二百十一話 滅竜作戦(終)
オール第三者視点です。
正面チームから悲鳴が生まれる。
大きく開かれた黒竜の口が頑強な盾を捉え、その全身を飲み込むように噛みついていた。
竜の咬合力は他の生物の比較にならない。
優に十トンを超えるパワーをもって、獲物を離さずに砕き噛みちぎる――。
「(痛ッてえな! ……んのタコ助!)」
だが、黒竜の口は途中で止まって完全には閉じなかった。
と同時。中から叫び声が上がり――黒竜の半端に閉じられた口に衝撃が走る。
噛みつかれたまま、牙に挟まれた状態のままでの『右腕の連打』。
左腕一本で支える形で規格外な顎の力に耐え切り、同じく規格外な力で激しい抵抗の拳が口内で振るわれる。
――そこへ仲間の追撃が。
正面チームの後方に位置する者達から、黒竜の頭部や首を狙った波状攻撃が入った。
『グロロォオアア……ッ!!』
内と外からの猛攻により、たまらず黒竜が獲物を離す。
もし万全の状態ならば噛みついて離さなかっただろう。
亜竜製の武器に匹敵する強力な牙で、獲物が息絶えるまで噛み続けるはずが……最強の竜といえども、さすがに戦いの蓄積ダメージが大きすぎた。
「助かッ……! 本気で死ぬかと思ったぞ!」
焦りと安堵が半々の声で、盾役を務める太郎は再び戦場に降り立つ。
――その姿と行動は、かつてのベルリン戦、赤竜と戦った伝説の英雄ノア=シュミットと同じ。
仲間に迫る危機を前に、勇気をもって自らが飛び込んで救ってみせたのだ。
……ただし、二人の唯一の違いは『ケガの状態』。
迎え撃ったノア=シュミットは竜の攻撃を相殺しきれずに片腕と片脚を失った。
一方の太郎は闘牛のタフネスと『妖骨竜の鎧』の防御力をもって、左腕とろっ骨にヒビが入る程度で耐え切ったのだ。
逆に太郎が失ったものといえば骨の兜のみ。
抜ける時に牙が引っ掛かって外れ、そのまま飲み込まれてしまっていた。
「助かったわ太郎! けどごめん、ウチのミスのせいで兜が……!」
「いえ、安いもんですって。兜の一つくらい……命には代えられませんから!」
そう葵とやりとりして、素顔を晒した太郎の全身を――今度は癒しの霧が包み込む。
鎧が所どころ変形し、体にも無視できないダメージが入っていたところに、
『キュルルゥ!』と、気合いの入ったフェリポンの『精霊の治癒』が連続でかけられる。
「「「ウオオオオオ――!」」」
黒竜が怯み、次に総攻撃を仕掛けたのは右翼チームだった。
【金色のオーラ】を纏う柊を筆頭に、翼の動きも止まり完全にガラ空きとなった腹へと集中攻撃を浴びせる。
様々な性質と属性の【スキル】と技が黒竜に決まると、鱗が剥がれた傷痕から大量の血が流れ落ちていく。
――そんな状態であっても、黒竜からは強烈な反撃が。
大きく振るわれた右翼によって、濃密な魔力が宿った渦、殺傷能力の高い『竜巻攻撃』が彼らを襲う。
どれだけダメージを受けようとも、生物として最強。
いまだに威力だけは落ちない竜巻は荒れ狂う刃となり、動きが落ちていた『DRT』隊長の一人の片腕を――損傷していた金属の籠手ごと切断した。
また一人、『滅竜隊』から負傷者が生まれてしまう。
それを確認した仲間から発煙筒が投げられ、副隊長の椿が迅速に対応する。
重傷を負って出血死する前にすぐさま戦線を離脱。
大階段の途中にある藁人形と位置を『交代』して、待機している隊員に負傷者を預けた。
――ズン、ズズウゥン……!
