三十八話 再会の新メンバー
「ふきゃあああー!」
強敵トロールを二日連続で狩り、晴れて上位探索者の仲間入りを果たした俺達。
今日も五層に潜ってトロールを狩るべく、二層を進んでいたらデジャヴな声が聞こえてきた。
「おい、今の声って……!?」
「ホーホゥ。多分そうだと思うぞ!」
「まさかの二日連続ですか!?」
俺達は目配せをして、ズク坊の先導で一斉に走り出す。
生い茂る雑草をズシズシンと踏み潰して進み、曲がり角を全力疾走すれば――悲鳴と同じくデジャヴな光景が飛び込んでくる。
「ったく、またかい!」
そこにいたのは『四つ』の存在。
二体のガーゴイルに、目の覚めるような青い二メートル級のラージスライム。
そしてその主人、リュックを背負い『新人セット』の防具を纏った、女探索者で従魔師の飯田花蓮だ。
「ホーホゥ。すぐる!」
「はい――『炎熱槍』!」
またもデジャヴのごとく、すぐるが彼女に迫るガーゴイルに攻撃を仕掛ける。
正確に撃ち出された炎の槍は岩を貫通し、そのまま地面に突き刺さって炎は弾け散った。
で、残るラージスライムと交戦中のヤツはまあ……放置でいいな。
サシなら負けないようで、前と同じく青い体に包み込み、吸収するように静かに息の根を止めていた。
一分にも満たない時間の中、これにてピンチ終了だ。
俺達は揃って盛大なため息をつきながら、飯田さんのもとに向かう。
「昨日と同じ質問だけど、とりあえずケガはないか?」
「あっ、あなたはミミズクの――友葉さん! 助かりました、危うく死んじゃうところでした!」
飯田さんは言うと、立ち上がってペコリと頭を下げてきた。
礼儀はきちんとしているが、黒髪ボブでそばかすが特徴的な童顔では……やはり成人の探索者には見えないな。
中三女子みたいな二十歳。
ロリコン好きのストライクゾーンに入りそうな……いや失礼。同性に羨ましがられそうな若々しい容姿だ。
そんな彼女のすぐ後ろ。
ガーゴイルの死体をペッ! と吐き出したラージスライムが、
あのエコーがかった『ポニョーン』という謎の音を出してズルズルと近づいてくる。
「スラポンもありがとうね。また友葉さん達に助けてもらって……これもくまポン様のご加護のおかげだよ!」
と、相変わらずの不思議ちゃん発言をする飯田さんに対して。
俺達の中で一番厳しいズク坊先生からの注意が入る。
「このバカタレ! 加護なんかどうでもいいぞ! 連日死にかけるとか愚の極みだホーホゥ!」
「あ、あわわ……。たしかにズク坊ちゃんの言う通りっ!?」
「無理して二層を探索するとは言語道断。自分と従魔の力と相談してやるのが従魔師だぞホーホゥ!」
「う、うむむ……。ぐうの音も出ないよう」
というズク坊と飯田さんのやりとりを見て。
ついさっき命を落としそうな危険な状況であったのに、俺とすぐるは笑ってしまう。
ミミズクに怒られる人間という時点で面白いが、彼女が予想以上に不思議ちゃんキャラだったからだ。
◆
しばらくズク坊の説教と飯田さんの独特な返事が続いた頃。
しっかり反省したようなので、右肩に戻ってきたズク坊から俺に会話のバトンタッチがされた。
「で、何で二層にこだわるんだ? 一層のミノタウルスでも十分だろ」
「だって……あの岩の子は岩水玉で稼げるんだよ?」
「まあそうだけどさ。確率的には五分の一だし、数をこなすにはコイツだと厳しいだろ」
彼女の従魔、ラージスライムは強くてもスピード討伐には不向きだからな。
まだ二回しか見ていなくても大体分かった。
敵の攻撃をゼリー状の体で耐え忍び、隙をついて捕まえて体内に取り込み、相手の生命力を吸収する。
確実に仕留められるとはいえ、どうしても時間がかかる戦法だ。
「うん、それは私達も分かっているの。……でも、モリモリお金を稼がないといけないし……」
飯田さんの顔が曇り、その童顔に似合わない暗い表情となった。
他人の事を詮索するのは良くないとは思ったが……。
俺はどうしても気になったので、思い切って聞いてみたところ。
彼女はいわゆる大家族の長女で、両親と四人の弟や妹の七人で暮らしていたらしい。
しかし、両親が七ヶ月前に事故に遭い、自分達を残して他界してしまった。
弟も妹もまだ中学生以下でバイトはできない。
