二十四話 空(から)の三層
「本当にここはすっからかんだなー」
自分より格上の存在、『ハリネズミの探索者』こと白根さんと出会った翌日。
俺達パーティーは決意を新たに、『空の三層』へと足を踏み入れていた。
……って、いきなり空の三層とか言われても困るよな。
空の三層とは、読んで字のごとく『すっからかん』な三層の事だ。
普通、迷宮という非日常な空間には、数の差はあれどモンスターが我がもの顔で跋扈している。
しかし、ここ『上野の迷宮』三層は違う。
モンスターが一体たりとも存在せず、ただ雑草が茂る巨大空間となっているのだ。
「ホーホゥ。別名、休憩所って呼ばれるわけだな」
「僕達も二層で疲れたらお世話になっていますしね」
と言うように、特殊な階層の安全性をちゃっかり利用させてもらっている。
まあ、他の二層を突破できる探索者は皆同じだしな。
兵パーティーなんかだと、一々迷宮を出ずに三層でキャンプを張って過ごすほどだ。
「では、直行しましょうか。異議がある人はいませんか?」
「ホーホゥ。異議なしです先生」
「僕も同じくです先生」
「はい。では参りましょう」
モンスターゼロで全く緊張感がないため、なぜか始まった引率ごっこで俺達は進む。
一、二層と比べて若干、雑草が長くなって鬱蒼さが増すも、その程度はご愛敬だ。
探索者ギルドからの地図を片手に、順調に『散歩』する事、十分弱。
代わり映えのない薄暗い緑の世界に、久しぶりのアレが姿を現した。
「ボス部屋か。横浜の三層にあるケルベロス以来だな」
大自然感溢れる迷宮にある、幾何学模様が刻まれた精巧な造りの岩の扉。
ヘッドライトの光に照らされた、どう見ても人工物にしか見えないそれを見て俺は呟いた。
――実はこれこそ、空の三層、モンスターがいないすべての階層に共通する特徴である。
どの迷宮の三層にもボス部屋があるわけではない。
横浜と同じ階層だったのはただの偶然。
モンスターがいない空の階層には、その代わりなのか必ずボス部屋があるのだ。
……ちなみに、昨日出会った探索者の白根さん。
彼がメインに探索するという関西(大阪)にある迷宮、『堺の迷宮』をマンションに帰った後に調べてみたところ。
一層から最下層の十五層まで。
全階層が空の階層で『ボスのみ』という、極めて特殊な迷宮で探索していると判明した。
「だからあんなに強そうなのかね? 連続ボス撃破とかやりたくないぞ」
話によると普通の階層にいるボスよりも、空の階層のボスの方が強いらしいしな。
ここのボスも、二層のモンスターが横浜の四・五階層相当なら、普通は六・五階層相当くらいなのに、
一気に七・五階層相当と、ガーゴイルから数えたら『三階層』分も上がっている。
「――お、君達もボスに挑むのかい?」
と、ボス部屋の前で扉を開かず突っ立っていたら。
後ろからゾロゾロと、他の探索者パーティー六名が現れた。
「あ、はい。これから挑もうかと思っていまして」
「そうか。でも二人だけでは厳しくないか……ってミミズク? まさか君は『ミミズクの探索者』かい?」
「はい。恥ずかしながら近頃はそう呼ばれてます」
「何だ、だったら大丈夫そうだね。噂ではかなり強いと聞いているし、心配は無用だったか」
「いえ、ご忠告ありがとうございます」
俺は探索者パーティーのリーダーっぽい男の人と喋る。
同じ探索者、慣れ合う必要はないが迷宮内でもマナーは大事だしな。
そんな彼らのパーティーは、リーダーを含めた三人(男)が前衛っぽい装備、残る三人(女)がローブを着た、一目でバランスがいいと分かる構成だ。
また一人一人を観察してみても、全員すぐると同等以上の印象を受けた。
というか……それよりも!
この六人、男女三人とも無駄に美男美女すぎやしないか!?
「先にいたのは君達だ。私達の事は気にせずに挑んできてくれ」
何だこのリア充達は! と密かに憤慨していたら。
そんな俺が五割増しで醜く映るくらい、リーダーの男は爽やかに言ってきた。
「ぐえ、いいんですか?」
「ぐえ? ……もちろんさ。それが迷宮のルールだからね。中には誰も見ていないからと、ルール無視の迷惑な輩もいるけどね」
「そうよ、先輩探索者だからって遠慮はいらないわ。……それに私達、今日は『ボスマラソン』で八回も戦っているしね」
「あ、そうだったんですか」
ナイスガイなリーダーに続いて、ローブ姿の美女の一人が答えた。
気になって彼らの事を聞いてみると、朝早くから潜って倒しては、近くの小部屋で湧くまで休憩しているらしい。
たしかに、空の階層のボスのリポップは早いしな。
普通なら二時間くらいの間隔が、二十~三十分程度の待ち時間で済む。
「では早速入りましょうか先輩?」
「だな。それじゃ俺達は先にいかせてもらいます」
「油断せずに頑張ってくるんだぞ。その立派な鎧と噂通りの実力があれば大丈夫だ!」
親指を立てたリーダーの激励を受け取って、俺はズシンと一歩、岩の扉に手を触れる。
まあそういう事なので――遠慮なく挑ませてもらおう!
◆
扉を押し開けて俺達が中に入ると、すぐに迷宮の意志で勝手に扉が閉じていく。
だが、別に俺もズク坊もすぐるも驚かない。
部屋に入ってすぐに扉が閉まり、どちらかが死ぬまで開かない形式だ。
『横浜の迷宮』は初心者向けなので途中退場も強行突破もできたが、あれは本来スタンダードなボス部屋ではない。
だから本当の意味で、俺達全員にとって初めてのボス戦だった。
「――で、抜群のタイミングでご登場ってか」
ゴゴゴゴ……と、地鳴りみたいな音を上げながら扉が閉まるとほぼ同時。
サッカーグラウンド半面分ほどの広さの部屋の中央に、青白く光る消えかけの魔法陣らしきものが。
そして、その上には。
『ミスリル合金の鎧』を纏った重戦士の俺が小さく見えるほどの、たくましすぎる立派な赤黒い巨体が立っていた。
「やってやる。必ず討ち取ってみせるぞ――『オーガ』ッ!」
次回、フィジカルモンスター同士の戦いがおっ始まります。