時が経つにつれて、全てに激しさを増す『滅竜作戦』。
負傷者こそ確実に増えていってしまうも、いまだ一人の死者も出していない。
どのチームとも人数が減ろうと連携は乱れず。六日間の厳しい訓練の成果は、後半になっても発揮されていた。
『グロロォオアア――!!』
一人では不可能だからこそ、数で立ち向かってくる相手に怒り荒れ狂う黒竜。
漆黒の両翼を羽ばたかせ、再び空に飛び上がろうとするのを『止めた』のは――左翼チームのリーダー二人。
「そうホイホイと飛ばさせねーぜ!」
「人間の力をナメんじゃねェぞ!」
圧倒的な『剣術』と『雷と毒』。
最初からフル稼働している火力担当は、左翼からの竜巻攻撃を相殺。
さらに前へと踏み込み、対象的な静と動の最高火力の一撃を見舞う。
――これまで与えた総ダメージのうち、三割を与えている草刈と白根の左翼チーム。
彼らの後方には大量の体力回復薬の空き瓶が散乱し、いかにハードな戦いかがその部分からも見て取れる。
「威力は維持されているが攻撃頻度は減っているな。……とはいえ気は抜くんじゃない。常に【スキル】は展開しておけ!」
「は、はい! すいません!」
『超合金の探索者』の桐島の注意に、隣に位置する『鎌鼬の探索者』の高崎が返す。
金属並の硬度と化した土の魔術と、切れ味抜群な風の刃は遠距離攻撃が可能。
途中からは十分なダメージを与えた腹ではなく、反撃がしつこい翼の方を狙っていた。
その翼にも本体同様、蓄積ダメージからの『肉質変化』は起きている。
頑丈さは薄れて、内包する魔力が外に飛び散るように、ここでついに翼膜部分に穴があく。
――そうして、戦闘開始から五十分が経過。
迷宮界の『頂点捕食者』の姿からは想像できないほど、ボロボロになった黒竜の動きがまた一段階、鈍り始める。
『グロロォオオアアア!!』
その追い込まれた状態でも、黒竜は敵を一掃すべく尾のブン回しを狙う。
硬くて重い、遠心力も利用したリーチに優れる強攻撃。
当たれば地獄行きのそれが体ごと振り回される寸前、わずかに尾の動きだけがズレて遅れる。
「『真影の碇』!」
直前。後方で【気配遮断】で気配を消した戦場の女神、緑子の技が決まっていた。
尾全体と地面を繋いだ、極太の影の碇がピンと張る。
すぐに尾の力で引き千切られるも、ブン回しのタイミングが遅れた事により、他のメンバーが射程圏外へと移動するのに成功していた。
その直後、間をあけずに放たれる魔術や銃撃。
回転中だった黒竜の首や腹にも直撃し、残る体力をまた少しづつ削っていく。
――今の攻防は人間側の勝ち。
誰もがそう思ったのも束の間、回転を終えて戻った尾が――『勢いのままに』地面を叩いた。
「「「「!?」」」」
ただ地面を叩いただけなら、起きるのは轟音と震動だけ。
ところが実際は地面を叩き、不自然に亀裂が走って浮き上がった岩の塊。
それは複数の岩弾として射出される、これまでも後方チームを苦しめた竜固有の魔術の一種だ。
(! やっば――)
その一つが『真っ赤に燃え盛る炎』の方へ。
直線状には火ダルマなすぐるがいて、反応が遅れた体と炎を捉える――零コンマ何秒か前。
パパパァン! という複数の破裂音と同時に砕け散る岩の弾丸。
そこには火ダルマでも凍りついて動けなかったすぐるの方に向けて、指(銃口)を向けるマグナムとバレットの姿があった。
「まさに間一髪! 大丈夫か木本氏よ!?」
「ギリギリでしたッスね。ここまできて退場は許さないッスよ!」
「あ、ありがとうございます! 助かりました二人共……!」
『ダブル早撃ち』によって危機を免れたすぐる。
大量の冷や汗をかきつつも、集中し直して纏う炎の勢いを強める。
――あと何発、討伐のためには必要なのか?
