二十八話 次のステージへ
「あれ? ……何だこれ?」
初めてのボスマラソンでパーティーを強化して、一日の休日を挟んだ次の日。
いつものように二層で探索を行うため、一層のミノタウルスを蹴散らして進んでいたところ――ある『違和感』に気づいた。
何となくノドの辺りに、意識を集中しないと分からないほどの、微かでモヤモヤした感覚が。
それに気づき、ノドをうんうん鳴らしたり唾を飲み込んだりしていたら……出た。
いや、別にタンとか食べカスとか汚い話ではなくて。
むしろ俺も驚きなのだが、
『ブルルルゥウ!』と。
びっくり仰天、結構強めにノドを鳴らした瞬間、『牛の鼻息』みたいなものが突然出たのだ。
「ホーホゥ? 急にモノマネってどうしたんだバタロー?」
「またリアルでしたね先輩。ずっと練習していたんですか?」
それに対して、天井付近を飛ぶズク坊と、新たな光源として活躍する火ダルマ……じゃなくてすぐるが聞いてくる。
「いやいや、別にモノマネをしたわけでは……?」
当の本人である俺も分からないので、答えが疑問形になってしまう。
どこの世界にヴウン! と強めにノドを鳴らそうとしたら、全然違う牛の鼻息が出るというのか。
加えて、出た音の違いもそうだが、そのボリュームの大きさで、自分で出しておきながら『威圧的』な感じすら覚えた。
……という困惑をズク坊とすぐるに隠さず伝えると、二人も一緒に考え込む。
「ホーホゥ。バタロー、今までそういうのあったっけ?」
「いやないな。ノドに違和感すら初めてだ」
「ちなみに先輩、今朝起きてからずっとですか?」
「それもないな。迷宮に入ってから気づいたくらいだし」
突然出た謎の牛の荒い鼻息(威嚇?)に、俺達は明確な答えを見い出せない。
とりあえず、【モーモーパワー】が関係しているのは元バカ大学生でも分かるが……。
今まで一度たりとも、こんな変な現象はなかったからな。
「何かこれまでと違いでもあるのか? 特別変な事はしてないと思うけど……」
深刻な問題ではないにしろ、どうも引っかかるので一層のド真ん中で緊急会議が開かれる。
そこであーだこーだ言って意見を出し合っていると、
まさかのミミズクであるズク坊が、一番有力っぽい説を唱えた。
「たしか一昨日のオーガ戦で『十牛力』に達したよな? ホーホゥ。二桁になって『新たな能力』でも得たんじゃないか?」
「あ……なるほど。その線はあるな」
「言われてみれば……たしかにです。僕の【火魔術】も『レベル5』になったら『大きな変化』がありますしね」
俺もすぐるもハッとして首を縦に振る。
ズク坊の言った『新たな能力』説。
今まではパワー・タフさ・体重の三点だけだったものが、十牛力に乗ったところで備わった可能性はある。
「鼻息との関係……よし、試してみる価値はありそうだな」
これ以上、ヒントなしで考えていても仕方ない。
とにもかくにも、謎の牛の鼻息の正体を突き止めるとしますか!
◆
『ブルルルゥウウッ!』
迷宮内に荒々しい牛の鼻息が響く。
明確に意識して、もう一度ノドを強く鳴らしてみた結果。
さっきよりも大音響な鼻息の音が、俺のノドから鳴り響いていた。
その騒々しさは大声で叫んだ時と同じくらいか?
