四十二話 ギルド本部
「おおー、ここが本部か」
『上野の迷宮』で白根さんとクッキーの凄まじい力を見せてもらった後。
まだ時刻が二時前だったのもあり、俺達はすぐるの車で新宿まで来ていた。
メンバーは俺、ズク坊、すぐる、白根さん、クッキーだ。
花蓮は呼び出しの対象ではなく、また弟や妹達もいるので、今日の探索は切り上げて帰らせていた。
しれっといるズク坊については……これは俺との『セット』だからな。
『ミミズクの探索者』として、関東を中心に探索者世界でそこそこ有名らしい俺。
その俺と一緒にいるミミズクが、ただのミミズクであるはずがない、とギルド関係者は踏んでいるとの事だった。
まあ、クッキーの存在もあるからそう思うのは当然だ。
「じゃァ行くか。いつでも来いと言われているから、すぐに通してもらえるはずだ」
白根さんはクッキーを頭に乗せて(肩だとトゲが刺さるから)、ネクタイなしの紺のスーツ姿で歩く。
『百足竜の鎧』は手提げ鞄型のマジックバッグにしまい、いつも迷宮の外ではこの格好らしい。
一方の俺とすぐるはマジックバッグを車に置いておき、揃って手ぶらで普通の私服に着替えていた。
で、そんな俺達が入っていくのは――探索者ギルドの本部だ。
新宿のど真ん中に建つ、庁舎みたいな立派な建物。
別名『ダンジョンハウス』。
全国各地の迷宮を管轄する場所であり、いわゆる迷宮特需で日本の景気を支えている中心である。
そしてこのギルド本部、ダンジョンで得た素材を使って造られたらしく、どんな大地震にも耐える『日本一頑丈な建物』らしい。
「何かよく分からんけど……えらい緊張するな」
「ですね先輩。普通の役所と比べて雰囲気も違いますし……大丈夫ですかね?」
「まァ、変に構える必要はねェさ。二人共気楽に行こうぜ」
心配する俺達に、白根さんが背中をぽんと叩いてくる。
加えて頭の上のクッキーが、
「大丈夫だっチュ。というか、ここはオイラ達探索者の味方だっチュよ」と言ってきた。
「……たしかにそうだな。いかんいかん。探索者の前に一人の社会人、しっかりせねば」
人前なので大人しくしている右肩のズク坊と、隣のすぐると目を合わせてうなずく。
よし、ちょっとだけ落ちついてきたぞ。
俺達は意を決して、多くの人達が行き交うギルド本部の一階ロビーに足を踏み入れた。
◆
「いやはや早速、来てくれたか。しかも全員連れてきてくれるとは……こちらとしては大変助かるよ」
一階ロビーの受付で、白根さんが訪問の理由を伝えてすぐ。
俺達は最上階の三階に案内されて、通された部屋に入ると、一人の男性がイスに座って待っていた。
スポーツマンみたいな短く刈り揃えられた髪に、やたらガタイのいい体と褐色の肌。
年齢は事前に調べて五十一歳と把握しているが、四十歳くらいに見えるほど若々しい。
俺よりよほど鎧や重戦士が似合うだろうこの人こそ、探索者ギルド、公共迷宮攻略兼探索支援所のトップを務める人物だ。
「久しぶりですねェギルド総長。元気そうで何よりですよ」
「まあな。色々と大変ではあるが、これしき現役時代に比べれば大した事はないさ」
白根さんとギルド総長は旧知の仲らしく、和やかな雰囲気で握手をする。
頭にクッキーを乗せたまま、思い出話でも始まりそうかと思いきや、
所在なさげに立っていた俺達の方を向き、ギルド総長はニカッと笑って自己紹介をし始める。
「私は柳信一郎だ。一応、こんな見た目でも全国の探索者ギルドを束ねるギルド総長を務めている」
「あ、俺は友葉太郎です。そして隣にいるのが同じパーティーの」
「木本すぐるです。よろしくお願いします」
あうんの呼吸で言葉を引き継いだすぐると共に、俺は緊張しながら頭を下げる。
別に自由な、今風に言えばフリーランスで『命懸け』の点を除けば気楽な職業なのだが……。
探索者として関わりがある組織のトップだからか?
