二百二話 日本の決断
細かく区切られていますが、過去最長です。
迷宮サークル部分のみ主人公視点です。
『紀伊水道の迷宮』。竜のねぐら。神の島。
その呼び方は様々あれど、その存在が迷宮界を飛び出し、日本という国の中心になっているのは紛れもない事実である。
国や政府、迷宮関係者はもちろん、一般人の主婦や学生まで。
普通の会話の中でも島(迷宮)の存在について語られ、さらには『どうすべきなのか』と議論も巻き起こった。
『DRT(迷宮救助部隊)』による二度目の調査も行われ、前回同様、最奥にたたずむ黒竜の姿を確認。
隊員が途中で意識を失うなどのアクシデントも含め、改めて島の異質さと脅威を理解させられて――十日ほどが過ぎた頃。
――ついに、『その決断』は日本国民へと正式に発表された。
◆
――時は少し遡り、『DRT』と探索者ギルドの連盟での発表が行われた数日前。
全国各地の有力な探索者達に――『一通の手紙』が送られていた。
◆
《『遊撃の騎士団』》
「やーっと届いたか。まだかまだかと待ちくたびれたぜ!」
「……よくそんな満面の笑顔でいますね。浩司はもう少し恐怖を覚えた方がいいと思いますよ?」
姫路をホームとする日本屈指のパーティーの一つ、『遊撃の騎士団』。
団長を務める最強剣士の草刈浩司は、豪華な本部のプールサイドで子供のようにはしゃいでいた。
いつもの気だるい感じは……まるでない。
副団長の青芝が心配でため息をつくほどに、無精ひげが似合う大人な男のテンションは上がりっぱなしだった。
その理由こそ、一枚の手紙。
厳重な封をされて探索者ギルド本部より届いたそれは、団長の草刈と副団長の青芝、他二名の団員宛てにきていた。
「『滅竜作戦』――。ついにこの時が来たか。もちろん俺はやるぜ。全力で挑ませてもらおうじゃねーか!」
「うん、分かりましたから。……だから浩司、とりあえず危ないから『精竜刀』を鞘から抜くのはやめましょうか」
逸る草刈を注意して、青芝は冷静に手紙の内容を見返す。
……ただ、青芝自身もまったく興奮していないわけではない。
彼は決して好戦的な性格ではないが……やはり探索者の血が騒ぐのか。
他二名の団員と共に、心の内で静かに燃え上がるものが存在していた。
――こうして、『遊撃の騎士団』四名はギルドからの協力要請に対し、作戦への参加を了承した。
◆
《『黄昏の魔術団』》
「いよいよ僕の出番だね。まあ任せるがいい。竜だろうと氷漬けにしてやるさ!」
時同じくして、岩手県の盛岡。
もう一つの日本屈指のパーティー、『黄昏の魔術団』の拠点でも喜びの声を上げる者がいた。
『黄昏の魔術団』団長、若林正史。
氷と真空の二刀流魔術師は、金髪イケメンな顔に狂喜乱舞の表情を浮かべている。
「いや正史、決めポーズをしているところ悪いが……まだ確定ではないだろう。他の実力者にも手紙はいっていても、どれだけの者が参加するかは分からないぞ?」
「フッ、匠よ、その心配はないさ。サムライ魂を持つ日本人探索者が拒むはずがないだろう。……さあ、そうと決まれば返事を書くぞ!」
と、隣にいたワイルド系イケメン、副団長の桐島匠の言葉も何のその。
こちらもやる気満々すぎるパーティーのトップは、同封されていた返信用の手紙を取り出す。
この『黄昏の魔術団』も同じく、団長副団長に加えて他二名の団員にも協力要請が来ている。
若林を除いた他三人は、よく考えて即断即決する事はなかったが……。
それぞれが自身の気持ちと向き合い、家族会議を開いて――最終的に四名全員が参加する事を決めた。
◆
《『ハリネズミの探索者』》
「よォし、それじゃ返事を出すぞクッキー。本当にいいんだなァ?」
「もちろんだっチュ。ハリネズミに二言はないっチュよ!」
ところ変わって大阪の堺にある郵便ポストの前。
白根玄と相棒のクッキーは、一呼吸置いてから手紙をそのポストへと投函した。
――約三年越しとなる、待ちに待った『滅竜作戦』。
他の探索者達も参加を表明するのを祈りながら、一人の強者と一匹の強者は家へと戻っていく。
「こんなにも血沸き肉踊るのは久しぶりだなァ。……大ケガはまあ許容範囲。必ず勝って生き延びねェとな」
「だっチュね。竜を倒して生還した暁には……皆で祝勝会っチュよ!」
