三十二話 伊豆の迷宮
「いいねえ、これぞ迷宮って感じだな!」
迫りくる水の魔術、大きな口から放たれた水弾を俺は叩き弾き飛ばす。
そうして発動後の隙ができているキラーフィッシュに、右腕による『闘牛ラリアット』を叩き込んだ。
――これで五体目。
一層の浮遊ピラニアことキラーフィッシュを相手に、俺とすぐるが交代交代で倒していく。
待機している方が剥ぎ取りを行い、今回はすぐるが慣れた手つきで素材を剥ぎ取った。
いつもの魔石と、滋養強壮の薬の素となる『真っ赤な目玉』だ。
買い取り額としてはそんなに高くはないが……稼ぎのために『伊豆の迷宮』に来たわけじゃないしな。
より多いお金と経験値を得るなら『上野の迷宮』で十分。
俺達がここへ来たのは、何より新たな戦闘経験を積むためだった。
「ホーホゥ。もうパワー系モンスターとの肉弾戦は慣れっこだからな。スタイルの違う、魔術を使うモンスターとの戦い方を磨くってわけだ」
「ですねズク坊先輩。僕としても、魔術の撃ち合いで距離感を身につけるいい機会です」
と、いうわけである。
今のまま普通に探索をしていれば、俺もすぐるも年収が『億』に届くのは確実。
だからこそ余裕がある分、探索者として詰まない内に、どんな相手にも対処できるように戦闘経験に重きを置いたのだ。
「まあ、素材は無視してもいいけどもったいないからな。無駄にせず持ち帰っ――て、おいマジか!」
すぐるが自分のリュック型マジックバッグ(特定探索者になって貸与されたもの)に素材を収納するのを眺めつつ、俺はつい叫んでしまう。
……なぜなら、今回は重視していなかった要素の一つ、【スキル】の熟練度が上がっていたからだ。
戦闘終了後、こまめに【モーモーパワー】の状況を確認すべく、脳内に【スキル】表示の銀色の文字を浮かび上がらせるのだが……、
闘牛が一頭増えて十一頭目に。すなわち『十一牛力』に上がっていた。
「こりゃ幸先がいいな。キラーフィッシュで上がるとは予想外だ」
「ホーホゥ。どうやら今日までの貯金で上がる寸前だったみたいだな」
「ここ最近は僕も同じだけ狩っていたから……。やっぱり、同じ『一』でも差があるみたいですね先輩」
「ああ、これで確定だ。【火魔術】と【モーモーパワー】の熟練度。上がり方はかなり違うらしいな」
俺とすぐるは薄々気づいていた事を話し合う。
【モーモーパワー】の牛力と【火魔術】のレベル。
牛力が一上がるのとレベルが1上がるのでは、レベルの方が必要な経験値が『圧倒的に多い』。
たった今、俺の【モーモーパワー】は十牛力から十一牛力となった。
もし同じだけの経験値が必要なら? 先に熟練度の低いレベル4の【火魔術】がレベル5に上がるはずだ。
「でも、冷静に考えれば当たり前か。【火魔術】はレベルが1上がれば新たな魔術を覚えて、一牛力上がるよりも強くなるからな」
「加えて先輩のは限界レべル、じゃなくて『限界頭数』がないですからね。熟練度がある普通の【スキル】の場合、『レベル10』が天井です」
「つまり、必然的に一つあたりの重みが異なってくる、か」
とはいえ、一牛力でも詰み重なったらヤバイのは実感している。
何頭、何十頭もの闘牛の力が俺の体一つに集約した時、その強さはモンスターよりモンスターですよ。
「ホーホゥ。おいバタローにすぐる。ややこしい話はいいから先に進むぞー」
と、ここでズク坊に急かされて俺達は一層を奥へと進む。
事前に上野の探索者ギルドにて、ここのマップを印刷した紙をもらっていたので、道順を覚える必要がないから楽チンだ。
明るくて狭い通路で次々と現れるキラーフィッシュを倒し、王者の行進のごとく進んでいく。
「心配したのが無駄だったくらい戦えてるな。……よし、このまま二層に下りてみるか」
「ホーホゥ。賛成だぞ」
「はい。僕もそれがいいと思います」
ズク坊とすぐるも納得したので、俺達は二層に下りる事にする。
予定ではもっとじっくり一層一層をやる予定だったが……対魔術に苦戦は見られないからな。
今日(金曜)で一、二層を、明日(土曜)で三、四層まで潜るという根本の予定の方は変えずに、今日この後はひたすら二層で探索といこう。
そうと決めたら最短ルートで二層に下りる階段へ。
合計十四体のキラーフィッシュを退けて、俺達は次なる魔術系モンスターを目指す。
……よし、これでやっと俺だけビショ濡れ状態から解放されるぞ!
