二十七話 挑戦・ボスマラソン
「思ったよりもハードだな」
ズク坊とすぐるの装備を整えて、俺達はその足で『上野の迷宮』に潜っていた。
珍しく夕方を過ぎても地上に戻らず、長時間迷宮に潜っているのだが……、
「ホーホゥ。三十分の休憩を挟むと言っても、やっぱり『ボスマラソン』は大変だぞ」
「ですね。肉体もそうですけど特に精神面が疲れます」
そう、ボスマラソン。
俺達は今までの探索とは違い、二層のガーゴイルの素材集めをした後。
昨日会ったパーティーを真似て、四層には下りずにひたすら空の三層でボスを狩っていたのだ。
「まあ、オーガ自体は問題ないけどな。『スキル持ち』が出てこない限り【過剰燃焼】の出番もないし」
「ホーホゥ。結局あれ以来出てないな」
「初ボスで『スキル持ち』。あの時は運が悪かったですね」
と、なんやかんやでのん気に喋る俺達。
今はボス部屋で『五体目』のオーガを倒し、魔石と角の剥ぎ取りを終えたところだった。
リュック型のマジックバッグに収納し、扉を開けて三層に戻る。
一分と進まない場所に小部屋があり、そこで毎回、リポップするまで休憩を取るという流れだ。
ちなみに、今の戦闘で【モーモーパワー】が上がっていた。
その数『十牛力』。
これでついに二桁に届き――十頭分の闘牛の力を得られたぞ!
「んで、二人の方はここまでやってどんな感じだ?」
「僕は予想以上に調子がいいですね。さすがは百四十万円のローブ、値段に恥じぬ魔力強化の大きさです」
「待て待ていっ! 俺もすこぶる絶好調だぞホーホゥ!」
俺の問いに満面の笑みで答える二人。
たしかに俺も見ていたが、ズク坊もすぐるも装備の恩恵を受けている。
まずすぐるだ。
ここまでのオーガ戦では援護射撃をしてもらい、毎回強烈な【火魔術】を叩き込んでくれている。
この前は最速である『三本の火矢』の最後の一本しか当たらなかったが、
今では最初の一本以外、『二本』が命中して威力自体も上がっているから、戦闘はかなり優位となっていた。
一方、ズク坊はと言うと。
首に巻いたエメラルドグリーン色のキレイな布。『追い風のスカーフ』のおかげで飛行速度がかなり上がっている。
本人によると二倍にギリ届かないくらい。
それでも鳥だけあって元々の速度が普通に速いので、今のところはモンスターの攻撃が当たる心配は皆無だ。
また『闇夜のハンター』たるミミズクの特性上、速度は上がっても相変わらずの飛行音の静けさを保っていた。
……というかズク坊よ。心の中で一言だけ言わせてくれ。
せっかくスカーフを首に巻いたミミズクは可愛くて癒されるのに、
「フッハッハ! まるで天空の支配者だホーホゥ!」とか連呼しないでほしい。
まあ、とりあえずそれはさて置いて。
「すぐる、今度はお前が仕留めてみよう」
「え、僕がですか?」
「ああ、今のままでも経験は詰めるけど……。身体能力も魔力も【スキル】の熟練度も、トドメを刺さないと上がらないからな」
「たしかにそうですね。なら僕もやってみます!」
「その意気だ。んじゃ次は『高速レベルアップ作戦』でいくって事で」
相手がボスでオーガといえど、俺がある程度弱らせれば今のすぐるなら大丈夫だ。
もうソロ探索者ではなく探索者パーティー。
俺一人がどんどん強くなるより、すぐるも強くなった方が結果的にバランスのいい強いパーティーになるからな。
そうして予定が決まった俺達は、休憩して次のボス戦に備える。
持参したビーフジャーキーをつまみながら三十分が経った頃――他の探索者の挑戦もなかったので。
俺達パーティーは六回目となるボスマラソンを開始した。
◆
ドン、ドン、ドンと鈍い音が響く。
その合間にはグルォ……! といううめき声が交じり、三メートル超えの赤黒い筋肉ダルマ、オーガが後退する足音が響いた。
「――『炎熱槍』!」
蹴りで右足を、ラリアットで右腕を潰されたあげく、アゴへの強烈アッパーで脳が揺れてグロッキーなオーガに向けて。
『レッドアラクネの糸ローブ』で強化されたすぐるの炎の槍が、一直線に心臓部へと突き刺さった。
グォオオオ! と腹に響く重低音の悲鳴を上げるオーガ。
熱と痛みで雑草茂る地面を転がり回るも……まだ仕留めきれないか。
「すぐる、もう一発だ!」
