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四話 帰宅、そして命名

「ただいまー」


 安堵感溢れる声を出して、俺は一人暮らしのアパートに帰ってきた。


 あれから一層をミミズクと共に回りパンクリザードを倒す事、二十五匹。

 迷宮近くの素材買い取り所、通称『探索者ギルド』で狩った数だけの魔石を売り、五千円ちょっとの金を得て無事に戻ってこられた。


 ちなみに、返り血で汚れた防具と剣は、同じ探索者ギルド内の洗濯施設でキレイにして預けてある。


 いくら迷宮やモンスターが当り前の時代でも、血だらけの装備姿だったら通報されるからな。


「ふう、やっと着いたか。……ホーホゥ。男の一人暮らしにしてはキレイじゃないか」


 と、俺の肩の上……ではなくて。


 ひょこっと背中のリュックから顔を出した例のミミズクが、俺のワンルームの部屋を見て感心したように言う。


 ……え? 何でそのミミズクが一緒にいるのかだって?

 いや、俺も迷宮の出入り口で別れるつもりでいたんだけどな。


 コイツがまさかの「そろそろ迷宮に飽きた」発言をしたもんで、

「じゃあウチ来るか?」と軽い気持ちで言ったら、

「よっしゃ! 行くぞホーホゥ!」と、食いついてきてしまったからだ。


 まあ、俺としても一人暮らしで寂しいし、動物は嫌いじゃないからな。


 ただし、こうして部屋に着いて扉を閉めるまではリュックに隠れてもらっていた。


 貴重な【人語スキル】を覚えた動物は珍しくて人気が高い。

 ましてペットとしても高価なミミズクだ。もし見つかれば、すぐに情報が漏れて誘拐されかねない。


 そういう事件は何度も聞くし、加えて俺のアパートはペット禁止だから見つかったらヤバかったのだ。


「とりあえず茶でも飲むか。そういやミミズクって何を飲み食いするんだ?」

「ホーホゥ。飲みものは水で、食べものは冷凍のマウスやヒヨコだったけど……。【人語スキル】を覚えた今は、なぜか人間と同じものを食べても大丈夫だ」

「へえ、それは助かるな。さすがに冷凍の小動物なんて置いてないし」

「ホーホゥ。……ところでバタロー、何か忘れてないか?」

「ん? 別に忘れものは……。財布もあるしリュックもあるぞ」

「このバカタレが! バタローお前、【モーモーパワー】の『食問題』を忘れたのかホーホゥ!」

「……あ!」


 ミミズクに一喝され、頬を翼でファバサッ! と心地よく叩かれて俺は思い出す。


 そうだ。俺は【スキル】の影響で肉は牛肉、飲みものは牛の乳しか飲めないのだった!

