四十四話 従魔師は進む
修行回その1です。
「いけースラポン! やっつけちゃえ!」
私は今、冬みたいに寒い『上野の迷宮』四層にいる。
監督役のシロさんの隣に並び、白い息を吐きながら声を飛ばして、可愛い従魔のスラポンを前線にアイスビートルと対峙していた。
パーティー会議(BGMはズク坊ちゃんのオーケストラ!)で決まった通り、私とスラポンは四層で鍛練する事になったのだ。
リーダーのバタローは当然として、すぐポンと比べても私達はまだまだだけど……。
ミノタウルス、ガーゴイル、オーガ、そしてアイスビートルと。
前みたいに命の危険はなく、順調に下層に潜れてはいるからね。
『ポニョーン』
あ、なんて考えていたら、スラポンがアイスビートルに覆いかぶさった!
これはスラポンの特性で、【スキル】とは少し違う、敵を体内に取り込んでの『生命吸収』だ。
でも、相手は三メートルのスラポンより大きいアイスビートル。
とても全部は飲み込めないけど……見る限り大丈夫そうみたい。
倒した経験があるオーガと比べてそもそも弱い、という前提に加えて。
この『生命吸収』は、別に相手の全身を取り込む必要はないのだ。
「ふっふっふ、甘いよカブトムシ! 全体の五分の一も取り込めれば十分だからね!」
今までの相手を全て丸飲みしてきたのは、単純にスラポンより小さいから。
それに全部いっちゃった方がカッコイイし、脱出される危険も少ないのだ。
――で、そのスラポンが現在進行形で取り込んでいるのは『角』だった。
個体ごとに微妙に形の違う氷柱みたいな角を、先端から根元まで真っ青な体に埋めている。
ギギギギィ! とアイスビートルは嫌がって暴れ始めるけど……それくらいじゃ抜けられないよ!
そんな現実を理解したのだろうか。
アイスビートルは抜くのをやめて、グググ……! とスラポンごと角を持ち上げてきた。
すっごい巨体のパワーで、絶賛取り込み中のスラポンの体が上がる。
そのまま真下に一気に振り下ろされ、スラポンの弾力ある青い体が、ビチャン! と地面に叩きつけられた。
「あ」
……普通のモンスターなら、今の一撃で大ダメージを負ったと思う。
背中から地面に激突させられるのだから、とても危険な一撃だよね。
し、か、し! 私のスラポンはラージ『スライム』なのだ。
骨も内臓もなければ、肝心の中身は名前の通りにスライム状の物体。
なので、衝撃に青い波紋を広げるだけで、変わらず角に纏わりついたままだった。
「悪手ってわけじゃねェが効果は低いわな。のれんに腕押し、サンドバッグでも叩くようなもんだ」
まさに柔と剛。
二体のモンスターの攻防を見て、シロさんは言うと大きなあくびをした。
私の目から見てもスラポンには余裕があるから……特に援護は必要なさそうみたい。
「うん。やっぱり大丈夫そうだね」
「あァ、間違いねェな。思った以上によく育っているぞ。相性自体もいいし、これなら俺の援護は必要ねェな」
「本当!? やったあ!」
これも日頃の努力とくまポン様のご加護のおかげかな?
なんて思いつつ、ついはしゃいでいたら――三十秒で決着はついた。
ただ静かに、いつも通り穏やかに。
とても戦闘があったとは思えないほど、生命力を吸い取られたアイスビートルは力尽き、地面に座り込むように動かなくなった。
正直、バタローやすぐポンみたいに一人で倒せるか心配だったけど……。
どうやら心配ご無用、私達も無事に四層でやっていけるみたいだ!
