二百五話 気合いと力を込めて
ちょっと長めです。
「ホーホゥ。時は満ちたか」
「この先にラスボスが待ち構えているってえわけだな」
「ん、そうだな。……というかめちゃくちゃキメてるけど、危ないから二人は砂浜で待機だからな?」
運命の三月三十一日。時刻は十時過ぎ。
港で『DRT』組と合流し、『滅竜隊』は海上自衛隊の船に乗り込んだ。
そして、道中の船内で作戦の最終確認が行われた後。
潮風を浴びて海の匂いを感じながら――俺達は『紀伊水道の迷宮』へと接近する。
頭上に広がる雲一つない青空には、テレビ各局が飛ばした何機ものヘリコプターが。
上空から俺達の乗った船を映して、『滅竜作戦』の状況を早くも中継しているぞ。
「……まあ、これがメディアにできる限界か」
船内から見た島の上部は、ニュースで見た通り積乱雲みたいな厚い霧で覆われている。
だからとてもじゃないが、彼らが最もカメラに収めたい部分、
竜の姿および大階段の先の『巨大空間での戦い』の様子は撮れないだろう。
そんな忙しない上空とは打って変って、不気味なほど穏やかな海。
周囲に他の船が一隻もない中を進み――――ついに俺達は島(迷宮)へと降り立った。
「……っと」
「ホーホゥ……ッ!」
「おお、たまげたなこりゃ……!」
その瞬間、砂浜の重たい空気が肩に圧し掛かってくる。
なるほどたしかに、この時点でこれほどなら……そりゃ竜がいるのも納得だ。
「――勇敢なる諸君。あとはこの大階段を上がれば竜が待つ空間だ。……改めて我々の要請に応えて集ってくれた事に感謝する。その勇気と力をもって――これより『滅竜作戦』を決行する!」
と、砂浜に降り立って海を背に『四列』に並んだ俺達へ。
『DRT』総隊長の五門さんは、拡声器を使わずに自分の声だけで言う。
実際に命を賭して戦う俺達と同じ。
戦わずとも責任者の一人である総隊長もまた、覚悟と緊張が入り混じった顔だった。
その言葉が終わり、気合いを入れ直した俺達はいざ大階段を上り始める――と思いきや。
総隊長と、その隣に立つギルド総長の柳さん。
迷宮界のお偉方ツートップが目配せをして、意味深にニヤリと笑うと、
「――だが、大勝負の前に一つだけ」
総隊長は四列に並んだ俺達の『後方』。
そちらに手招きをして、突然、誰かを呼ぶような仕草を取った。
「ん? 何だ何だ?」
「ホーホゥ?」
「あいつは……どこの誰だってんだ?」
俺もズク坊もばるたんも、他の多くの者がざわつく中で。
砂浜に並んでいる俺達の前に――見知らぬ一人の男が。
年齢は五十代くらいか?
すでにフル装備な俺達とは違い、自衛隊服だけを着ているその男。
雰囲気を見るにどうも『DRT』隊員っぽいが……。
六日間の訓練でも昨日の決起集会でも、一度も見かけなかった顔だぞ。
そんな皆の至極当然な疑問の空気に、総隊長はまたニヤリと笑うと、
前に出てきたその隊員の肩に手を置き、彼がいる理由を説明してくれた。
いわく、これから彼に『強化してもらう』と。
「私は『DRT』第二十二部隊副隊長の平枯三治です。皆さんほどの力はなく、残念ながら『滅竜作戦』には参加できないですが……。少しでも日本を代表する方々のお役に立てれば、と思いましてね」
年相応の落ちついた声で、平さんという隊員が挨拶をした。
そして四列に、『各チーム』ごとに並んだメンバーに対して、真顔で近づいた平さんは――。
バッチィン……!
「「「「「!?」」」」」
まさかもまさか、平らさんがやったのは――全力の『ビンタ』だった。
◆
「(いや何で急にビンタ!? あっ……また!?)」
突然の平さんのビンタに砂浜がどよめいた。
もしかして気合いを入れたのか? ア○トニオ○木みたいに??