また親戚もおらず、金銭面で頼れる人達がいなかった。
なので飯田さんは通っていた大学を中退、すぐに探索者になったらしい。
学生身分から一転、家族を養う『大黒柱』になってしまったのだ。
そう話して意気消沈する飯田さん。
そんな彼女をラージスライムのスラポンが、『ポニョーン』と心配そうに後ろから見ている(目はなくてもそんな気がした)のが印象的だった。
「……なるほど。そういう事情があったのか」
「うん。だから私がいっぱい稼がないと。生活費もそうだし、これからもっと弟や妹達の学費も掛かるしね」
「なら、余計に昨日今日の行動はいただけないな。大黒柱が死んだら一家共倒れだろ」
「うぐう……猛省しております」
なんて偉そうに説教するも、俺では彼女の心労は計り知れない。
今でこそ自立しているが、親の仕送りで生活していたバカ大学生だったからな。
大変な事情は分かった。彼女の目を見てもウソを言っているとは思えない。
だからと言って、このままではいずれまた危険な状況に遭う可能性は高い。
見た目と中身の子供っぽさと不思議ちゃんキャラ……見ていて危なっかしいぞ。
そして訪れた数秒間の沈黙の後。
「――ならさ、俺達のパーティーに入りゃいいよ」
俺は何のためらいもなくそう言った。
別に『惚れた』とか『情が移った』とか、キレイな話ではなくて。
ただ純粋に、目の前の彼女とスラポンを見て、
『戦力になる』から、一緒にいたら探索が『楽しそうだ』と思ったからだ。
命懸けの迷宮探索とはいえ……大学ではお気楽ワイワイ研究室にいたからか。
少しでも楽しく、少しでも笑顔でやれるならと、俺は思った事を思ったままに口にした。
そんな俺の突然の誘いが予想外だったのだろう。
「え、ぬぇっ?」と目をパチクリして驚く飯田さん。
一方、ズク坊とすぐるを見れば、うむうむ、といった感じで揃ってうなずいている。
……何だ、全く驚いていないところを見るに、同じ事を考えていたのか。
てっきり、あたしゃ認めないよ! とかどっちかが言うと思ったぞ。
さすがはパーティーメンバー。伊達に長い時間を共に過ごしているわけではないな。
「い、いいの? 『ミミズクの探索者』はすごく強いって聞くし、足手まといになっちゃうかも……」
「問題ない。スラポンは立派な『盾役』ができそうだし……なあ?」
「ホーホゥ。現時点でもある程度強いし、ちょうどその役は空席だしな」
「そもそも、従魔師と従魔がいるパーティーって聞くだけでワクワクしますしね!」
俺もズク坊もすぐるも、感情的にも打算的にも納得だ。
出会いこそ情けない感じだったものの、彼女達は弱者ではない。
これから先、トロール以上のモンスターが相手になれば戦力増強は不可欠だしな。
火力担当に援護射撃担当、索敵担当に盾担当。
二人と一匹が強くなるより、三人と二匹で強くなった方がより上に行けるだろう。
……それに、うっかり出会った時からズク坊が喋れるのもバレちゃってるしな(汗)。
「ならぜひ入れてください! 不束者ですがよろしくお願いしますっ!」
『ポニョーン』
元気よく叫び、飯田さんとスラポンがペコリと頭を下げる。
その微笑ましい光景を見ながら、俺は心の底から満面の笑みで返す。
「こっちこそよろしく頼む。スラポン、そして飯田さ――じゃなくて花蓮。これから一緒にガンガン稼ぐぞ!」
俺達三人と二匹は、示し合わせたかのように息ピッタリでハイタッチする。
こうして甚だ予想外ではあるが、二度の救出からの新メンバーを迎え、改めて今日の探索へと進んでいく。
――あ、そうそう。ちなみに一つだけ。
ずっと気になっていた花蓮の言う『くまポン様』なる存在。
これは何て事のない、花蓮が子供の頃から持っている『くまのぬいぐるみ』の事だった。
今もリュックの中に入れて連れてきており、その存在は幸運をもたらしてくれるようで、
俺達の二日連続の救出も、両親が亡くなった事故で一緒に巻き込まれなかったのも、このぬいぐるみのおかげらしい。
「よし皆! ここは一発、合い言葉――一狩り行こうぜッ!」
当初は男とオスだけの、むさ苦しいままにしようと考えましたが……。
やはり華(とモンスター)は必要かなとこうしました。