 最初から強力だった【スキル】の強烈な枷。今はそう理解している。


「くっそ、つい忘れてたぞ。気安く蛇口も捻れないってわけか……」

「ホーホゥ。戦闘パートでは頼れる力を。日常パートではその分苦しみをってか」

「……お前、その言葉どこで覚えたんだよ?」


 食問題を思い出して俺はがっくりうなだれる。


 極度の不調を体にきたすと知って、なお飲み食いするほど俺もバカではない。

 とにかく乾いたノドを湿らすべく、冷蔵庫から牛乳を取り出して飲んでみる。


「あ、全然大丈夫だ」

「ホーホゥ。そりゃ牛乳だからな。むしろ他のものを摂取して、極度の不調がどの程度なのかが気になるぞ」

「むむ、たしかに。けど実験するのも怖いしな……」

「ホーホゥ。まあバタローの身のためにもやめといた方がいいか」


 俺とミミズクはうなずき合い、俺はコップで牛乳を、ミミズクはカレー用の皿で水を飲む。


 あ、そうそう。さっきからミミズクが『バタロー』と連呼しているが、お気づきの通り俺の事だ。

 友葉太郎→ゆうばたろう→ばたろう→バタローとなったらしい。


 初めて言われる呼び名だ。

 ミミズクの感性は普通とはちょっと違うのかもな。


「……もう八時過ぎか。晩御飯はどうするか。俺あんまり腹減ってないしな」

「ホーホゥ。俺も別にいいぞ。バタローに会う少し前にモンスターの残骸を食ったしな」

「お、おお。そうだったのか」


 じゃあどうするか。俺は学生だけど、卒論の方は遅れているわけではない。

 今は十二月中旬。まだ時間はあるし、同じ研究室で二人一組の俺のパートナーも優秀だから大丈夫だ。


 あとは就活? ――に必要な履歴書はもうだいぶ書いていない。


 白状しよう、諦めたからだ。


 一応、真面目にやったつもりだけど全くご縁はなし。

 Fラン大学でもこの時期だと内定取ったやつの方が多いからな。

 大学のせいとは口が裂けても言えない状況だ。


 だから俺は、もう就職は諦めて逃げるように探索者の資格を取った。


 どうでもよくなって迷宮に来た、とはそういう意味である。


「ホーホゥ? おいバタロー、何か人生に絶望したヤツみたいな顔してないか?」

「え、あ、すまんすまん。……じゃあアレだ、今後についての事を決めるか」


 ミミズクに言われて、俺は顔を上げて答える。


【スキル】について。迷宮での活動について。ミミズクの扱いについて。

 よく考えずに行動したが、きちんと決めておかないと後が大変だ。


 まずは【スキル:モーモーパワー】について。

 これはほぼ、戦っているうちにミミズクと推測し合って把握できていた。


 現在の状態は【モーモーパワー(二牛力)】。

 最初は『一牛力』だったものが、初探索を終えて『二牛力』に増えている。


 で、この肝心の牛力という表示。

 これは馬力と似たもので、一牛力で牛一頭分の『力』と『タフネス』、さらには『重量』を持つという意味だろう。


 しかも、おそらくは普通の牛ではなく『闘牛』の方。


 あまりのバカげたパワーに驚き、ネットで調べてみたところ。

 実感からして、少なくとも八百キロの平均的な闘牛くらいの力があるはずだ。


 つまり、何が言いたいかというと。

 今の俺は【モーモーパワー】を発動させれば、闘牛二頭と互角に押し合いへしあいができるというわけだ。


「よく考えれば恐ろしい【スキル】だな……」

「ホーホゥ。全く同感だ。パワーとタフさだけなら五層で見た探索者以上だぞ」


 やはり食問題というデメリットがあるだけある。

 他の【スキル】で明確なデメリット付きは確認されていないので、それを補うほどの強力さがあるのだろう。


「次の議題は迷宮について。さてどうしましょう先輩?」

「ホーホゥ。まあしばらくは『横浜の迷宮』を攻略する、でいいんじゃないか?」

「なるほどなるほど」

「一層のパンクリザードは素早いけど、二層以降は鈍くて力が強いモンスターばかりだ。真正面から叩き潰せるバタロー向きの狩り場だホーホゥ!」


 と、先輩探索『鳥』のミミズクが言うので、そういう方向で即決。

 モンスターをどんどん倒して、身体能力と【スキル】の熟練度、あとはもちろんお金も稼ごう。


「んじゃ最後に、お前についてだけど……」


 俺は曖昧に話を切り出し、ミミズクの反応を待つ。


 もうコイツは名前を捨てて、元の飼い主の下に帰る気はない。

 であるならば、俺のわがままな思いとしては一緒にいてほしい。


 家ではペットではなく友達として。

 迷宮では探索者の先輩、相棒として。


 正直、【人語スキル】を覚えた動物とパーティーを組むのは、個人的にはなくはない考えだと思う。


「うむ、こうして会ったのも何かの縁。人とミミズク、いや牛とミミズクでやっていこうじゃないかホーホゥ!」


 俺の願いを知ってか知らずか、ミミズクはニヤリと笑って快諾してくれた。


 就活ではあれだけ縁がないと言われたのに、まさか初迷宮で縁が生まれるとは……。

 俺は軽く感動しつつ、互いに手と翼で握手を交わした。


「……あ、そうだ。となると名前はどうするか。ずっとお前呼びじゃな」

「ホーホゥ。だな。俺としても新しい名前があれば昔の名前も忘れられるし……」


 そこからは、一人と一匹でミミズクの名前を決める事となった。


【人語スキル】で文字まで読めるらしく、ネットであれこれ候補を出していく。


 そうして一時間が経過した頃。

 綿密な相談の結果、ミミズクの新たな名前は――『ズク坊』に決まった。


 お前らのセンス! ……という苦情の類は一切受け付けません。


「では改めて。明日から頼むぞズク坊!」

「ホーホゥ。任せとけバタロー!」


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