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四十一話 残る”左”と驚異のハリネズミ

「――【万毒ばんどくノ牙】」


 白根さんは静かに【スキル】名を告げる。

 一体目と同じく、二体目のアイスビートルに神速の踏み込みで近づき、ピタリと真横について。


 今回は右腰の『オリハルコンのレイピア』を抜き、左手に持っている。

 そして、さっきと同じくアイスビートルの硬い外骨格に、ガガッ! と。


 目に見えない鋭い突きを見舞った瞬間――。


 他に一切の音もなく、ただただ静かに。

 レイピアを突き刺した箇所から、青白い氷の体が毒々しい『紫』に染まっていく。


 ギギギギィ……!

 アイスビートルはうめき声を上げて、激しく暴れて白根さんに角を振るう。


 が、そこに白根さんはいない。

 レイピアを引き抜き、超スピードの移動で俺達のもとに戻り、すでに剣を鞘に納めていた。


 ――つまりは決着。仕留めるのにこれ以上の攻撃は必要ない、という事だ。


 事実、暴れ回るアイスビートルは俺達の方に向かってくる前に、その動きが目に見えて遅くなる。

 氷の体を染める毒々しい紫も、もう全身の半分以上に回っていて……、


 わずか三十秒のもがき苦しみの末に。

 角先から足の先端まで、紫一色に染め上げられて、アイスビートルは完全な形を保ったまま絶命した。


 まさに『毒殺』以外の何物でもない。

 あの巨体を毒で蝕み、その毒一本で仕留めてみせたのだ。


 ……しかし、これはちょっと……。


「氷を砕く電撃はまだいいとして……。氷に影響する毒って何ですか!?」


 俺の疑問はそりゃそうだろう。

 雷クラスの超高圧電流ならまだしも、猛毒とはいえ、どうやったら氷のモンスターにダメージを与えるというのか?


「あの白根さん、電撃もあってさらにこの毒とか……。もはやチートじゃないですか」

「そうか? 毒も電撃もフル耐性の相手なら逃げるしかねェけどな。体か武器を当てないと意味ねェし、飛行系とかも苦手だぞ」


 笑いながら欠点を明かす白根さん。

 それでも基本的なあの『鬼の身体能力』を見たら……何とかなりそうな気がするが。


 右肩のズク坊と隣のすぐるも、今の戦いを見て口を全開にして驚いている。


「チュチュ、これが玄の力だっチュよ! 右手に『電撃』、左手に『猛毒』。どっちも『レベル9』の――いわば二刀流だっチュな!」

「おォ、説明助かるぜクッキー。……つうか、チートと言うなら太郎、お前の【モーモーパワー】と【過剰燃焼(オーバーヒート)】のコンビも大概だぞ?」


 白根さんは呼吸一つ乱さないで言う。

 そんな余裕の強者に褒められたのは正直、嬉しい……って、俺の事はさて置いて。


 とりあえず、白根さんによる二つ目の【スキル】の詳細がこちら。



【スキル:万毒ばんどくノ牙】

『対象に触れる事で毒を与える。武器など他の物質を通してでも効果あり。毒は『実質毒』・『出血毒』・『神経毒』・『発癌毒』・『腐蝕毒』・『魔毒』と全ての性質を持つ。毒性の強さや進行速度は熟練度に比例する』



 こちらはマイナス要素はないが、そもそも『レベル9』だから凄まじい威力だ。


 多分というか絶対、氷のアイスビートルを倒したのは『魔毒』のせいだな。

 氷の体に、少なからず魔力があるからあの手のモンスターは動けるわけで、そこに何かしらの影響を与えたのだろう。


「ホーホゥ。こっちの方が電撃よりも怖いな。……というか、どうして二つとも『レベル9』なんだ?」


 と、ここで。

 右肩の上で驚きのあまり固まっていたズク坊が質問した。


 その真意はこうだろう。

 なぜ十年も探索者歴があり、強敵を数えきれないほど倒しただろう白根さんが、最高熟練度の『レベル10』に達していないのか? と。


「あァ、いい質問だな。そりゃまだ『竜』を倒していねェからだ」

「ホーホゥ? 竜?」

「そうだ。最高の『レベル10』に至るには、最強たる竜を倒さねェとダメなのさ」


 言うと、白根さんは自身が纏う『鱗の鎧』――『百足むかで竜の鎧』を叩く。


「俺が倒した中で一番強ェのがコイツだからな。竜は竜でも『亜竜』。十年探索者をやっているが、真の竜とはまだ縁がねェんだ」


 残念そうな顔を浮かべて、白根さんは「まァそのうち会えるだろ」と付け加えた。


 ……なるほど、竜か。

 たしか明確には存在する迷宮や階層が決まっていない、ごく稀に現れる『天災』みたいな扱いだったはずだが……俺は会いたくないな。


「ねえねえ、それより早くクッキーの力も見てあげて! スゴイんだから!」

『ポニョーン』


 俺が竜について考えていると、ずっと黙っていた花蓮とスラポンが急かしてくる。


 ……たしかにそうだな。

 今は竜よりもハリネズミ。白根さんの相棒クッキーの力も見せてもらおう!


