三十話 初物づくし
ささやかながら三十話到達です。
本日二話目となります。
「聞いてはいたけど……ちょっと寒いな」
週末の休みが明けた月曜日。
俺達パーティーは『上野の迷宮』四層に初めて足を踏み入れた。
いつもと同じ景色が広がる中、ジャグンジャグンと音が鳴る。
足元に茂る霜が降りた雑草が、俺の『推定八トン』の体重で潰されていく音だ。
「ホーホゥ。たしかに寒いぞ。まだすぐるがいるからマシだけど」
「ですね。まさかこんな形で【魔術武装】が役立つとは」
ズク坊と『火ダルマモード』のすぐるが少し嫌そうに答える。
実はこの四層、空の三層に続いて少し特殊な階層だった。
ここだけ気温が低く、おそらく体感的に十度は下回っていると思う。
季節はまだ春。迷宮は地下にあるから地上よりは気温が低いものの、この四層だけ特別寒いのだ。
「まあ、その原因は分かってるんだけどな」
防寒性の欠片もない『ミスリル合金の鎧』も相まって、寒さが堪える俺と右肩に止まるズク坊は、すぐるの炎で温まりつつ進む。
そうして寒い階層を二分も歩けば、その原因が姿を現した。
「ホーホゥ。出やがったな! このクソ迷惑な『アイスビートル』め!」
巨大な通路を通せん坊するように、ド真ん中にいたそいつにズク坊が叫ぶ。
過去最大級、オーガを超える体長四メートル、体高二メートルの巨体。
立派な角も足も外骨格も、全てが名前通りに『氷』でできている。
この迷宮では初のゲーム世界以外のモンスターだ。
そして、探索者生活初の『昆虫型』&『飛行型』のモンスターだった。
「こいつが寒さの原因――二人共、手筈通りにいくぞ」
「了解だぞホーホゥ!」
「はい先輩!」
俺の言葉に威勢よく返事をして、早速行動に移るズク坊とすぐる。
ズク坊は一番後ろで【気配遮断】をしての『低空飛行』だ。
相手は初めての飛行型。十メートル近い天井付近をいつもみたいに飛んでしまうと、狙われた時に助けに行けない。
逆にすぐるはいつも通り後方に位置している。
火ダルマモードで周囲を熱し空気を揺らめかせ、いつでも援護できる態勢を取っていた。
「――というわけで、俺達パーティーと殺り合おうかアイスビートル!」
氷の彫刻みたいな巨大カブトムシと相対し、俺は真正面から見上げて睨む。
ボスのオーガと比べれば少し弱いとされるが……油断はできない。
純粋なパワーはオーガより上だし、そもそも昆虫型のモンスターは強いというのが常識だ。
人、獣、昆虫。この中で同じ大きさだった場合、頭一つ抜けて強いのが昆虫である。
だから俺は集中して構えて――先手必勝。
『ブルルルゥウウ!』と『闘牛の威嚇』を一発、効けばいいやくらいの気持ちで使ってみた。
すると、ギギギギィ、と。
うめき声なのか何なのかよく分からない鳴き声を上げて、アイスビートルの氷の巨体が小刻みに震える。
……これはイケたか?
そう思った矢先、まさかの突進開始。
どうやらほんの一瞬効いただけで硬直を解除、すぐに抗って行動できたらしい。
「別にいいさ。最初からぶつかり合う気満々だしな!」
俺は巨体を揺らして突進してくるアイスビートルを正面から受け止める。
ズウン、と迷宮内を響かせて、数トン級の体同士がぶつかり合った。
その軍配は――『ミスリル合金の鎧』を纏った重戦士に。つまり俺の勝ちだ。
わずかに踏ん張った足が後退しただけ。
『体重差』からしっかりと受け止め、立派な氷の一本角を右脇に掴んでいる。
アイスビートルは俺をそのまま上空へブン投げようとするも、体重と腕力で押さえつけてそれを許さない。
戦闘というより綱引きにでも近い、パワー自慢同士の力くらべだ。
そうしている中で、俺の頭にふとある考えが浮かんできたので……口にしてみる。
「すぐる今だ! 横に回ってドテッ腹に撃ち込んじまえ!」
「え?」
俺の突然の提案に、すぐるは困惑の声を出してきた。
……そりゃそうか。いつも初モンスターとの戦闘は俺が全部やってきたしな。
事前の打ち合わせでもその流れだったわけだし……けど、思考は柔軟なのが一番だと思う。
「【火魔術】をお見舞いしてやれ! 俺が全力で押さえておくから!」
「し、しかし記念すべき初撃破はリーダーである先輩が……」
「構わん! たまには譲るッ!」
「は、はい! では僕がやらせてもらいます!」
すぐるは了承すると、火ダルマモードのまま慌てて右手を突き出して発動の形をとる。
大丈夫、ウチの魔術師なら問題ないはずだ。
相性的にも火と氷で、固い外骨格を熱し貫いてくれるだろう。
「『炎熱槍』!」
魔術名を叫ぶと同時、火ダルマから分離するように炎の槍が射出された。
覚えたての頃と比べて格段に強化された槍。
重力にも空気抵抗にも負けず、真っすぐに勢いを落とさずアイスビートルの右脇を狙う。
ボコォオン! と直撃からの爆音が響き渡る。
氷を溶かしたからか、凄まじい量の水蒸気が着弾点から一気に吹き上がった。
「これでどうだアイスビート――ッ!?」
水蒸気が徐々に消え去り、攻防の結末が見えてきたところですぐるの声が乱れる。
理由は簡単だ。
ガラ空きの脇腹に放った『炎熱槍』が、アイスビートルの氷の外骨格を貫いていなかったからだ。
ヒビこそ入っているものの、そのヒビもそこまで深くなく、到底破壊には及んでいない。
「相性はいいはずなのに……耐えるのかよお前」
「さすがは虫の王様か? もはや氷の硬さじゃないぞホーホゥ!」
俺とズク坊は驚きの声で感想を言う。
まあ、パワー系の頑強な昆虫型だから分からないでもないが……ならば!