『紀伊水道の迷宮』に降臨した黒竜相手に、そんな事を考えるヒマなどない。
巨体からの攻撃を躱して、躱して、できた隙を逃さない彼らの反撃は続く。
その一発一発で確実に弱ってはいても……まだ生命活動が停止してドロップ品に姿は変わらず。
『竜玉』をはじめ、爪に牙に角に心臓に『竜王石』に。
世界に存在するいかなる宝石や金属よりも貴重で価値あるそれらは、討伐隊の質や数を揃えようとも、やはり簡単には手に入らない。
……だが、逆に。
彼らを迎え撃つ黒竜側から見ても、まだ一人の命も奪う事はできていない。
ここまで八名の『負傷者』のみ。
その原因は様々あるが――やはり一番大きいのは、常に正面で構える硬くてタフすぎる『闘牛の盾』。
「まだ、まだァ……ッ!」
すでに頭を守る兜はなし。
体を守る鎧も歪み傷つき、『全身蹄化』している額からは流血もしているが……。
倒れない。
倒れるどころか『闘牛の威嚇』まで発動し、ブルルゥ! とノドを震わせて黒竜の前に立ちはだかる。
『グロロォオアア――ッ!!』
ゆえに黒竜の意識と殺意は屈強な盾、『ミミズクの探索者』の太郎に釘づけだった。
どれだけ四方から攻撃されようと、
『魔力開放』で全方位同時に反撃しようと、
新たな負傷者を生み出そうと。
ただ一点、邪魔で不愉快な太郎を仕留めるべく、黒竜は暴れ回って攻撃の手を緩めない。
――ドゴゴォオオオン――!!
戦場だけでなく島全体が揺れる。
戦慄の『重力ブレス』がまた放たれ、非常識な巨大クレーターが戦場に刻まれた。
計六つ目となるそれが生まれようとも……そこに倒れた太郎の姿はない。
竜にも劣らぬ地響きを鳴らし、回避はするも逃げも隠れもせずに立つ。
「「「うおおおおッ!」」」
――ついに死闘が一時間を超える。
『滅竜隊』の連携に乱れはない。
それでも疲労から呼吸は荒く、足運びに鈍さが見て取れた。
ここにきて負傷者が立て続き、広範囲攻撃やその余波を受けるなどして一人、また一人と脱落していく。
『一』対『三十五』。
十三名を減らした事で、挑む者達一人あたりの責任と負担が重くなる。
また体を守る防具はもちろん、武器の方も消耗もしくは損壊していた。
一つの例外なく『億越え装備』のそれらが悲鳴を上げ、さらに装備面から離脱を余儀なくされる者も出る。
どちらにとっても『最終局面』――。
日本の迷宮の歴史と共に歩んだ探索者と隊員が、鍛え育て上げた数々の【スキル】と技が、迷宮界最強の存在と何度も何度もぶつかり合う。
大階段という脱出口があろうと、逃げ場などない決闘場のごとく。
彼らは黒竜相手に一瞬たりとも背を向けず、命を賭ける選択をし続る。
その勇敢なる選択の繰り返しにより、新たな負傷者がまた出てしまうも、
残された三十一名の戦士が、仲間の分まで命を削る中で――待ち望むその時はきた。
風前の灯火となった黒竜の命。
翼は破れ、尾を引きずり、動きは止まって隙が増え、山のような巨体からは血が止めどなく溢れ出す。
だが、どれほど弱ろうと決して消えない威圧感と王者の風格。
そんな最強にして孤高の存在を狙う、国を背負った『滅竜隊』の次なる一撃は――。
「『狂牛』――『ラッシュ』!」
守りから攻めに転じた推定百十二トン、闘牛『百四十頭分』の力を宿す体。
その体に染みついた正確な『牛力調整』から高速で移動し、盾から矛に変わった太郎の右肩が――頭を垂れた黒竜の顔面と交錯する。
――ズズゥウウウン……!
そして、一際大きな轟音響かせる、全体重が乗った十度目のタックルが決まった直後。
――――――――………………。
静寂に包まれた大空間の戦場。
破壊の限りが続いた特別な場所に、誰からの戦闘音も聞こえなくなる。
その数秒後。どこからともなく足元の草原を揺らす風が吹いて。
島を厚く覆っていた霧の天井が晴れ――――一筋の光が天から差した。