二百三話 日の丸を背負う者達
前半が主人公、後半が第三者視点です。
「お、おおう……。どこを見ても有名人ばっかりだな……」
「ホーホゥ。これぞ『日本オールスター』って感じだぞ」
「まあ、バタロー達もその内の一人ってえわけだな」
三月二十四日、和歌山県某所。
多くの人数を収容できる大講堂に、俺達『迷宮サークル』を含めた、全国から選ばれし者達が集結していた。
『DRT(迷宮救助部隊)』隊員および探索者。
彼らは皆一様に真剣な表情で、登壇した責任者の一人、『DRT』の五門栗明総隊長の話を聞いている。
「――皆、よく集まってくれた。本当に感謝する」
そして、その五門総隊長の次。
ビシッとしたスーツ姿で話し始めたのが、我らが探索者側のトップであるギルド総長だ。
柳さんはまず深くお辞儀をしてから、協力要請に応えた探索者や『DRT』隊員にも感謝の言葉を述べた。
そこからゆっくりとした口調でも、威厳のある声が集まった俺達へと届く。
前に岐阜で集まった時も、柳さんはこうして皆の前で話はしたが……。
あの時と比べても、重い声と雰囲気になっているのは勘違いではないだろう。
……何せ今回は世界でも例がない『島型&海上迷宮』だからな。
それに何より、相手は増殖した普通のモンスターではなく、満場一致の最強生物なのだ。
「――『外の力』も借りるという意見も当然あった。だが私は、いや日本迷宮界全体が君達を信頼している。……だからこそ、これは無謀な決断ではないと自信を持って言える」
人類で二度目となる『滅竜作戦』。
もはや説明不要、今日までニュースでも散々、伝えられてきた人間と竜の頂上決戦だ。
ただ柳さんの力強い言葉通り、ドイツのベルリンで行われた一回目とは『明らかな違い』があった。
それはこの大講堂にいる全員が『日本人』。
数人ほど肌の黒い者もいるが、日本生まれ日本育ちのハーフで、歴とした日本人らしい。
つまりは『純国産戦力』。
ドイツでの『滅竜作戦』はノア=シュミットはじめ、ヨーロッパ各地からの選抜だったからな。
――そんなこだわりとプライドを通しても、最強たる竜に挑戦し、そして勝てると計算できるほどの戦力を有する日本。
『DRT』と探索者ギルドの二大組織、各組織内でも異論や心配の声はあったそうだが、
何度も会議を重ねた末に、結果的にこういう形となったようだ。
けどたしかに、『単独亜竜撃破者』だけでも五人いるしな。
すぐるがネットで今回の発表について『海外の反応』を見たところ、
『日本ならもしかしたら?』という期待の声が多かったらしい。
「(でもまあ、この集まった面子を実際に見ると自信は湧いてくるな)」
「(ホーホゥ。誰もが今日まで死線を潜り抜けてきた猛者だからな)」
「(とはいえ、バタロー達ほどじゃねえけどな。修羅場の数なら『迷宮サークル』がナンバーワンだ!)」
柳さんが責任者として話す中、俺は周囲を見回して少し安心感を覚えていた。
何度見てもそうそうたる顔ぶれがズラリ。
すぐ隣には白根さんとクッキーが座り、一列後ろには緑子さん達お姉様方の姿が。
あとついで(?)に最前列の『奇跡☆狙撃部隊』の二人も、こっちに振り返ってサムズアップをするなど……頼もしいと本気で思うぞ。
と、そんな感じでワクワクなのかドキドキなのか冷静なのか。
自分でもよく分からない精神状態で、大講堂での話を聞いていたら。
『本当にやるのだ』という実感が湧いてきていた俺達に向けて――柳さんはこう言った。
「隊員も探索者も、私は誰一人失うつもりはない。相手がいかに強大だろうと、これだけの素晴らしい戦力と、過去の戦いの貴重な情報もある。ならば我々が狙うのは――犠牲者を出さない『完全勝利』だ」
「「「「「!?」」」」」
そう言った瞬間、静かだった大講堂にざわめきが起きた。
……いやあまりに強気すぎないか? いくら何でも楽観的すぎるだろう。
望む戦力が揃い、前回(ベルリン)の情報があったとしても。
『頂点捕食者』たる竜相手に、しかもベルリンの赤竜とは違う個体なのにそう上手くいくのか?