「よし、すぐる。今度はさらに上、『レベル4』の魔術を見せてやれ!」
「……はい。全力でやらせてもらいます」
確実に強くなっている魔術師すぐるは、今の攻防でプライドを傷つけられたのだろう。
さっきとは違って静かな闘志を秘めて、新たに覚えた【火魔術】を発動する。
「次はもっと熱いよ。――『火炎爆撃』!」
瞬間。火ダルマなすぐるの右手から、直径八十センチの球体状の炎の塊が撃ち出された。
大きさ自体は炎の槍の方が大きくても、赤ではなく『紅蓮色』に染まる、熱と魔力が籠った一撃だ。
『ミスリル合金の鎧』を纏った十牛力の俺でさえ、喰らえばダメージ必至の超絶【火魔術】。
それが空気を焦がしながら、再びアイスビートルのガラ空きの右脇腹に直撃すると――、
炎だけとは明らかに違う、鼓膜を震わす爆発的な轟音が響く。
次いでさっきよりも大規模な水蒸気が発生し、瞬く間に周囲を白い世界に変えてしまう。
その結果は、俺が真っ先に知る事になった。
アイスビートルの角を力比べで押さえつけていたので、反発する力が一気になくなって『仕留められた』と分かったのだ。
二度目の水蒸気が晴れれば、すぐるとズク坊も遅れて状況を理解する。
脇腹が砕けて熱で溶け落ち、氷の体は半分近く抉れていて――勝負ありだ。
◆
「一度見せてもらったけど、改めて見てもスゴイよな……」
「ホーホゥ。これぞ【火魔術】の真骨頂だな」
「何とか仕留められました。威力がある分、手持ちの中では一番遅いので……先輩が捕まえてくれていたおかげです」
戦闘終了後、すぐるは謙虚に礼を言うと、一度【魔術武装】を解いて体の炎を収める。
まあその代わり、きっと強敵アイスビートル撃破の経験値により、身体能力&魔力上昇で体は熱を帯びているだろう。
「よし、んじゃ昆虫採集を始めるか」
俺はいつものように剥ぎ取り……というか、死んで硬度が低くなった氷を砕いていく。
アイスビートルは体全体が氷のため、懐かしのパンクリザード同様、売れるものは魔石しかない。
とはいえ、この魔石も半分氷でできた特殊なものだ。なので、魔石だけなら全モンスターの中でもトップクラスの価値がある。
それをマジックバッグに収納して、俺達は凍った雑草の上を再び進み始めた。
一体倒したところで寒さが緩和するはずもなく、息を白くして奥を目指す。
その途中、俺達は迷宮探索で初めてモンスター以外の素材を得た。
氷系モンスターが出現する階層に咲く『氷結花』。
直接、熱を当てない限り溶けないという、ガラス細工みたいな半透明の美しい花だ。
「お、しかも結構、咲いてるな。採取して小金稼ぎでもするか」
俺達は取りすぎないよう注意しつつ、迷宮内ではとても似合わない花摘みをする。
あ、もちろんその後はアイスビートルを狩りまくったぞ?
俺とすぐるで交互に倒して、俺が寒さに耐えられなくなったところで帰還した。
――結局、その日の成果は四層だけでも百万円近く。
道中のガーゴイルとオーガの分も含めれば約『百四十万円』と、またも最高記録を更新した。
「うむむ、大金を稼げるのは嬉しいけど……。金銭感覚が狂わないように気をつけねば」