三十三話 食問題に差す光
ちょっと短めです。
「ふ、フフフフフ……!」
キラーフィッシュとウインドマンティスら魔術系モンスターを倒しまくり、しっかりと働いた後。
伊豆の探索者ギルドで素材を換金した俺達は、
三時過ぎには宿となる旅館にチェックイン、早くも部屋で浴衣になってくつろいでいた。
「何つう不敵な笑いだバタロー……。ホーホゥ。楽しみなのは分かるけど狂気が混じってるぞ」
「……先輩、まるで実験体を前にしたマッドサイエンティストのようです」
と、俺を見て失礼な発言をするズク坊とすぐる。
まあ……そんな事はいい。
俺は今、猛烈に楽しみすぎて血沸き肉躍っているからだ。
え? 温泉? もちろんそれも楽しみだし、俺はそもそも風呂は好きだからな。
だが違う!
窓際で海の景色を楽しんでいるズク坊と、畳でゴロゴロしているすぐるを横目に、
たった一人、座イスに鎮座した俺が楽しみにしているものとは――。
「まさかの驚愕の真実! 今回の遠征で『海の幸』を食いまくるぞ!」
俺はじゅるりとヨダレを飲み込み、今晩の食事に想いを馳せる。
伊豆といったら新鮮なお魚。釣りたてで活きのいい魚が食べられるだろう。
え? 【モーモーパワー】の影響でお前は牛肉しか食べられないだろって?
――そう、俺もついこの間までそう思っていた。
末代までの呪いかのごとく、俺が死ぬまで抱える運命の『食問題』。
肉は牛肉だけ、飲みものは牛の乳系のものしか摂取できず、もし飲み食いしようものなら極度の不調が体を襲う。
実際、一度寝ぼけて水を飲んでしまい、即座に激しい目まい&頭痛&高熱にうなされた経験があるのだが……、
「ホーホゥ。『肉』と『身』で違うとはな。それとも海の生物だからセーフだったのか?」
「先輩がついうっかり食べた時はヒヤリとしましたけど……。魚介類が大丈夫とは盲点でしたね」
お久しぶりの食問題についての衝撃の事実。
ズク坊とすぐるも『あの出来事』を思い出して口々に感想を言う。
事はつい三日前――家での晩ご飯の時に起きた。
迷宮帰り、その日はズク坊とすぐるを重点的に鍛えて二人は疲労困憊だったので、
俺のマンションに先に帰して、俺一人で買い物のためにスーパーへ行き、
「今日は簡単に済ませるか」と、惣菜(揚げ物系)とサラダとレトルトご飯を買って帰り、
腹を空かせて待っていた二人と「いただきます!」と食べた時。
いの一番に気づいたズク坊が一言。
「おいバタロー!? 今食ってるのって『アジフライ』じゃないかホーホゥ!」
そう言われて、俺は瞬時にハッとして青ざめてしまった。
肉は牛肉だけ、つまり魚の肉も食べてはならないのだ。
指摘されても時すでに遅し。
すでにアジフライを飲み込んでいたし、その前には真っ先にイカフライを食べていた。
……終わった。そう思って襲い来る不調に備え、寝室のベッドに飛び込んだのだが…………。
来ない。いつまで経ってもあの極度の不調が来やしないのだ。
視界も頭も腹具合も、全てがすこぶる快調だったのである。
そこで、戦々恐々と俺を見ていたズク坊とすぐるを交えて、どういう事かと緊急会議を開いた結果。
魚介類の肉、いや『身』ならセーフだという結論に至ったのだ。
「その後もきちんと実験したからな。海の幸なら奇跡のオールOKだッ!」
「ホーホゥ。だからってあんな早技で伊豆の遠征を決めるとは思わなかったぞ」
「まあ数か月ぶりの魚介類ですからね。同じ日本人として先輩の気持ちも分かるような気がします」
俺の一存(わがまま?)で今回の遠征(旅行?)を決めてしまったが、二人も楽しそうなのでよしとしよう。
費用は全て俺が負担するし、そもそも初日の探索でもう宿代とガソリン代を稼げたしな。
誰の懐も痛まないので、思いきり羽を伸ばすとしますか!
◆
その後、部屋で少し休憩をしてから俺とすぐるは大浴場で汗を流した。
ペット可といえど、さすがにズク坊は入れないので留守番だ。
それでも部屋から見える、夕日が沈むオレンジの海を気に入ったのか、ご機嫌で風呂上がりの俺達を出迎えてくれる。
そして、しばらくの間は皆で持ってきたボードゲームで遊んで過ごせば――一番のお楽しみがやってきた。
「やっほーい! 新鮮なお魚パラダイスだい!」
「せ、先輩。まだ並び終っていないので落ちついてください」
「ホーホゥ!」
部屋に運ばれてくる彩り豊かな食事の数々を前にして。
テンションが上がりすぎた俺はすぐるに注意を受け、右肩のズク坊にもファバサァ! と注意のビンタをもらってしまう。
……いかんいかん、反省せねば。
久しぶりの本格的な海鮮料理が楽しみすぎて、ついタガが外れてしまったか。
明日も食べられるし、明後日は帰る前に下田まで行って『キンメのしゃぶしゃぶ』を食べる予定だしな。
食問題に差した光。
これが最後の魚介類ではないのだし、落ちついていただくとしよう。
「「いただきます!」」
料理を運んでくれた仲居さんが退出して、いざ食事開始。
残念ながらズク坊の分は用意していない(というかできない)ので、楽しみすぎる俺の分を食べるのは可哀そうだと、ズク坊はすぐるの左肩に移って分けてもらっていた。
一応、ズク坊用の高級缶詰を持ってきてはいるが……必要なさそうだな。
ちなみにそのズク坊、人前では喋らずに大人しくする一方、人間みたく会釈をしていたので、
『とんでもなく躾ができた天才ミミズク』だと、さっきの仲居さん含め、何人もの従業員さんに褒められていた。
その相棒、ではなく主人と思われている俺は、至福の笑みを浮かべて一言。
「素材を活かした料理の数々――いい腕してるな料理長!」




