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三十一話 遠征してみる

「ぶっ飛ばせ、すぐる! 風を切ってもっとぶっ飛ばすんだホーホゥ!」


 月曜から木曜まで二~四層で探索し、みっちり鍛えながらお金も稼いだ四日間。


 そうして迎えた休日前の金曜日。

 俺達は五層――には下りずに、ちょっと思い切って足を延ばしてみる事にした。


「いやあのズク坊先輩……。一応、高速にも法定速度はありますので」


 ハンドルを握り、『運転中』のすぐるが困り顔で言う。


 現在、俺達パーティーはすぐるの車で高速道路を走っている。

 至って普通の白の軽自動車。それで自宅まで迎えに来てもらい、高速に乗って都内から『静岡方面』に向かって走っていたのだ。


 で、さっきのうるさい声は、初めて車に乗って興奮したズク坊のものである。


 まるでアトラクションにでも乗ったみたいなハイテンションで、運転中のすぐるの左肩に止まって頬をファバサァ! と叩いていた。


「はいはい。ほら事故ったらどうするんだ。大人しく景色を眺めてなさいズク坊」


 ズク坊の雪のように白い体をわしっと掴み、助手席に座る俺のヒザ上に強制移動させる。


 それでも不満げなズク坊に対して、俺が人差し指でちょいちょい、と額を撫でてやれば……、

 機嫌良く「ホーホゥ~♪」と鳴いて、不満で細めていた目を静かに閉じてしまう。


 ……フッ、チョロいな我が相棒よ。

 そんなペットらしく可愛さ満点なズク坊に、持参した好物の手作りバナナシェイク(零れないように底の深い小皿で)をあげれば――はい、完全に大人しくなりましたとさ。


「にしても力が強くなったよな。特訓の成果が出てる証拠か」


 実はここ二日ほど、二度目となるズク坊の特訓も行っていた。


 一度目は『横浜の迷宮』一層のパンクリザードで。

 今回は『上野の迷宮』一層のミノタウルスで。


 階層で言うと、一気に二・五階層分も上がっている。

 なので、俺とすぐるで倒さないよう慎重に削り、ズク坊に剥ぎ取り用ナイフを持たせて心臓を一突き、トドメを刺させていた。


 身体能力と共に、武器である爪も強靭になってはいても、さすがにまだ厳しいからな。


「フッフッフ、前は大型犬を倒せる程度だったけど……。今じゃライオンだって倒せるぞホーホゥ!」

「ですねズク坊先輩。だからその力で運転の妨害はやめてくださいね」


 などと何だかんだ楽しく喋りつつ。

 各サービスエリアに寄って有名なグルメを買いながら車を走らせていく。


 熱海まで来たところで静岡方面から方向転換、俺達一行は南下して『伊豆方面』へと向かう。


 え? 何でわざわざ伊豆を目指すのかって?

 それはまあ……お金もあるわけだし、気分転換も兼ねてだな。


 ついこの前、金銭感覚が狂わないように決意するも、これくらいはいいだろう。


 二泊三日でペット可の旅館で日頃の疲れを癒す旅――。

 加えて、『他の超重要な案件』があるが、それは今は置いておこう。


 そもそも完全な休日ではないしな。

 温泉とかの癒しの旅は日が沈んでからの話で、あくまで日中は今まで通りだ。


 そんなこんなで、車内での長旅を経て。


 目的の場所の駐車場に到着した俺達は、意気揚々と車を降りた。


 ◆


「――ほほう。これが『伊豆の迷宮』か」


 都会の喧騒を離れた自然溢れる場所、伊豆半島の東伊豆に位置する迷宮前にて。

 車の後ろに置いていたマジックバッグから『ミスリル合金の鎧』を取り出して、ババッと纏った俺は兜越しに澄んだ空気を堪能する。


「ホーホゥ。単純だけど面白い出入り口だな」

「シンプルイズベスト、って感じですかね?」


 ズク坊は『追い風のスカーフ』を、すぐるは『レッドアラクネの糸ローブ』を装備して準備万端だ。


 その二人と見る『伊豆の迷宮』の出入り口は、岩でも木でも何でもなかった。


 眺めのいい高原の中にぽつんと、ただ地下へと続く階段の穴があるだけ。

 迷宮の出入り口と思うどころか、見落としてしまいそうなほど地味な感じだ。


 まあ、そんな地上とは違って地下の方――出現モンスターは『特殊で派手』だけどな。


「んじゃ、入るとするか」


 重戦士と魔術師、さらには猛獣レベルに達した索敵担当のミミズクの少数精鋭パーティーで入っていく。


 いつもより長く細い階段を下りれば、『伊豆の迷宮』の姿が目に飛び込んできた。


 ……明るい、明るすぎる。

 壁一面が発光し、聞いていた以上に遠くまで視界が確保されている。


 すぐるの【魔術武装】による火ダルマな光源どころか、ヘッドライトさえ必要ないほどだ。


「こりゃ地上とほぼ変わらないな」

「ホーホゥ。でもバタロー、迷宮内は狭くて圧迫感があるぞ」

「だな。これは……すぐるよ」

「はい。僕の【火魔術】の使い方は気をつけないといけません」


 幅と高さはおよそ四メートル。

 明るさはある反面、今までで一番狭い迷宮のため、すぐるの炎に巻き込まれないように注意する必要があるな。


 そう思って歩を進めた時――バッシャアン! と。


「あ、いきなりモン」まで言ったズク坊のセリフをかき消して、先頭の俺に何かが直撃した。


「ぷげぇッ!? ……くっそ、物陰からとか質が悪いな!」


 ほとんどノーダメージではあるものの、俺は『ビショ濡れ』になった鎧姿で前方を睨む。


 並の人間なら普通に重傷な重い一撃を放った犯人は、ただでさえ狭い迷宮内にある大きな岩の陰からぬるっと現れる。


 水中と同じように宙を泳ぎ、苛烈な『水弾』を放ったそいつ。

 名を『キラーフィッシュ』。

 二メートル近い灰色の魚で、真っ赤な目玉が特徴的な、一目で獰猛と分かるピラニアに似たモンスターだ。


「わ、悪いバタロー! いきなりすぎて油断しちゃったぞホーホゥ!」

「大丈夫ですか先輩!?」


 俺がキラーフィッシュの攻撃をモロに受けて、うろたえるズク坊とすぐる。


 そんな二人に「大丈夫だ」と、敵を視界に捉えたまま手でOKサインを出して伝える。


 ……さて、洗礼も受けた事だしやるか。

 俺が走り出すと同時、キラーフィッシュは二発目の水弾、『魔術攻撃』を仕掛けてくる。


 単純な強さではミノタウルスよりも少し弱い。

 ただ、見ての通り単純な肉弾戦ではないので、むしろコイツの方が手強い相手だ。


 牛の重戦士VS魚の魔術師(?)。間合いの広さは過去最大級に差があった。


 というわけで二度目のバッシャアン!

 しかし、今度は全身で受けるわけもなく、一メートル大の水弾を『闘牛ラリアット』で迎え撃った。


 その結果、水弾が飛び散ってまたビショ濡れになるのは仕方ない。


 俺は水も滴る十牛力・八トンの体を止めもせず、確実に距離を詰めながら、ニヤリと笑って腹の底から叫ぶ。


「楽しみだ『伊豆の迷宮』! いざ魔術系モンスターの巣窟を探索だ!」

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