二十九話 すぐるの活動報告
主人公視点ではありません。
短めです。
「本当に生まれ変わったみたいだなあ……」
僕の名前は木本すぐる。
高校時代の先輩である友葉太郎さんと、ミミズクのズク坊先輩と一緒にパーティーを組んでいる探索者だ。
探索者歴は四ヶ月弱。高校を卒業して二年の社会人経験(ブラックな社畜経験とも言う)と、一年の充電期間(ニート生活とも言う)を経て今に至っている。
「貯金もできたし時間もあるし、ウソみたいに日々が充実しているよなあ」
『横浜の迷宮』三層で、天敵スチールベア相手に死にかけた時はどうなるかと思ったけど……、
先輩と出会い、パーティーを組んでからは本当に人生が好転していると思う。
現在は週五回で一日約四時間、『上野の迷宮』で探索をしている。
週末はきちんと休みを取って、無理をせずに余裕を持ったスケジュールだ。
このスケジュールはズク坊先輩が決めたもの。社会人時代の上司による鬼スケジュールとは雲泥の差があった。
ちなみに、休みの日もほとんど先輩達と学生みたいに遊んでいる。
川崎にある僕の自宅からいつも遊びにいかせてもらっているのだ。
最初こそ必死で先輩に追いつくべく、一人で『横浜の迷宮』に潜っていたけど、僕の【火魔術】が『レベル3』に上がった時、
「もう足手まといどころか立派な戦力だ!」とのお言葉を先輩にもらってからは、心に余裕ができてきちんと休みを取っていた。
「そして『レベル4』になって……ようやく僕も『特定探索者』になれたんだ」
そう、ついこの間、僕も先輩と同じく特定探索者になったのだ。
上野の探索者ギルドに実力を認められて、これからは支援を受けられるから先輩の負担も減るだろう。
先輩に魔力回復薬は必要ないのに、僕のためにわざわざ支給してもらうのは悪いしね。
あと、肝心の戦闘面でも負担を減らせられたらと思う。
僕は魔術師らしく後方からの援護射撃が基本だけど、【魔術武装】で炎を纏えば先輩の隣で前衛もこなせるかもしれない。
まあ、先輩も新たに『闘牛の威嚇』を覚えたし、切り札の【過剰燃焼】もあるから、よほどの敵でもない限り大丈夫だけどね。
基本の【モーモーパワー】だけでも、発動すれば踏み込み一つで地面が数センチ沈むのは圧巻の光景だ。
……うん。次に進む四層でも相変わらずの無双っぷりを披露すると思う。
探索者にランク制度みたいなものはないから分かりづらいけど、
すでに先輩は平均以上。低く見積もっても『上の下クラス』の探索者なのは間違いない。
「さて、早く戻らないと。腹を空かせたズク坊先輩に怒られちゃうよ」
今日は探索がお休みの土曜日。
買い揃えたテレビゲームを午前中から皆で楽しんだ後、夕陽を背にした僕はスーパーの袋を片手に先輩のマンションに向かって歩く。
後輩の義務(?)の買い出しだ。
一人暮らしの経験もあって、料理が得意な僕が作る『ビーフカツ』。
【モーモーパワー】で肉は牛肉しか食べられない先輩の、最近の大ヒットお気に入りメニューである。
サクッとした軽い食感の衣の下に、柔らかくジューシーで旨みが閉じ込められたレア気味のフィレ肉。
そこに市販のソースとケチャップ、煮詰めた少量の赤ワインを加えた特製デミグラスソースをかければできあがり、ってね。
『何だこれ美味いな! もはや店の味じゃないか!』
『俺の舌を大満足させるとは……。すぐるはキッチンでも魔術師だぞホーホゥ!』
これが以前、僕のビーフカツを食べた時の先輩とズク坊先輩のお言葉。
作ったものを褒められるのはすごく嬉しいけど、迷宮ではここまで褒められた事はないから……ちょっとだけ複雑だ。
「まあでも、美味しいものには勝てないからなあ。……僕も含めて」
だからぽっちゃり体型のままなんだよ! というどこからか聞こえたツッコミは多分、空耳だろう。
とはいえ、とりあえずメタボ水域のお腹周りからは脱せねば。
悲しいかな魔力消費とカロリー消費は全くの別物なので、もっと後衛でも動かないと。
そんな決意を新たに、僕は『レッドアラクネの糸ローブ』姿で道路沿いを歩く。
鎧タイプとは違って、ローブなら日常生活でもそんなにおかしくないしね。……だから断じて体型を隠すわけじゃありません。
――ちなみにこの時、僕は知らなかった。
『ミミズクの探索者』として有名な先輩とパーティーを組んで注目を集めたために。
【魔術武装】で燃え上がる僕の体型も相まって――『火ダルマの探索者』と呼ばれ始めている事に。
そうとは知らない僕は食欲旺盛、ぐーぐーとお腹を鳴らしながら、先輩の家の扉を開けて言う。
「ただいま戻りました。チャチャっと作ってご飯にしましょう!」
次の三十話の前に、登場人物の紹介と『食問題』の曖昧だったところについて書いたものを差し込む予定です。