白根もクッキーも、『頂点捕食者』が相手だろうと臆する事なく勝利を誓う。
自分達の力はもちろん、他の探索者や『DRT』隊員の力も信じているからこその強気。
「チュチュ! 生態系ピラミッドを覆してやるっチュからね!」
激戦必至の人類と竜との戦いに――可愛くも強いハリネズミも参加する事となった。
◆
《『北欧の戦乙女』》
「……では、そういう事で決まりね」
「クックック。私の鬼の力が、最強生物にどこまで通用するか楽しみね!」
作戦への協力要請は北陸の彼女達にも届いていた。
吉村緑子と渡辺葵のツートップに、さらにもう一名(ボーイッシュ担当)。
三名宛てに来た手紙を受け取った彼女達もまた、一人を除いて悩んだ末に、他の探索者と同様の答えを出していた。
すなわち、参加すると。
難易度SSランク、危険極まりない作戦だとしても、そう結論を出したのだ。
「どんな相手でも死ぬつもりはないわ。……けれどやはり、今回だけはきちんと遺書を書いておきましょう」
「だね。生きて帰る気満々だけど、万が一が普通にあるだろうし」
「クックック。相手にとって不足なし……!」
……約一名、早くも竜に夢中で話を聞いていないが……とにもかくにも、決めた事に変更はなし。
その容姿もあって、今やアイドル並の人気を誇る『北欧の戦乙女』。
世の男達が『彼女達だけは戦地に送ってはならぬ!』とネットやSNSで声を上げる中――その想いをブチ破るように決断。
女性でも竜と戦えるのだと、確固たる決意を持ってその答えを出していた。
「打撃に斬撃に魔術に――。日本の精鋭の『総攻撃』に耐えられるもんなら耐えてみなさいよ竜!」
異名通りの女オーガの顔で笑い、葵はボキボキと指の骨を鳴らす。
それを見た緑子は少しだけ呆れると同時、揺るぎない頼もしさも感じていた。
――竜と男と動物に加えて、強く美しい女性達も戦いに挑む。
◆
《『従魔列車軍』》
「ほっほっほ。『滅竜作戦』とは良い響きじゃわい。……こりゃワシの最期の戦いになるかもしれんのう」
愛媛県の宇和島市。
古い日本家屋に住む日本一の老従魔師、八重樫清隆は届いた手紙をそっと机に置いた。
「いやそんな事を言わないでくださいよ。僕と僕の従魔も一緒ですし、何より『単独亜竜撃破者』五人も来てくれるでしょう。彼らの力もあれば、絶対に最期になんてなりませんから!」
遠くの空を見ながらの八重樫の声に、四十代の副リーダーの男が返す。
彼もまたギルド本部から要請を受けて、参加する事を決めた日本ナンバー2の従魔師である。
「ふむ、そうじゃったな。頼りにしておるぞい。……我々は自分だけでなく、可愛い従魔の命もかかっておる。じゃからワシも進んで負けてやる気はサラサラないのう」
シワだらけの顔にさらにシワを作り、八重樫はニコッと笑う。
大器晩成な従魔師だけで構成する『従魔列車軍』。
――彼らを代表して、二人と数体の従魔も『紀伊水道の迷宮』を目指す。
◆
《『奇跡☆の狙撃部隊』》
「返事はこれでよし、と。あと書くべきは遺書だが……もう用意したかバレット?」
「もちろんッスよ。父ちゃん母ちゃん宛てに心を込めて書いたッス。そういうマグナム隊長はもう書いたんスか?」
「フッ、何を言ってるんだ。俺は探索者になったその日に遺書を書いてあるぞ!」
火の国、熊本。
今や九州一のパーティーとの呼び声も高い変人集団――もとい楽しい者達ばかりの彼らにも、ギルド本部から手紙は届いていた。
一人は隊長を務める『天パアフロ』な頭が目を引く森川“マグナム”義和。
もう一人は副隊長を務める植原“バレット”裕人。
魔術師にも引けを取らない遠距離タイプの彼ら二人は、その実力を認められて協力要請を受けたのだった。
「返事の手紙も遺書もオーケー。……あ、そうだバレット。ちゃんと『散り際のセリフ』を考えてあるか?」
「ぐふふ。マグナム隊長、愚問ッスね。それこそ俺も探索者となったその日に考えてあるッス。とても男らしいセリフッスよ!」
「フッ、そうだったか。さすがは俺の右腕だ。バレットに加えて、我が戦友の友葉氏達もいれば……きっとそのセリフはお蔵入りになるだろう!」
二人は笑い、ガッチリと握手を交わす。
