百九十九話 緊急速報
「お、おじゃま……ッ! し、しまするぬ!」
引き続き順調な探索者生活。
まだ学生だった十二月の冬にデビューしてから、もう四年目に入った俺に――ついに、ついに春が来たのかもしれない。
――時は三月上旬。
靴を脱いでキレイに整え、震える声と足で俺が上がったのは……モンスターが跋扈する危険な迷宮ではない。断じて違う!
「「お邪魔しまーす」」
「邪魔するぞホーホゥ」
「お邪魔させてもらうぞ」
俺に続いて、『迷宮サークル』メンバー&ばるたんの声が。
三人と一羽と一匹、全員揃ってどこにやって来たのかというと、
「いらっしゃい。少し散らかっているけどゆっくりしていってね」
「ふぇ、ふぇい!」
相変わらずの女神な微笑みで、そう言ったのは『影姫の探索者』こと吉村緑子さんだ。
日本一の美人探索者であり、その美貌は地上でも健在。
艶やかな黒髪を後ろで束ねて、透明感のある白い肌のモデル体型は、頭のてっぺんからつま先まで美しい――って、いかんいかん。落ちつけ紳士。
とにかく、迷宮界では妹の日菜子さん(横浜の受付嬢)と共に、正統派な美人姉妹として超有名なお方である。
……つまり今、俺達がいるのは金沢だ。
たまに渡辺の葵姉さん(朝ドラヒロイン風の皮を被った戦闘狂)に呼ばれて、大体は俺とズク坊とばるたんで行くところ、
今回は全員一緒で金沢にレッツゴー。
『北欧の戦乙女』のお姉様方と共に、『金沢の迷宮』に潜る事になったのだ。
――んで、その共闘はすでに終了。
いよいよメインイベント(?)である、親睦会を開く事になったのだが……!
「ちょっ太郎! アンタ何、キョドってウチの足を踏んでるのよ!」
「あ痛ッ!」
「もう葵ったら。スパーリングじゃないんだから、そんなに強く太郎君を叩かないの」
頭をバチン! と叩かれた俺の現在地は、何とあの緑子さんの家。
本人は散らかっていると謙遜したが……中に入ってみるとそこは『桃源郷』!
キレイに整理整頓されて、玄関の時点ですでにアロマないい匂いもする、オシャレで大人な女性の部屋だった。……ゴクリ。
てっきり店でやるのかと思ったら、まさかのお家へのご招待。
なので当然、葵姉さんも含めた他六人のお姉様方の姿もあるぞ。
「――さて、じゃあパパッとやりますか。緑子、冷蔵庫開けちゃうよー?」
「ええ、好きに使っていいわよ」
と、いうわけで。
ボーイッシュお姉様の声を合図に、順々に手を洗ってから調理を開始。
皆でカレーやらパスタやらサラダやら何やらを作るため、緑子さん家の立派なキッチンでそれぞれ担当の品を作り始めた。
……ちなみに、さすがは女神な緑子さん、実は女子力も高かったらしい。
キッチンにある調理器具や調味料の数々を見るに、日頃から料理はやるようだ。
こ、こうなると……余計に惚れてまうやろ!?
もし緑子さんの手料理を独占できたら、俺という存在はモー幸せで死んでしま――。
「オラ太郎! 何、わなわな震えてんのよ? ちゃんとジャガイモの皮を剥きなさいよ!」
「よく言ったぞ葵。まったくバタロー、料理中くらい震えるなってホーホゥ」
「だがまあ、状況が状況だからな……。いつもの二割増しでBBが酷えな」
そんなこんなで、葵姉さん&紅白コンビに色々と言われつつも。
言われた通りにジャガイモを剥き、ちゃんと芽も忘れずに取るなど、
緑子さんを中心に、キッチンのお姉様方に『料理も手伝える男ですよ』アピールをしていく俺。
そうして、無事に任された下処理を終えた後。
「あとは任せて。タロちんもリビングでくつろいでていいよー」と、ジト目お姉様に言われるが……そこはまだまだアピール熱心な俺。
何か手伝える事はありませんか?(キリッ)と緑子さんに聞くと、
「じゃあドレッシングをお願いしようかしら」と、美しいハープのような心地のいい声で言われたので。
「はい。お任せをッ!」
いざ気合いを入れて、俺は言われた通りのレシピを忠実に再現開始。
緑子さんも日菜子さんも子供の頃から好きだという、『お母様秘伝』のドレッシング作りに取りかかる。
――と、その直後。
「ちょいバタロー! ちょっとテレビを見てみるんだホーホゥ!」
「おいおい何だこりゃ!? こっちに来いってバタロー!」
先にセクシーお姉様と共にリビングに行った、ズク坊とばるたんの紅白コンビが騒ぎ出す。
……何だどうした?
キッチンにいる俺からはちょうどテレビが見えない。
というか和気あいあいとした空気の中で、それをぶった切る焦った感じの大声を上げて……急に何だっていうんだよ?
