三十四話 四大元素
「熱いなくそっ! けど、すぐるのに比べりゃまだ弱火だ!」
美味しい晩ご飯と朝ご飯を食べ、温泉にも浸かって、気力体力共に充実した遠征兼旅行の二日目。
俺達パーティーは今日も『伊豆の迷宮』に入り、魔術系モンスターとの戦闘を繰り返していた。
一層のキラーフィッシュ、二層のウインドマンティス、そして三層の新たなモンスターである『ロックイーグル』。
そいつら全員を順々に狩って――現在、すでに俺達は四層に到達している。
「ったく、次から次へと吐いて大変だホーホゥ!」
「僕としては何か感慨深いものがあります……ねッ!」
俺達は全力回避しながら目の前で暴れるモンスターを見る。
『レッドアラクネ』。
淡い赤色の毛とメッシュのように生えた黒い毛に包まれた、タランチュラに似た一メートル級の蜘蛛だ。
モンスターとしてサイズは小さいが、すでに体の数倍以上の『高熱を帯びた赤い糸』を吐きまくっている。
水、風、土に続いて火。
これで一層~四層だけで『四大元素』が揃ったわけだ。
そしてお気づきかもしれないが、コイツはすぐるの装備『レッドアラクネの糸ローブ』の素材である。
火の魔力強化&火耐性アップの効果を持つ、淡い赤色の品がある糸製のローブだ。
「にゃろう! ちょこまか動いてそこら中が糸まみれじゃないか!」
これが初戦となるレッドアラクネの戦法は、逃げ回りながらひたすら糸を吐くというものだった。
幸い粘着性がないのは助かるが、本気で熱い(二百度以上はある)糸は厄介極まりない。
柔軟性がありつつ糸自体に硬さもあり、吐き出された糸は槍のごとし。
しかもその上、速度重視で丸めて『弾丸状』にしたり、威力重視で『錐状』にしたり……。
まさに変幻自在。
動きの素早さも相まって、単純な強さではそこまで脅威でなくても、戦いづらさは群を抜いて過去一番だ。
現状、俺達パーティーで最速を誇る、すぐるの『三本の火矢』しか当たっていない。
多くのモンスターを倒して経験値を得て、身体能力はとうにトップアスリートを超えているのに……全然捉えられないぞ。
「くっ、僕の【火魔術】も火属性の相手では効果が低いですし……!」
「バタロー! こうなったらアレを使うしかないぞホーホゥ!」
「……だな。戦闘経験を積むためにできれば使いたくなかったけど――『ブルルルゥウウッ』!」
瞬間、俺のノドから『闘牛の威嚇』が放たれる。
敵をビビらせて動きを止める、ある程度の格下にのみ通用する技だ。
で、レッドアラクネに対してはというと――よし、効いているぞ!
赤と黒の毛に覆われた体と八本の足。それら全てを震わせて、地面に張り付いたように動きを止めていた。
「やっと静まったか。大量に糸を吐いて気温を上げやがって……。こちとら全身鎧の重戦士で暑さには弱いんだよ!」
コイツ相手に戦闘が長引くのはマズイ。
ただでさえ狭い迷宮が、糸まみれの『高温サウナ状態』になってしまう。
俺は叫んだ直後、立て続けに「熱中症になるわ!」と怒りをブチまけながら。
ドスンドスン! と凶悪な足音で突進、剛腕からのラリアットを決める。
パワー系モンスターと比べて、小さくて耐久力が低いレッドアラクネは、数本の足がもげて小石のごとく軽々と吹き飛んでいく。
そうして壁に激突すれば、グシャァ! という効果音が聞こえそうなほど、ミンチのごとく潰れて絶命した。
「ホーホゥ。バタロー……」
「ちょっ先輩……」
うん、二人が言わんとしている事は分かる。
無駄にグロい光景を生むのはやめてくれ……という懇願と、
魔石まで潰しちゃってるじゃん! という注意だろう。
たしかに、重さ一つとっても絶望的なまでの階級差だったしな。
普通に右ストレート一発で事足りた決着だった。
「す、すまん。……ついムキになってしまいました」
パーティーのリーダーとしてこれは失態だな。
怒りと力と【スキル】に任せたちょっとした暴走。
もう新米探索者でもあるまいし、反省が必要な恥ずべき行動だろう。
熟練の強者なら……こういうミスはまずないと聞く。
あの『ハリネズミの探索者』こと白根さんとか、自衛隊の特殊部隊の『DRT』(迷宮救助部隊)とか。
俺より経験が長くて格上と思われる人達は、その強大すぎる力を抑えて、必要最低限の力で仕留めるらしい。
「ちょっと最近、知らない内に緩んでたかもな」
俺は一度、兜を脱ぐと両手で頬を叩いて気合いを入れ直す。
実は今回の遠征兼旅行を終えて東京に帰ったら、そろそろ新たな段階に入ろうと考えていた。
現在、活動ベースの『上野の迷宮』は四層まで到達、アイスビートルを相手にしている。
今のままでも稼ぎは十分すぎるほど。
それでも探索者だからか、あるいは男だからか。
欲が出てきてもっと下層へ、迷宮を『攻略』したいと思い始めていたのだ。
親との約束、なるべくリスクを冒さない探索に反するとしても、やる。
すでに相談したズク坊とすぐるも食い気味で、
「当然だホーホゥ!」「もちろんです!」と賛同してくれたしな。
まだ見ぬ竜種をはじめ、ベヒモスにヴァンパイアにデーモンなどなど――。
たとえ恐ろしくても、これが『ロマン』というやつだ。
「というわけで、上を目指してがむしゃらに頑張りますか!」
◆
そうして二日目の探索を終えた俺達は、『伊豆の迷宮』がある高原の近く、少し下りた場所にある探索者ギルドへ。
横浜や上野と比べると小さいが、ギルド内部は全国共通。
これまたキレイな受付嬢のいるカウンターに、今日の成果である素材を運ぶ。
「お疲れ様でした。本日の狩りはどうでしたか?」
「ぼちぼちですね。四大元素はコンプリートできました」
慣れた感じで話しつつ、俺とすぐるはマジックバッグから素材をドバドバと取り出す。
その量を見て、もう一つあるカウンターのヒマそうな受付嬢さんも加わり、せっせとモンスター別に分けながら二人で奥へと消えていく。
それから五分と少し。持ってきたお金は合計、五十万弱となった。
いつも通りに六・四で分けて、俺達――特に俺はやたら愛想良くしてギルドを後にする。
なぜかって? そりゃもちろん『伊豆の迷宮』がいいところだからだ。
他の魔術系モンスター(範囲魔術を使うヤツとか)も倒したいし…………いやすいません、白状します。
一番は新鮮な魚介類をまた食べたいからですハイ。
とにかく、理由はどうあれ三ヶ月に一回くらいは来てもいいかな。
その内、もっと遠くにある全国各地の迷宮に足を運んでみてもいいだろう。
「……さてと。迷宮パートは終わったから、今日も温泉と料理を楽しみますか!」