妙な威圧感に関しては……例えるなら、にらめっこの距離で『ライオンの咆哮』を聞くのと遜色ないくらい怖いものがあるな。
そして、肝心の『新たな能力』説との関係ついては――、
「ま、マジか」
牛の鼻息一発出して、関係どころか『答え』が出ていた。
現在、俺は二層へと続く階段近くの一層奥にいて、目の前にはミノタウルスがいる。
……のだが、まだ五体満足で斧も持っているのに、ミノタウルスは仕掛けてこない。
なぜか。それはミノタウルスが『硬直』しているからだ。
多分、正確には金縛りか何かだろう。
俺の出した激しい牛の鼻息を聞いて、恐怖で動けなくなっているらしい。
というか、俺はさっきから牛の鼻息とか言っているが、どう聞いても怒り狂った『闘牛の鼻息』だよなこれ。
そもそも一牛力の計算も、あまりの威力からただの牛ではなく『闘牛』だ。
なので、こっちの鼻息も闘牛仕様なのは間違いない。
「『モンスターをビビらせて動けなくする技』……? ヘビに睨まれたカエル的なやつなのか」
「ホーホゥ。みたいだな。俺も多少の圧力は感じたけど平気だったぞ」
「僕もですね。対モンスターの専用技と考えるのが妥当かと」
ズク坊とすぐるも俺の考えに納得のようだ。
鼻息のレべルを超えた威嚇行為によって敵の動きを止める技。……うむ、だとしたら使えるな。
俺は動きの止まったミノタウルスをブン殴ってサクッと倒す。
そうして二層に下りて、ズク坊にガーゴイルを見つけてもらってまた試す事に。
ノドを鳴らして兜の下から、『ブルルルゥウウッ!』。
全力で威嚇すると、生物とは少し違う岩のモンスターでも同じ効果が確認できた。
「ガーゴイルにも通用するのか。これはしめしめ――って、その前にすぐるよ頼む」
「あ、はい!」
俺は火ダルマなすぐるに動きの止まったガーゴイル撃破を指示した。
すぐるはオーガは倒していたが、相性の問題からガーゴイルはまだ倒していなかったからな。
果たしてどうなるか?
そう思って見ていたら、唸りを上げた『炎熱槍』がガーゴイルの体を一発で貫いた。
おお……やりよるな。
『レッドアラクネの糸ローブ』の恩恵はもちろん、おそらく【魔術武装】による威力の底上げもあるのだろう。
ギリギリどころか少し余裕があるくらいに、文字通り圧倒的火力で岩を貫いていた。
「よし、こうなるとかなり捗りそうだな」
そこからはもう二人共『連発』だ。
俺がノドを鳴らして威嚇して、すぐるが炎の槍を射出する。
どれだけやれば気が済むのかというほど、硬直した敵をサクサクどんどん倒していく。
ツイているのか岩水玉も確率以上に現れ、計四個をマジックバッグへ。
百万以上の稼ぎを得たところで、空の三層に上がってボス部屋を目指す。
――その結果から言おう。
俺の闘牛の鼻息改め『闘牛の威嚇』は、オーガには通用しなかった。
一瞬、面食らうだけで、ビビって動きが止まる事はなかったのだ。
ボスだから無効なのかどうかはまだ判別できないが……、
おそらく、ある程度の『格下』モンスターでないと効果が薄いのだろう。
「まあ、ガーゴイル以下なら効くのは確定っぽいしな。十分にありがたい新能力だぞ」
前衛特化の重戦士に備わった、かなり使いやすい間接的な技。
十牛力に達したところで、俺は『次のステージ』に行ったのかもしれない。
「僕も頑張らないと。先輩とパーティーを組んでいるんだから足は引っ張れません!」
そう力強く言ったすぐるだが……実は、今になって自分も進化していると気づく。
【火魔術】が『レベル3』から『レベル4』へ。
いつのまにか熟練度が上がっていたらしく、今日のガーゴイル戦のどこかで上がったらしい。
「バカタレすぐる! ここは命懸けの戦場、きちんと力は把握しておくんだホーホゥ!」
火ダルマ状態を解いたすぐるに、ズク坊が先輩として注意して頬をファバサァ! と叩く。
対してすぐるはペコペコと頭を下げて、人間同士(上司と部下?)みたいに謝罪する。
ともあれ、これでパーティーの強化は順調だな。
本人によると『レベル5』に達すれば『大きな変化』が起きるらしいし、そうなればすぐるも次のステージに行けるだろう。
「何かさらにやる気が出てきたな。これからも探索者として――頑張っていきますか!」