「はい! 『炎熱槍』!」
熱と速度とサイズ以外にも、『連射速度』が上がったすぐるが二発目を撃つ。
それはうずくまった状態のオーガの脳天に直撃。自慢の角を破壊しながら串刺しのように貫いた。
「ホーホゥ。こりゃオーガといえど堪らないな」
と、無駄に超スピードで天井を飛び回っていたズク坊が俺の右肩に下りてくる。
つまりは討伐完了、もう安全というわけだ。
数トン級の衝撃がある俺の打撃から始まり、数千度にも達するだろうすぐるの炎を食らえば、さすがのオーガも耐えられなかった。
「どうだすぐる。自分の手で倒してみた感想は?」
「うーん正直、先輩の下準備があったので楽でしたね。片足だけでも潰れていれば僕一人でも何とかなりそうです。……あと今、倒した事での経験値で全身が熱いです」
「まあ、ミノタウルスから一気にオーガだからな。身体能力も魔力もかなり成長してるんだろう」
俺はすぐるの答えに満足して、先輩面でうむ、とうなずく。
そして、破壊された角は諦めて魔石だけを剥ぎ取るべく、鎧の腰に提げた剥ぎ取り用ナイフを抜こうとして……、
「んあッ!?」
「ホーホゥ? どうしたバタロ……あッ!」
「え、二人共急にどうしたんで……んああッ!」
俺達の驚き&情けない声の先。
そこにあったのは、『出たらいいな、でもどうせ出ないだろなー』と思っていたもの。
お久しぶりの【スキルボックス】だ。
オーガの無残な死体の上に、ボス部屋を照らす青く輝く光の六面体が浮かんでいた。
赤黒い巨体の上という状況だけあって……過去一番に美しく感じるな。
「出た、出やがったぞ!」
「迷宮のご褒美タイムに突入だホーホゥ!」
「……ごくり」
ボス戦の疲れはどこへやら、全員揃って【スキルボックス】のもとへ。
倒したすぐるを先頭にワクワク気分で凝視すると、あの銀色の文字が脳内に浮かんでくる。
【スキル:魔術武装】
『魔術を覚えている場合のみ習得可能。その魔術の属性を習得者の全身に纏う事ができる。【スキル】使用による習得者へのダメージはない』
「……まただな」
「まただぞホーホゥ」
「これはまた珍しい……レアなやつですね」
出たのは『また』も普通ではない【スキル】だった。
【魔術武装】。
存在自体は知っていたが、動画サイトで一度見た程度。
数ある【魔術系スキル】の中でも、かなり稀少でレアな内の一つだ。
これで【モーモーパワー】、【絶対嗅覚】、【過剰燃焼】に続く四つ目。
しかも、都合良く【魔術系スキル】ときたもんだ。
俺もズク坊も【スキル】枠は埋まっているから、習得できるのは魔術師のすぐるだけである。
「こう引きまくると運がいいで片づけていいのやら……。で、すぐるはどうするよ?」
「そうですね。僕は……ぜひ取ろうと思います」
「ホーホゥ。俺も賛成だな」
まあ、この状況で習得しないという手はないか。
例えば残る一枠に違う属性の魔術を入れて、二属性の『二刀流』な人もいるけど……。
【スキルボックス】は素材と違って持ち帰れないからな。
いつ出るかも分からないし、魔術師の前に【魔術系スキル】が出たらまず取るだろう。
というわけで、すぐるは青く輝く六面体に触れて光の粒子に変える。
幻想的な光景が広がり、それら粒子はすぐるの体内に吸い込まれていく。
「これですぐるも【スキル】枠が埋まったか」
「はい。では早速、使ってみます!」
明らかにウズウズした様子のすぐるは、いつもの右手を突き出す形は取らずに立つ。
そして、息を吐き目を閉じて、辺りに静かな空気が流れ始めた時。
ゴォオオオ! と。
予想よりも猛烈な炎が着火され、すぐるの全身を瞬く間に包んでしまう。
薄暗いボス部屋が、燃え盛る炎という光源で明るく照らされていく。
「おおお! こりゃたまげたぞホーホゥ!」
それを見たズク坊が右肩の上で翼を広げて驚く。
もちろん俺も同じ気持ちだ。
こんな火力の炎を人間が纏えば、単純にスゴイと思うと同時、大丈夫だと分かっていても心配になる。
念のため少し離れて立っているのに、肌にジリジリと届く炎の熱。
戦うモンスターの身になれば、もはや近づくだけで危険な存在だ。
……ただ、正直な感想として。
すぐるはぽっちゃり体型だから余計にこれは……。
「武装と言うか――『火ダルマ』じゃん!」




