閑話十三 紅白コンビのパトロール
前回のあとがきに書くのを忘れました。(汗)
閑話を一つ挟みます。
「ホーホゥ。よし行くか、ばるたん!」
「だなズク坊。じゃあ、ちょっくら出てくるぞバタロー」
「はいよー。気をつけてな。昼メシまでには戻るんだぞー」
年が明けた。
実家に帰っての寝正月が終わり、明日からの探索再開に備えた最後の休日。
家に帰ってきたズク坊とばるたんの紅白コンビは、太郎が開けたリビングの窓から勢いよく飛び立っていく。
――ズク坊の日課の空からのパトロールだ。
自慢の爪でばるたんが落ちないようにガッシリと掴んで合体(?)。
その状態を維持したまま、月に一度行う二人体勢での『広域パトロール』に出発した。
「今日はいい風が吹いてるな。まずは南からいくぞホーホゥ!」
「おうよ。飛行コースは任せたぞ」
舞い上がった空で叫び、首にスカーフを巻いて足にザリガニを掴んだ白いミミズクが飛ぶ。
そして街の安全のため……あと少しのストレス発散も兼ねて。
久しぶりに気合いを入れて、紅白コンビはパトロールを開始する。
……ちなみに、ズク坊は装備する『神風のスカーフ』での飛行はほぼ慣れている。
大空を飛ぶだけなら最初から問題なし。
迷宮内でモンスター相手の小刻みな回避行動のみ、まだ少し改善の余地があるくらいだ。
そんなズク坊は現在、時速百キロも出していない。
スピード狂ではあるものの、見落としは厳禁。
パトロールの際はきちんと速度を落として、地上および空中を見回している。
「今日の昼はすぐるが来て激ウマビーフカツを作るってえ話だからな。おせちに飽きた後にはちょうどいい――ッ!? おい見ろ! ズク坊飛行隊長!」
「ホーホゥ!? どうした、ばるたん監視員!」
と、二人で喋りながらの見回りを始めて五分ほど。
ズク坊に掴まれて地上を監視していたばるたんは……見た。
視界の隅に『不自然なもの』を発見し、すぐさま鋏をカッチカチ! と打ち鳴らす。
正確には不自然どころか『怪しさ満点』か。
平和な上野の街にいた、その怪しすぎるものの正体は――黒ずくめの一人の男。
マンションの二階のベランダに這い上がり、何やらモゾモゾとやっていたのだ。
「アイツか! よし向かうぞ、ばるたん監視員!」
「おうよ! 現場への急行を頼んだズク坊飛行隊長!」
ズク坊もそれを確認し、急ぎコースを逸れてマンションのベランダへ。
バヒュン! と一瞬でスピードを上げて急降下を開始。
続いて絶妙な減速をしながら、現場である二階のベランダへと降り立った。
「! 何だ!? とっ鳥が――ってミミズク!? あとザリガニまで……!?」
ベランダにいた黒ずくめ(黒キャップ・黒ダウンジャケット・黒ズボン)の男は、干された洗濯もの越しに驚く。
その右手には淡いピンク色の布らしきものが。
それをしっかりと握ったまま、男はベランダの縁に降り立った紅白コンビを凝視する。
「ホーホゥ! 新年早々怪しいヤツめ。お前は一体、俺達の街で何をしてるんだホーホゥ!」
「……この状況とその手にあるもの……まさかテメエ!? 白昼堂々の下着泥棒じゃねえだろうな!」
「ッ!?」
想像にもしなかった存在の登場と、何より普通に喋った事に対して。
激しく動揺した黒ずくめの男、改め下着泥棒。
他に誰かいるのか!? と周りをキョロキョロと見回して、じりりと下がってベランダの壁際までいったところで――。
「そ、そうか! ここは上野……お前、あの『ミミズクの探索者』の喋るミミズクか!」
「その通り! 俺の名はズク坊、あとこっちは相棒のばるたんだホーホゥ!」
うろたえる下着泥棒が自分を知っていた事に、ちょっとご満悦なズク坊は翼をファバサァ! と広げる。
同じくばるたんも自慢の鋏を掲げると、二人して下着泥棒にじりりと寄っていく。
「――さあ、何をしてたか白状するんだぞ。ホーホゥ。まさかここが自分の家だと言うわけじゃないよな?」
「くッ、うるせえ! 可愛いくて女子受け抜群だからって……調子に乗るなよコラ!」
迫る紅白コンビに対し、下着泥棒は威勢よく怒鳴り返す。