これから緊張感マックスの『滅竜作戦』に挑むというのに……次々に皆がビンタされていく様は衝撃の光景だぞ。
……なんて俺達探索者組はうろたえていたが、
逆に『DRT』組に関しては、柊さんをはじめ驚いた様子は一切見られない。
また真っ先に叩かれた『DRT』隊員達からも、まさかの「ありがとうございます!」という感謝の声が。
さらに続けて、総隊長の口から戸惑う探索者組に向けて、平さんの行動理由――というより【スキル】について教えてくれた。
【スキル:気合いのビンタ】
『習得者のビンタによって対象の能力を上昇させる。効果は一時間固定。上昇率は熟練度に依存する』
「お、おおう……。『強化』ってそういう事だったのか」
「へえ、そんな【スキル】もあるとは初耳ね。……でもあそこまで全力でブッ叩く必要ある? 何かスゴイ抵抗あるわね……」
と、同じチームで俺の後ろに並ぶ葵姉さん(ドS)がブツブツと文句を言う。
まあ気持ちは分かるが、強化してもらえるのは大歓迎だからな。そこは目を瞑って我慢してもらおう。
この後、配布された『DHA錠剤』を摂取して集中力と属性関係も高めるのだ。
最強生物と相まみえる前に、少しでも能力を強化しておきたいところだぞ。
「――ふむ、君が『ミミズクの探索者』ですね。厳しい戦いになるでしょうが、『完全勝利』のためには君の力が必要不可欠です。皆を頼みますよ!」
「は、はいッ!」
「いい返事です。……君だけは少々、役割が『特殊』ですからね。他の者はスピードとパワーを上げましたが……総隊長とギルド総長からの指示通り、防御の『一点上げ』にしますよ」
「はい。お願いします!」
「ホーホゥ。頼んだぞ平とやら!」
「バタローには特大の一発を見舞ってやってくれ!」
そんなやりとりがあって、バッチィン! と。
順番が回ってきた俺も問答無用で全力で叩かれた。
頬に痛みが走ると同時、その頬から伝うように――全身に妙な力がフツフツと湧いてくる。
「おおお……ッ!」
防御力を『一点上げ』したためか、皮膚や肉が引き締まった感覚も。
さっきの総隊長の説明によると、『全ての【スキル】』を使った状態で『二割増し』という事なので、
俺の防御力に関しては、何と『百六十八牛力』。
【モーモーパワー(七十牛力)】×【過剰燃焼】×1.2で、プラス『二十八頭分』にもなるようだ。
バチン! バチィン! ――バッチィン!
――そうして、『滅竜隊』の四十八名全員が叩かれ終わった。
力だけでなくついでに気合いの方も注入されたらしく、叩かれる前よりもさらに士気が高まった気がするぞ。
「では改めて。ここ『紀伊水道の迷宮』にて――これより『滅竜作戦』を決行する!」
「君達の力を信じて待つ。武運を祈る!」
「いってこい! 竜の首を取ってるんだぞホーホゥ!」
「お前らなら必ずやり遂げられる! だから全員揃って帰ってこなきゃ承知しねえぞ!」
総隊長にギルド総長にズク坊にばるたんに。
他にもここまで同行した多くの関係者達に見送られて。
砂浜で待つ彼らの声援を受けながら、俺達『滅竜隊』は大階段の前へ。
全百四十段。
その先に待つ黒竜と『完全勝利』を求めて――ついに一歩を踏み出した。
◆
晴れ渡った空を飛び回るヘリコプターの群れ。
テレビ各局にバッチリと背中を撮られながら、俺達はゾロゾロと大階段を上っていく。
先頭を務めるのは柊隊長、白根さん、草刈さん、若林さん……そして俺の五人。つまりは『単独亜竜撃破者』だ。
その中心にいるのは最も後輩の俺。
だいぶ生意気というか、偉そうな気もするが……。
ただこの位置に関しては、俺に与えられた役割とチーム的に仕方のない事だ。
「気を引き締めていくぞ。岐阜の時のように先走るのは厳禁だからな」
「分かってるって。もうしねーよ。それにこのヤバイ空気……気を緩めるなんざあり得ねーぜ」