 ◆


 喋る事と猫サイズの大きさを除けば、何の変哲もないハリネズミ。

 そんなクッキーは果たして、どんな【スキル】を持っているのだろうか?


「ヒントは『吐息』っチュよ。ズク坊とは正反対の超戦闘系な【スキル】っチュね」


 クッキーはただ一匹、先頭で霜がおりた雑草の上をジャクジャクと進む。

 巨大なアイスビートルがいる階層でも……一ミリも心配だとは思わない。


 理由は単純明快。

 見た目はトゲトゲな可愛らしいハリネズミでも、肝心の中身がスゴイからな。


 アイスビートルと相対した時より、クッキーから感じる『圧力』の方が遥かに上なのだ。


「チュチュ、発見したっチュよ!」


 クッキーは二十メートル先にいたアイスビートルを発見、ピョン! と跳びはねて後ろの俺達に合図してきた。


 さてどうするんだ? と俺達が観戦する態勢に入っていると、

 なぜかクッキーは距離を詰めず、その場に留まってアイスビートルを見ている。


「あれ? どうしたクッ――」


 と、我慢しきれず俺が口を開いた瞬間。

 急に逆立った針の背中で見えなかったが、どうやらクッキーも口を開いたらしい。


「ヂュヂュう!」という短い叫び声と、後ろの俺達に向かって流れてきた強風。


 そして、肝心のターゲットがいる前方へと。

 螺旋を描いた風の柱、『暴風の塊』がクッキーの顔付近から発生、凄まじい速度でアイスビートルに襲いかかった。


 まさに風の濁流。

 暴風が生み出す轟音から、立て続けにドドォオン! という激突音が迷宮内に響く。


 さらに続くは容赦のない『破壊』。

 四メートルを誇るアイスビートルは正面から攻撃を受け、その巨体が軽々と後方に吹き飛ばされる。


 自慢の角は暴風との衝突時にへし折れ、なす術なく壁に激突、氷の体はガラスのごとく砕け散った。


「んなッ!?」


 それを見て、俺はこれまでの探索者生活で最も度肝を抜かれていた。

 まさか可愛いハリネズミが、こんな派手で強烈な【スキル】を披露するとは思わなかったからだ。


 同じく、ズク坊とすぐるも驚きすぎて硬直している。

 白根さんの【スタンガン】と【万毒ばんどくノ牙】も十分、驚かされたが……これはちょっと想像の遥か上だぞ。


「これがオイラの【トルネード砲】っチュよ。暴風の塊を口から吐く、いわば『ブレス』の一種っチュな!」


 くるっと振り返り、クッキーはどうだ! 的な感じで胸を張っている。


 今見ても信じられない現実、いや超常現象か。

 しかし、そのクッキーの後ろには、雑草ごと地面が抉れてできた『一本道』がしっかりと刻まれている。


 ――で、そんな高威力ブレスな、【スキル】の持ち主の説明によると、



【スキル:トルネード砲】

『風を集束・圧縮させて息を吐く事で放出する。発生源は口腔内ではなく口の前。『風量』と『回転力』は一定、『風速』のみ熟練度に依存する』



「という感じだっチュよ。ちなみに熟練度は『レベル』じゃなくて『風速』。バタローの『牛力』みたいに少し特殊だっチュな」

「なるほど、『風速』か。……で、今のはどれくらいだったんだ?」

「チュチュ、少し抑えて『風速百メートル』っチュな。全力だと『風速百二十五メートル』になるっチュよ」


 と、軽い感じでスゴイ事を言うクッキー。


『風速百メートル』って……時速にしたら何百キロだよ?

 ただでさえ家屋も破壊するだろう風速に加えて、圧倒的な風量と螺旋回転による破滅的なブレス。


 クッキーは「連発できないから使い勝手は悪いっチュけど」と言うも、これだけの威力と射程なら問題ないだろう。


 ちなみに、【人語スキル】は枠を使わないので、クッキーにはもう一つ枠が残っている。

 その【スキル】については――【精密射撃】というらしい。


 クッキーいわく、


 俺の【過剰燃焼(オーバーヒート)】みたいに、『主軸』となる【スキル】を補完する形の【スキル】との事だ。

 ブレスと射撃は違う気がするが、きちんとブレスにも適用され、どんな体勢からでも狙った箇所に【トルネード砲】の中心がいくらしい。


 つまり、クッキーは接近戦の白根さんとは対極。

 ちょうど俺とすぐるの関係と同じく、『超強力砲台』として後衛を担っていたのだ。


「やっぱり僕よりも強いですね……。上位互換といった感じですか」


 すぐるはクッキーの実力を見て、負けを悟って軽く落ち込んでいる。


 それを言うなら俺も下なのでは? と思って白根さん達に聞いてみたところ、


「いや、太郎ならクッキーの砲撃に耐えてゴリ押しで勝てるだろ」

「だっチュな。まあ、【過剰燃焼(オーバーヒート)】を使うって前提はあるっチュけどね」


 ……との高評価だった。ありがたや。


 そんな中、右肩のズク坊さんが自分を棚に上げて一言。


「ハリネズミが暴風のブレスって……もう動物じゃないぞホーホゥ!」

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