人間とミミズクとザリガニ、種の違いによる体格差は歴然。
だからか強気な下着泥棒は、少し痛い目見せてやるぜ! と息巻いて、下着を握りしめた反対の腕を振り回すが……。
「ホーホゥ!」
「上等じゃねえか!」
「何ッ!?」
ズク坊は華麗に避けて、ばるたんは【透明人間】でスーッと透明化。
下着泥棒の素人丸出しな平手打ちは、他の干された洗濯ものを巻き込むだけに終わる。
――そこへ避けたズク坊のカウンターが。
「バカタレがホーホゥ!」の声とともに、ファバチン! と強烈な翼ビンタを喰らわせた。
「ぐおッ!?」
そして一般人の下着泥棒はダウン。
ただ、握った下着だけは離さないところは……さすがは下着泥棒か。
とにもかくにも、これで勝敗は決した。
ベランダに膝から崩れた下着泥棒を見下ろして、ズク坊はいつも見ているアニメっぽく、
「何でこんな事をしてしまったんだホーホゥ?」と、名探偵気分に優しく聞く。
「くぅうッ!」
その問いを受けて、下着泥棒は悔しそうにベランダの床を叩いた。
歯を食いしばり眉を八の字にして――意を決したように話し始める。
「何でかって? そりゃ欲求不満だからに決まってるだろ! そこそこ良い大学を出て真面目に働いてそれなりの収入があって……! なぜ俺だけ彼女ができない!? 理不尽じゃないか、どういう世の中だ! そう思うだろミミズクにザリガニよ!? だから俺はこうやって自分でガス抜きを――大好きなパンティーを盗むべく行動に移したんだッ!」
下着泥棒の口から止めどなく溢れるその雄叫び。
聞いたズク坊は、あまりの熱量の返しに唖然としている。
また、ばるたんも下着泥棒の勢い&哀愁&情けなさを前に……つい無意識に透明化を解除していた。
「ホ、ホーホゥ……。何という不満の塊だ。モテないのがそんなに……あれ? 何かお前の話を聞いてたら、誰かの顔が浮かびそうだぞホーホゥ?」
「おい、やめとけズク坊飛行隊長。それ以上は思い出さねえ方がバタ……その誰かのためだぞ」
と、首をかしげたズク坊の思考を急ぎ止めさせてから。
相棒に代わって、今度はばるたんが下着泥棒の男と向き合う。
諭すようにお説教をしながらも、同時にまだ鬱憤が溜まっている様子の相手の話もちゃんと聞き、
ポロポロと涙を流した男が、少し冷静さを取り戻すまで待ってあげてから。
「……なるほど。今回が初犯ってえわけか。その言葉を信じてやろう。反省はしているようだし、今日のところは未遂って事で見逃してやるが……次はねえぞ?」
「あ、ああ。感謝するよ。俺は本当にどうかしていたな……。迷惑かけたな、ミミズクにザリガニよ」
ばるたんとの人種を超えた会話を経て、非モテをこじらせた下着泥棒は頭を下げる。
ずっと持っていた下着もようやく手放して解放。
今は留守中で家主のいない部屋に向かって、深くまた頭を下げた。
「ホーホゥ。もう絶対にするんじゃないぞ。……あっ、そうだ。本気でモテたいならこのご時世、探索者になればいいんじゃないか? かなり危険はあるけど、戦う男はカッコいいからモテ――」
「! よせズク坊飛行隊長! その提案は分からないでもねえが……全員が全員、そうじゃねえ。悲しい話だが、超一流になってもモテねえやつは不思議とモテねえらしい」
「ホーホゥ? そうなのか、ばるたん監視員。さすがに超一流なら……あれ? 何かそれを言われたらまた誰かの顔が浮かんできそうな……?」
――こうして、仲良し紅白コンビは事件を未然に防いだ。
男がとぼとぼと帰っていく背中を確認すると、
ズク坊はまたばるたんの体をガシッと掴み、ベランダから空へと舞い戻る。
「さあ、次にいくか。まだまだパトロールは始まったばかりだぞホーホゥ!」
「おうよ。腹の虫が騒ぎ出すまで張り切っていこうじゃねえか!」
多くの人々が行き交う頭上で、紅白コンビの元気な声が響く。
その存在に気づいた子供達が手を振る中、二人はおふざけなしでパトロールを続けていく。
ミミズクのズク坊とザリガニのばるたん、上野の平和は彼らが守る――のかもしれない。