「フッ、獰猛な笑いだね。まるで竜のようだよ。……まあ僕に関しては心配ご無用。冷静に美しく躍らせてもらうよ」
柊隊長からの忠告に、草刈さんと若林さんが即座に返す。
そんな先輩達が装備するのは当然、亜竜製の『究極の装備』だ。
『魔鋼竜の鉤爪』と『精竜刀』と『六尾竜のローブ』と。
前に写真撮影で全員が揃った事はあったが、あの時はリラックス状態&丸腰のスーツ姿だったから……今の纏うオーラは凄まじいの一言だ。
そして残るもう一人、クッキーを頭に乗せて『百足竜の鎧』を纏う白根さんはというと、
「太郎、竜の前じゃァ圧倒的な威圧感に心折れた者から死んでいく。……だから心を強くもて。強ェ先輩達も側にいる」
優しく言って、俺の肩に腕を回しながら。
思っていたよりも緊張し始めていた俺に、温かい笑みを向けてきた。
「もっとリラックスっチュよ太郎。竜といえども、そう簡単に【モーモーパワー】と『妖骨竜の鎧』は破れないっチュ!」
「おう、クッキーもありがとな。……自分一人だけじゃない。このパーティーの力で必ずや……」
「――ま、太郎の事は任せてください。きっちり私達がサポートしますんで」
と、後ろに続く葵姉さんが俺の背中を鎧越しにバチンと叩く。
さらにはまた一つ後ろ。
同じチームの『DRT』隊長、梅西比呂貴さん(この島を最初に上陸調査した人)も、
「渡辺君の言う通りだ。友葉君、チームには俺達もいる。たとえ『単独亜竜撃破者』であっても、一人で背負いこむ必要はないさ」
戦国武将みたいな強そうな顔で、白根さんと同じく優しい口調で言ってくれる。
「たしかに、チームの中心として任されたけど……。ちょっと余計な力が入り過ぎてましたね」
葵姉さんや梅西隊長だけではない。
同じチームの中だけでも、他にも強者は揃っているのだ。
互いに頼って頼られて、助け合い協力しながら立ち向かって――そしてやっと倒せるのが竜という存在なのだ。
「……フーッ」
戦場へとたどり着く前に、いい意味で力を抜いてもらった俺。
『作戦失敗』。『敗北』。『死』。
実は頭にチラついていた不吉なワードが、皆の顔と声で薄まって消えていく。
気合いは入りつつも心がスッと軽くなり、その状態で大階段をさらに上へ。
一段一段上がるにつれて、報告通りの重く冷たい空気、漂う魔力も感じ取れ始める。
だが脱落する者は一人もいない。さすがは日本全国から選ばれし者達だ。
「――さあ、そろそろだ」
ここで柊さんの声が響き、俺達は慎重に大階段を進む。
まだ現時点では誰も【スキル】は発動していない。
すでに存在がバレている可能性は否定できないが……なるべくギリギリまで気づかれずに接近するためだ。
「「「「「…………、」」」」」
そうして、物騒極まりない重い空気を全員で跳ね返しながら。
残り九段、八段、七段と足を止めずに上っていき――。
「「「「「!!」」」」」
百四十段の大階段を上りきり、先頭をいく俺達五人は見た。
少し遅れて後ろに続く各チームのメンバーも、これから戦う相手とその戦場を確認した。
突然、目の前に開けた巨大空間。
ぐるっと周囲を岩壁に囲まれ、数十メートル上には島の上部を包む霧が。
足元には美しく生え揃った草があり、大草原のようになっている――その最奥。
大階段から四、五百メートル先のそこには、とぐろを巻いたような黒い生物の姿があった。
「(……間違いない。三年前のアイツだ……!)」
たとえまだ距離があって巨体が小さく見えていても。
この空間に一歩踏み入れた瞬間、全身に感じる圧力や魔力で俺はすぐに理解した。
巨大で恐ろしい黒竜。姿形が奇怪な亜竜達を超える『真の竜』。
俺達の遥か正面に待ち構えていたのは、かつて岐阜の最下層で出会い、忽然と姿を消した個体。
単体の戦力では並ぶ存在などいない、正真正銘の『頂点捕食者』だった。