俺は何だか絶対服従の上司に会った気分だった。
「君達が『ミミズクの探索者』パーティーか。噂は聞いているよ。――さあ、立ち話も何だから座ってくれ」
ギルド総長に言われて、俺達は高級そうな革張りの黒のソファに座る。
すぐに秘書と思われる女性が、皆にお茶と、俺にミルクティーを持ってきた。
さすがに呼ぶだけあって俺の『食問題』も把握しているようで、それぞれ一口つけたところで――ギルド総長が口を開く。
「では改めて。私がギルド総長の柳だ。白根君も友葉君達も、忙しいのに来てくれて感謝する」
頭を下げて、ギルド総長は対面に座る俺達にまず礼を言った。
その見た目や肩書からして、『どうせ偉そうな気難しいオッサンだろ』と勝手に思っていた俺は……己の見る目のなさと非礼を一人恥じる。
そんな感じで反省から入った場では、やはり白根さんに聞いた通りの情報が出てきた。
『岐阜の迷宮』で前兆が現れ、『迷宮決壊』が確実に起きるという事。
そのために自衛隊をはじめ、全国の凄腕探索者に声をかけて戦力を集めているという事。
事態が事態なので『強制召集』であり、俺、白根さん、クッキーは確定で、ズク坊とすぐるも候補に上がっている事。
そして、ここからが初公開な情報として、
『迷宮決壊』は早くて三ヶ月後に起こると予想されるため、作戦決行は『二ヶ月後』に決まったらしい。
期間は未定(おそらく一週間程度と予想)で、迷宮が通常の状態に落ち着くまでとの事だ。
ちなみに作戦までの間、すぐるなど現時点で確定ではない『候補』の者は、稼ぎよりもレベル上げに徹してほしいと伝えられた。
「なるほどねェ。……で、肝心の俺達探索者に対する報酬の方はどういう感じで?」
「少なくとも一人『五千万』は払う予定だ。……もし死亡してしまった場合も、遺族に対してこの数倍の額を支払うつもりさ」
「おォ、そりゃまた大盤振る舞いですね」
「当然だ。もう今や探索者は国の財源、好景気の中心にいると言っても過言じゃないからな」
「はは、そりゃァたしかに」
白根さんとギルド総長が話すのを俺達は黙って聞いていた。
特に疑問に思う部分はなかったし、正直、まだ危機が迫っているという実感がないからだ。
しかし、逆にギルド総長は疑問があったらしい。
俺、というより右肩のズク坊を見て、不思議そうな顔で聞いてくる。
「そういえば友葉君。ずっと大人しくしている君のミミズクなんだが……」
「あ、はい。何でしょう?」
「いや、なぜこの子はずっと頑なに『黙っている』のかと思ってね……?」
「え!?」
瞬間、俺は雷に打たれたような衝撃を受けた。
なぜ頑なに黙っている? ――という素朴な質問。
これはすなわち、ギルド総長はズク坊が喋れると分かって(もしくは思って)いるというのに他ならない。
……どうしてバレた?
たしかにクッキーは何度か喋っていたが、ズク坊は『普通の動物』を装っていたのに……。
「いや太郎、そりゃそうだろ。普通、【人語スキル】を持ってねェ動物を迷宮に入れるヤツはいねェぞ」
「え、そうなんですか?」
「当然だ。じゃねェと意志疎通できずに、あっさりモンスターの餌食になるだけだな」
「な、なるほど。……って、となるとまさか……?」
「あァ、今まで言われなかっただけで、周りの探索者もギルド職員も薄々気づいているだろうな」
と、白根さんの口から俺達にとって衝撃の発言が。
【人語スキル】自体がレアなので、必然的に喋る動物は稀少価値がある。
なので、さらわれる危険があるから人前では常に黙らせていたのに……。
まさかの薄々気づかれていたという事実。
今までの俺達の地味な苦労は……あまり意味がなかったらしい。
「ホーホゥ。何だ、面倒なダンマリは必要なかったのか」
「ま、迷宮の関係者以外なら意味はあるがな。それで君の名は何と言うんだ?」
「俺はズク坊。バタローの相棒であり、すぐるの先輩であるパーティーの一員だホーホゥ!」
ようやく喋れて嬉しいのか、翼も動かしてギルド総長の質問に快く答えるズク坊。
所有する【スキル】から身体能力まで、人間の探索者と同じようにスペックを明かす。
それを聞いたギルド総長が、そのレアな【スキル】構成(【気配遮断】と【絶対嗅覚】)に驚いたのは言うまでもない。
その後、ギルド総長は次の会議までまだ時間があると言うので、
重苦しい『迷宮決壊』の件から一転、お互いについて話をした。
ギルド総長はその体格や雰囲気通りに元探索者だった。
アメリカやロシアなど海外の迷宮に潜った経験があり、引退してからも迷宮関係の仕事に関わって、去年ギルド総長に就任したらしい。
他にも白根さんの事も含めて、色々と話を聞けたが……そこら辺は割愛で。
あと最後に一つ、【人語スキル】を持つズク坊について。
たしかに稀少で誘拐される危険があるのは変わらないため、今度『マイクロチップ』を埋め込む事になった。
クッキーもすでに埋め込んでいるらしく、もし誘拐されても位置情報で分かるらしい。
その際はギルドも動くと約束してくれたので、ズク坊本人の承諾もあり、そういう運びとなった。
……ただ、少しばかりカン違いしているズク坊は……テンション高く叫ぶ。
「鳥と機械の融合だ! メカミミズクの誕生だホーホゥ!」
お気楽な大学生を書くのは楽なのに……。
年齢が上のお偉いさんを書くのは難しいですね。