◆
「速いなオイ……!?」
『伊豆の迷宮』一層が『水』なら、二層は『風』だった。
振り抜かれる二本の大鎌。
そこから発生した魔術、三日月状の風刃が重なり合って襲い来る。
ガキィン! と耳をつんざく金属音が鳴り、『ミスリル合金の鎧』と風刃で激しい火花が飛び散った。
二層の出現モンスター――『ウインドマンティス』。
昆虫型で蟷螂のマンティスの亜種で、日本刀も顔負けな大鎌を持つ二メートル級のモンスターだ。
威力も速度もキラーフィッシュの水弾より上で、新米にとっては油断できない相手だが……、
俺は平然と直進し、風刃を避けながらジリジリと間合いを詰めて接近していく。
安全に狩るなら『闘牛の威嚇』で動きを止めてから接近するべきだろう。
二刀流から繰り出される風の刃は、別に放置していいものではない。
が、しかし。
何度も言うが今回の目的は戦闘経験を積む。この一点だけである。
「オーガの【威圧弾】レベルなら問答無用でガードするけど……。これくらいなら回避訓練にちょうどいい!」
俺は重戦士に似合わずズシンズシン! と、たまに避け損ないつつも回避に専念しながら叫ぶ。
オーガの【威圧弾】。
それは初めて戦った時、運悪く『スキル持ち』だったボスのオーガが使ってきたアレだ。
いきなり咆哮したと思ったら、目に見えない衝撃が襲って、鎧越しでもダメージを受けたあげく兜を吹っ飛ばされた技。
後で調べたら【威圧弾】と言うらしく、防具をすり抜ける性質を持つ、かなり特殊で凶悪なものだったらしい。
で、そんなボスの【スキル】と比べたら、ウインドマンティスなどまだまだである。
軽く人間の胴体ならスパッと切断できるだろうし、俺のタフさでも生身だったら斬られるだろうが……、
自慢の二百二十万、『ミスリル合金の鎧』の前には弾かれるだけだった。
「速度は申し分ないけどな。火力不足だ出直してこい!」
なんて言い放ち、俺は切り札の『猛牛タックル』でウインドマンティスを仕留めた。
オーバーキルゆえ素材の大鎌は傷つけないように、下腹部あたりに突っ込んでのご臨終だ。
「ホーホゥ。蟷螂程度じゃバタローの足止めにもならないな」
「さすがは先輩です。……というか、今思ったんですけど先輩って苦戦した経験ってあるんですかね?」
「あるにはあるぞ。ホーホゥ。『衝撃吸収』のギロチンクラブとの初戦、【過剰燃焼】を習得する前に少しだけな。……懐かしい記憶だぞ」
「へえ、そうだったんですか。敵なしの先輩にもそういう経験があったんですね」
と、そんな二人の話を耳に入れながら、俺はウインドマンティスの剥ぎ取りをする。
魔石と大鎌二つをマジックバッグに収納して、残った死体はマナーとして端に寄せておく。
……まあ、この迷宮は人が少なそうだから放置でもいいが一応な。
一流の探索者とパーティーっていうのは、総じて細かい部分もきちんとしている事が多いのだ。
「さて、行くか。今度はすぐるの番――ズク坊、また索敵を頼む!」