「はいはい、後でな。俺は今、何よりも重要な秘伝のドレッシングを――」
「ホーホゥ! そんなの後回しでいいから! 早くこっちに来るんだホーホゥッ!」
「本当にとんでもねえぞ! 一回見てみろって!」
俺の返しも何のその、紅白コンビが収まる気配もなくまだ騒ぐ。
……いやいや、だからだねズク坊君にばるたん君よ。
俺は大切な仕事(アピールともいう)があるから、緑子さんの隣を死守……じゃなくて離れられないのだよ。
いくらテレビッ子の俺でも、今だけはテレビなんか興味なしで――。
「先輩! 先輩!」
「バタローのバタロー!」
「……んああ?」
――ったく、すぐると花蓮までうるさいな。
まだ時間的にもゴールデンのバラエティは始まっていないし、何をそんなにテレビにかじりつけというのか。
「おい太郎、来い! ちょっと見てみなって。あと緑子達も!」
「あ、はい。今すぐいきます」
「? 何かしらね?」
すると今度は、まさかの葵姉さんまでもが言ったので。
機嫌を損ねると大変よろしくないので、呼ばれた俺は緑子さん達と一緒にリビングの方へ。
「何ですか皆して。サラダにドレッシングなしはあり得な――――へ?」
そして、呼ばれて仕方なく見たテレビ画面の中。
そこには『緊急速報』のテロップと共に、ある『中継先の映像』が。
……ううむ? これはヘリコプターからの生中継か。
夕方の情報番組で、事件か事故が起きて上空から街中を撮っている――と思いきや。
「な、何だありゃ……?」
中継先の映像は、コンクリートジャングルではなく『広大な海』。
その中央にポツンと、蒸気みたいなものを上げた『謎の島』が映っていた。
◆
「し、島? どっからどう見ても……島だよなコレ??」
テレビの生中継映像に、俺達も緑子さん達も食い入るように見てしまう。
海の上に存在する、『新たに生まれた』という島。
周囲をウソみたいな断崖絶壁で囲まれ、その外観はまるで巨大な岩の塊のようだが……サイズ的に見てもコレは島だと思われる。
「……けど、全体像は分からないわね。あの邪魔な濃い霧のせいで」
俺の口から漏れた言葉に、葵姉さんが腕組みをしながら言う。
ふむふむ、たしかに。
断崖絶壁すぎる大きくて荒々しい島。その真上には岩肌の蒸気とは別の『真っ白い大量の霧』が、まるで『積乱雲のごとく』存在していた。
だからヘリコプターが動いても全体像は不明のまま。
島がどれだけの高さがあるのか、映像からではまったく分からないぞ。
――が、しかし。実は重要なのはそこではなかったりする。
場所は紀伊水道と呼ばれる海域。
そこに突然、『新しい島ができた』というだけなら、ウチの紅白コンビやすぐると花蓮があんなに騒ぐはずがない。
「ホーホゥ。こんなものが『たった一晩』で……?」
「いくら何でも……こりゃあり得ねえだろうよ?」
いつもの定位置である、俺の肩と頭の上に戻ったズク坊とばるたんが困惑の声を上げる。
そう、一晩。
俺達の耳が正常で、かつリポーターが正確な情報を伝えているのならば、
今、テレビ越しに見ている島は、昨日の夜から今朝にかけて生まれ、そして急速にできあがったらしい。
「ねえ緑子。これってもしかして……?」
「ええ、でしょうね。私は専門家ではないけれど、通常の海底火山の活動からはかけ離れているわ。どう考えてもこの島は……『迷宮』だと思うわ」
小柄なお姉様の問いかけに、緑子さんが神妙な美しい顔でうなずく。
……俺もまったく同じ意見だ。
そりゃ『海の上』という場所的にも、出入り口(?)が『島』というサイズ的にも、ツッコミどころは満載だが……。
「こんな自然法則を無視したもん……ファンタジーな迷宮だけですよね?」
そう隣の葵姉さんに聞いて――って、おいマジか。
俺達も他のお姉様方も驚きの表情を浮かべる中で、たった一人。
葵姉さんだけは、黙っていれば朝ドラヒロイン風な可愛い顔から、
いつの間にか迷宮内やジムでよく見る、恐怖の女オーガの顔になっておりますよ。
「絶対、何かいやがるわね。それも『とびっきりのヤツ』が。……これでただの上の上レベルとかだったら拍子抜けもいいところよ」
スーパー特殊なほぼほぼ迷宮確定な島。
そこには一体、何がいるのか? 血気盛んな葵姉さんだけ獰猛に笑っているぞ。
……まあでも、同じ探索者として気持ちは分からないでもないけど。
特に一流ともなれば、新たな迷宮や新種モンスターを求める傾向が強いし。
――ただ、とりあえず俺からハッキリと言える事は一つ。
何とも間の悪い衝撃的なブレイキングニュース。
こちとら天国気分で、せっかく正当な権利を得て女神の家に来たというのに……!
(お、お前ッ! これでこの後の会話がお前一色になったら許さんからな!?)