声にならぬ声でも、そんな戸惑いの反応が俺にも手に取るように分かった……その時。
「ホーホゥ! さすがはギルド総長だ! ただ勝利を目指すだけじゃない。最初からそのつもりだったのかホーホゥ!」
「よく言った! そして良い目をしてやがる! 言った本人に迷いと濁りがねえのなら……きっと大丈夫だろうよ!」
ここで我慢できなくなったのか、まさかの右肩と頭の上の紅白コンビが叫ぶ。
白の翼をファバサァ! と、赤の鋏をシャキン! と掲げると、
壇上の柳さんへと全力の拍手を送り始めてしまう。
「ちょ、コラお前ら!? 静かにせいっ!」
俺は慌てて二人を掴んで膝上に収めるが……時すでに遅し。
その俺の行動も含めてか、緊張感に包まれていた大講堂のあちこちで笑いが起きる。
「ありがとう、ズク坊君にばるたん君。……私は本気だ。本気で『完全勝利』を狙っている。だから皆も、本気でそれを目指してほしい」
マスコット的な二人の暴走(?)で空気が少しなごんだ中。
壇上でニコッと笑った柳さんは、強くも優しい声でそう言った。
それに対し、今度はざわめきの声は上がらなかった。
『DRT』隊員も探索者達も、黙ったまま柳さんの事を見ている。
そりゃ皆だって死にたくないし、仲間を死なせたくはない。
責任ある立場の柳さんが、ただの希望的観測ではなく、本気の本心でそう宣言するのなら――。
「……よし、やってやるか。ここにいる全員が生還して完全なるハッピーエンドだ」
「ですね先輩。かなり難しいミッションですが、ぜひ成功させましょう」
「竜ちゃん相手に『完全勝利』。そんな事を成し遂げちゃったら……ウルトラ伝説だねっ」
柳さんの言葉を受けて、俺達『迷宮サークル』は気合いを入れる。
……もしかして俺達だけが単純なのか?
そう思って周囲を見回してみたら……参加者全員、同じだった。
さっきよりも一段階、より真剣な顔つきに変わっている気がするぞ。
――こうして、『DRT』総隊長に続いてギルド総長の話も終了。
その後はまた『DRT』の担当の人から今後の流れを聞き、大講堂での顔合わせ兼説明会は終わったのだった。
◆
協力要請に応えて集結した『DRT』隊員と探索者達。
説明を受け終わった彼らは、いざ竜が待つ『紀伊水道の迷宮』へと乗り込む――とはならない。
参加者全員が経験豊富で高い実力の持ち主であっても、相手は竜。
圧倒的な戦闘力を誇る生物相手に、集まってすぐに挑戦する事などしない。
特に犠牲者ゼロの『完全勝利』を目指すのならば、なおさら事前の準備が重要となってくる。
『DRT』と探索者合同の選抜された大所帯――。
『滅竜作戦』自体は決定したが、この日本の戦力が『一つのパーティー』となるまで作戦は行われない。
こうして始まった、竜を想定した強者だらけの『合同訓練』。
場所は和歌山の『海南の迷宮』三層の大広場。
そこで二枠ある【スキル】をはじめ、得意な距離も戦い方も違う彼らを、一つに纏め上げるのは決して簡単なものではない。
「――おい邪魔だ! そこにいたら当たるだろ!」
「――いやそっちが動いてくれよ! こっちは目が離せないんだから!」
「――そもそもあっちは何してるんだ!? タイミングが遅いぞ!」
「――というか、ミミズクの彼の震動が地味にやりづらいんだが……!」
『DRT』隊員同士でも探索者同士でも、その二つの間でも。
それぞれ個の力で迷宮を突破できる力があるからこそ、大人数が連携を取り合うのは余計に難しい作業だった。
だとしても、訓練訓練、また訓練。
味方のスタイルを頭に入れながら動きを確認し、細かい部分まで修正を行う。
また訓練場だけでなく、会議室でも意見を出し合うなど、『対竜仕様』の戦い方を一つ一つ作り上げていく。
――そうして、形になったのは訓練を始めてから六日後の事。
訓練場に響く声に注意や文句はなく、技と動きに乱れもなし。
訓練を見学した『DRT』総隊長やギルド総長からも太鼓判が押され――あとは本番を待つのみとなった。
「さすがに従魔みたいな超連携は無理だけど……。うむ、我ながら上出来だと思うぞ」
「ホーホゥ。何かちょっとした合宿みたいだったぞ」
「いよいよだな。これだけの連中が集まってなお、連携を磨かなけりゃ勝てねえ強敵……。俺とズク坊の分まで暴れてこいよお前ら!」
「チュチュ! 任せろっチュ、ばるたん。動物代表としてもオイラの力を見せつけてやるっチュよ!」
全ての準備が終わり、『滅竜作戦』が行われる前夜。
訓練に使った『海南の迷宮』担当ギルドにて、ささやかながら決起集会が行われた。
騒ぐマスコミは完全にシャットアウト。
六日間を共にした参加者および関係者だけで、簡単な食事を前にお茶で乾杯をする。
もう『DRT』も探索者も関係なし。
彼らは互いに命を預け合う仲間、同じパーティーメンバーとなっていた。
『滅竜隊』。
訓練中から自然とそう呼ばれ始めて定着した、日の丸を背負って竜に挑むは『四十八名』。
まずは『DRT』より、『巨人の公務員』、『魔石眼の公務員』といった隊長十八名。
加えて、特別に認められて選ばれた副隊長が二名。
次に探索者より、『ぶった切りの探索者』、『超合金の探索者』、『影姫の探索者』、『老将の探索者』といった一流どころが二十三名。
そして最後に、戦いの鍵を握るトップオブトップ。
日本が世界に誇る『単独亜竜撃破者』より、
『亜竜殺しの公務員』、『ハリネズミの探索者』、『剣聖の探索者』、『氷魔砲の探索者』、『ミミズクの探索者』の五名。
――以上、計四十八名の日本の精鋭達によって。
明日の三月三十一日、『紀伊水道の迷宮』にて『滅竜作戦』は決行される。