今はホームの迷宮の探索者ギルドの一階エントランスにいるのだが……他の目などお構いなし。
暑苦しすぎるほどに、二人はさらに力強く抱き合った。
それを見て拍手をする残されたパーティーメンバー。
自分達の分まで頑張ってくれ! と、仲間であり凄腕狙撃手である二人を送り出す。
もうすでに腕が疼いて仕方ない彼らは――必ずや竜を撃ち抜くと決意した。
◆
《『迷宮サークル』》
「んー、本当にいいのか? 俺とすぐるはいいけど、花蓮は一家の大黒柱だし……」
「大丈夫、覚悟はできてるもん。それに私がいなかったら、バタローは竜ちゃんの前で『自力グビグビ』するんだよ?」
いまだ収まる気配もなく、世間が『紀伊水道の迷宮』と竜の話題で騒がしい中。
俺達『迷宮サークル』のもとにも、例の手紙は届いていた。
言ってみれば『滅竜作戦』への『招待状』だ。
あるいは、人によっては恐怖の『赤紙』と言えるかもしれない。……まあ強制ではないからそこは救いだけど。
――で、だ。
それを各自受け取って、また俺の家に集まってパーティー会議を開いている。
そしてさっきの発言だ。
俺もすぐるも悩みに悩み、万が一、死んだ後の事(俺の場合は紅白コンビの件)も考えて……まあ大丈夫だろうと判断。
全くビビっていない、微塵の後悔もしないと言えばウソになるが……。
今日まで考えに考え抜いた結果、『竜に挑戦したい』という気持ちの方が勝っていた。
そんな俺達男衆と同じく、まさかの花蓮からも作戦参加の返事が。
……正直、これにはビビったし猛心配だぞ。
なぜなら花蓮の両親はおらず、花蓮が今も一家の大黒柱として妹や弟達を養っているのだから。
ちなみに今回、その協力要請を受けたのは花蓮とフェリポンのみ。
従魔師は特殊な立場なので、スラポンなど全軍参加! とはなっていない。
……とはいえ、なあ。
「たしかに、花蓮とフェリポンがいればスゴイ助かるぞ。あの黒竜の前では絶対、【過剰燃焼】の牛力状態を保たないとヤバイし」
「でしょ? スーパーモーモーモードが切れてもすぐに回復っ! 嫌と言っても任されたっ!」
「……う、うーむ……」
俺やすぐるの比ではないレベルで、やる気に満ちた花蓮がドン! と胸を叩く。
この感じだと……撤回はないだろうな。
というか、もうウチのズク坊とばるたんも、
「ホーホゥ! そうかやるか。ならバタローを頼んだぞ花蓮!」
「何とも頼もしいじゃねえか。 よし、三人で力を合わせて竜を倒してこい!」
と、完全に背中を押してしまっているぞ。
「分かった。本人と弟や妹達が納得したなら仕方ない。……ただし、絶対に無理はするなよ? 俺や他の皆が戦闘中でも、LPが尽きそうだったら退くように」
「うん、了解だよ。家族とも約束したし、『残り一桁』になっちゃったらトンズラするね。……でもでも、そうなる前にバタロー達が竜ちゃんをバタンキューさせるはずだよ!」
「おう。まあそうなるように全力を尽くすよ」
色々と説得は試みたものの、こうして花蓮の参加も決定。
まあ、俺自身も他人の事はあまり言えないか。
実家で親に作戦参加の考えを伝えて止められたが……結局、自分の意志を押し通したしな。
「よし、なら皆でいこう。これまでで最も厳しい戦いになるだろうけど、生きて勝利を掴み取るぞ!」
「はい! 先輩!」
「やってやろうねー!」
俺とすぐると花蓮、三人の力強い声がリビングに響く。
それを受けてズク坊は翼を、ばるたんは鋏を広げて、皆の熱気があっという間に充満していく。
――さあ、もう後戻りはできないぞ。
俺達『迷宮サークル』は覚悟を持って、人生を賭けた返事の手紙を送ったのだった。
◆
こうして、多くのトップクラスの探索者達に協力要請の手紙がいき、彼らは参加する事を了承した。
他にも各ギルド支部が強く推薦した者にも声がかかり、そのほとんどが『滅竜作戦』に参加する事に。
また探索者だけでなく、探索者を助ける『DRT』も隊長レベルが参加。
こちらも個人の意志を尊重した結果、多くの者が命を賭ける決断を下していた。
――まさに官民揃い踏み、選ばれし日本の最高戦力をもって――人類二度目の『滅竜作戦』は行われる。
いつもより少し推敲が甘いかも……。(汗)
誤字脱字などがあればご指摘お願いします。