◆
一体目を狩った後。
私達はさらにもう二体ほど狩ってから小休憩に入った。
「ふう~、温まるなあ」
「探索者は装備や回復薬がありゃァいい、なんて言うヤツもいるが……。こういう『細かな用意』も生死に関わると俺は思うぞ」
「本当だねシロさん。きちんとした休憩が取れれば、もっと集中できるって分かったよ」
今いるのは四層奥の方、袋小路で人間大の岩がゴロゴロと転がる、比較的寒さをしのげる場所だ。
そこで持ってきた水筒に入れた温かい紅茶を、シロさんと一緒にちびちびと飲んでいる。
……実はこれ、四層は寒いからと、すぐポンの助言から持ってきたものだ。
体が冷えれば判断力が鈍る。
直接戦うわけじゃなくても、従魔に指示を出して戦う従魔師(私は……出してたっけ?)にも影響はあるからね。
ちなみに、昼食の方はバタローが持っている。
十二時になったらバタロー組、ズク坊ちゃん組とモンスターがいない三層で合流して、のんびり食事を取る予定だ。
「そしてまた午後は丸々鍛練っと。シロさん、もしかして今日中に五層に行けるかな?」
『ポニョーン』
「いや花蓮、んでスラポン、さすがに早ェよ。トロールは『上位の探索者』か『それ以外』かを分ける境界線的存在だ。監督役としてはまだ行かせられねェぞ」
と、少し調子に乗って聞いてみたら、あっさり却下されてしまう。
たしかに、バタロー達が戦っているのは見ていたけど……すっごいパワーだったからね。
打撃に強いスラポンとはいえ、あの棍棒の一撃を何度ももらったら厳しいか。
私自身の力、【従魔秘術】も『レベル1』――じゃなくて『一体』。
従魔師は最高で『五体』まで従えられるから、まだ全然、従魔師としては未熟者なのだ。
あ、そうそう。これは前にシロさんから聞いた話だけど、
日本一の従魔師の人は、五体全てトロールより強いモンスターを従えているらしい。
「私もまだまだかぁ。じゃあ予定のまま、四層でじっくり鍛えよう! だね」
「あァ、特に焦る必要もねェしな。太郎は規格外だから別として、すぐるの方もかなりのもんだ。……花蓮は花蓮のペースでやりゃいいさ」
「え、すぐポンも……?」
シロさんの発言を聞いて、私は思わず目をパチクリさせる。
武器も持たず、体一つで立ち向かってモンスターを倒すバタローのスゴさは分かっているけど……すぐポンも高評価とは少し驚きだ。
いやもちろん、パーティーメンバーとして心強くはあるんだけどね?
ただ、ぽっちゃりをイジられたり、一見ふざけたような『火ダルマ』な姿を見ていると……ねえ?
「太郎の陰に隠れがちだが、探索者歴から考えりゃアレも相当だぞ。【火魔術】と【魔術武装】。【スキル】の相性もいいし、何より肝が据わってやがる」
「な、なるほど」
「どうも太郎とズク坊は迷宮への恐怖のネジが一本外れているが……。すぐるは恐怖を感じつつもそれに打ち克ち、どうあるべきか理解している」
「ほ、ほほぅ」
「花蓮、そういう部分じゃお前はまだ甘ェぞ。無意識に腰が引けている時もあれば、少しばかり前線のスラポンとの距離が遠い時もある」
「う、うむぅ……。言われてみれば自覚アリ……」
シロさんの的確かつ厳しい指摘。
私は思わず苦い表情で、従魔で相棒のスラポンを見た。
そんな私の顔を見ながら、シロさんは優しい笑顔を浮かべると、
「まァ、それよりも大事な事を一つ」と、前置きをおいてから言う。
「従魔はもちろん、あいつらも大切にしろよ。太郎もすぐるもズク坊も、あんな揃いも揃って人のいいパーティー、他を探しても滅多にいねェからな」
「……うん。もちろんだよ」
対して、私は心の底から誓ってうなずいた。
いくら『天然』とか『変人』とか、『年齢に対して性格と容姿が合っていない』と言われる私でも。
これに関して言えば、きちんと理解しているからね。
複数のガーゴイルに押されて、二度も死にそうだった弱くてマヌケな探索者。
そんな私を二度も助けたあげく、パーティーを組もうとまで言ってくれる人など他にいるわけがない。
お金の面だってそうだ。
パーティーを組む時や、組んでからも一番のモメ事になる要素に関して、
まさかの『三等分』ずつ。
いくら太郎達がお金に困っていなくて、かつ空いていた盾役をしてもらうと言ってもあり得ない。
他のパーティーの金銭事情は知らないけど、気前がいいという言葉では済まないほどの、常識はずれな高待遇だ。
今でこそスラポンが成長して、少しだけなら胸を張って強くなったと言える。
けど、あの時点ではほぼお荷物と言ってもいいくらいのレベルだった。
正直、『真の戦力になるまで稼ぎの一割もやらん!』と言われたとしても。
入れてくれるのなら、私はどんな条件でも飲むつもりで『ミミズクの探索者』パーティーに入っていた。
「……本当、最高のパーティーに恵まれたなぁ」
皆の良い部分を上げればキリがない。
逆に悪い部分は……私のくまポン様(お人形)を見て、
バタローが「くたびれ人形じゃねえか」と言い、ズク坊ちゃんが「もう眠らせてやれ」と言った事とか……それくらいかな?
だから私は、優しくて楽しい二人と一匹の顔を思い浮かべながら。
絶対に足手まといにはならないぞ! と強く決意しながら。
どこかバタローもしくはズク坊ちゃんっぽく、立ち上がって強気に叫ぶ。
「シロさんにスラポン! ここからが本番だよ。お昼になるまで昆虫採集といこうっ!」