俺の拳、渾身の『右ストレート』はウォリアータートルの腹に確かな手応えと共にメリ込んだ。


 重い一発をもらったウォリアータートルは、後方に吹き飛びつつ口から大量の血を吐く。

 そのまま壁に直撃し、立て続けにまた鈍い衝撃音が周囲に響いた。


 振り下ろされようとしていた棍棒は、打撃を受けた瞬間にするりと手から落ち、持ち主を置いて俺の足元に転がっている。


「……おお、やっぱり通用したな。それも一撃か」


 拳を戻して、俺は壁際で絶命しているウォリアータートルを見た。


 予想通り倒せたが……正直、少し驚いたな。

 ウォリアータートルはパンクリザードと比べれば格段にタフだ。


 にもかかわらず一発KO。

 甲羅を背負って重さもあるので、壁まで吹き飛んだ点は予想外だった。


「ホーホゥ。二層で通用するなら、この新スタイルは大成功だな」


 そう、ズク坊の言う通り、これが俺の新たな『戦闘スタイル』だ。


 基本中の基本、得物を使わずに己の体のみで戦う格闘術。


 ……もちろん、片手剣で戦っても強力なのは強力だ。

 ただ、素人剣術なら打撃の方が圧倒的に体重を乗せやすいのだ。


 格闘技を習った経験はなくとも、幸い俺はプロレスでもボクシングでも、無類の格闘技好きだしな。


「! うおっ……」


 と、自分の戦闘スタイルに自信を深めていたら体が熱くなった。


 どうやらウォリアータートルを倒した事で、また一段と体が強化されたらしい。


 パンクリザードではもう実感できるほど体に熱を帯びなかったからな。

 そういう意味でも、狩り場を二層に移すのは正解だろう。


「さすがは二層、入る経験値も一層より多いか」

「そりゃそうさ。ホーホゥ。一応、【スキル】の熟練度も見てみたらどうだ?」

「あ、たしかに」


 ズク坊に言われて、俺は体に宿る【スキル】を見たいと意志を示す。


 ただそれだけ。

 それだけで脳内に例の銀色の文字が浮かび、今の状況をすぐさま見せてくれる。


【スキル:モーモーパワー(三牛力)】


 お、牛力の表示が一頭分増えてるな。

 ちゃんと細かく確認はしてなかったが、多分、ウォリアータートル戦の成果だろう。


「三馬力……じゃなくて三牛力に増えてたぞズク坊」

「ホーホゥ。んじゃ【スキル】を発動したら、少なくともバタローの体重は『二・四トン』か。……アパートで使ったら床が抜けそうだな」


 ズク坊が指摘し、俺はたしかになと思う。


 何かの拍子で【モーモーパワー】を家で発動してしまったら。

 迷宮は異様に頑丈だからいいとして、普通の家屋では耐えられないかも。


 ……これはまた、日常パートで心配の種が増えてしまったようだ。


 俺は持ってきた水筒をリュックから出して牛乳を飲む。

 そうして一息ついてから、ウォリアータートルの死体から片手剣で剥ぎ取りを始めた。


 ◆


 その後、俺とズク坊は二層を駆け回り、ウォリアータートルをひたすら狩った。


 小休憩と牛乳補給を挟みつつ、成果は二時間で計十一体。

 リュックはパンクリザートとウォリアータートルの魔石でパンパンだ。


 大きくて重い甲羅は五枚、準備していた縄に縛って連結させ、【モーモーパワー】の効果でゴリゴリ引いていく。


 本当はもっと多く持ち帰りたかったけどな。

 全部だと荷物になるし、他の行き交う探索者の邪魔になる。


 やはりこうなると、見た目と容量が異なる、迷宮のドロップ品の『マジックバッグ』が欲しくなってきた。

 まあ、大きなスーツケース容量のポーチ型のものでも、五十万はするので手は出せないが。


 ともあれ、俺達はホクホク顔で迷宮を出て、徒歩一分の場所にある探索者ギルドへ。

 そこで買い取りを行ってもらい……さらにホクホク顔になる事に。


 ウォリアータートルの魔石は一つ『三百五十円』と、パンクリザードの二百十円と似た低価格だとしても。


 今回の俺の目玉商品である甲羅。

 これは、その重さ(約四十キロ)から持ち運びしにくい上に、そもそも需要が高いので一枚『六千円』で買い取ってもらえた。


 二度目の探索の稼ぎは合計、三万六千円と少し。

 まだまだベテラン探索者と比べたら遠く及ばないが、前回の五千円ちょいと比べたら、十分に危険を冒す価値はある。



「フッフッフ。学生の身としちゃだいぶ稼げたな。今日は牛肉のステーキでもするか!」

「やったぞホーホゥ!」

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