百九十八話 神風ズク坊
「お久しぶりです。わざわざ遠くまでありが――」
「来たな泰山! さあ早く例のブツを見せてくれホーホゥ!」
訓練のために山形の鶴岡を訪れた二日目。
昨日に引き続き、俺を中心に『特別強化訓練』を行った『迷宮サークル』一同は、昼休憩で一旦、近くのホテルに戻っていた。
そこへ一人の訪問者が。
部屋に戻ったすぐると花蓮を除いて、ロビーで待つ俺達のところに来たのは、
昔からお世話になっている、悪○商会みたいな顔&ガタイのいい五十台後半の男性。
東京に店を構える武器防具屋の店長、佐藤泰山さんである。
「悪いな泰山、よく来てくれた。別に俺達が戻ってからでもよかったんだが……」
「ワッハッハ。気にするな、ばるたん。ズク坊も待ち切れなかっただろうし構わないさ」
そう答えた泰山さんの右肩には、早くも翼を広げたズク坊が。
いつものゴツいジュラルミンケースを持参した泰山さんに対して、
「早く例のブツを出してくれホーホゥ!」と猛烈催促している。
……あ、一応言っとくけど『例のブツ』ってヤバイ方じゃないぞ?
ズク坊が『例のブツ』と言う時は、ほぼ百パーセント『自分の装備』の事だ。
前に金沢にいた時も、わざわざ東京から持ってきてくれた優しい泰山さん。
そして今回も同じく、ズク坊の新たな装備を持ってきてくれた、というわけだ。
「だいぶ時間がかかってやっと手に入ったぞ。……まあその分、今よりももっと効果の高い代物だぞズク坊」
「ホーホゥ! それは楽しみだぞ! さあさあ泰山!」
と、早くもテンションマックスなズク坊に言われて。
泰山さんはニコリとうなずくと、太く逞しすぎる腕でジュラルミンケースを開く。
細々とした装備やら何やらがある中で、風呂敷みたいなものに丁寧に包まれたものを取りだした。
「なるほど。やっぱり形としてはこれなんですね」
「ああ、他に加工もできるが、小さいズク坊にはこれがベストだからな」
包まれた風呂敷をテーブルに置き、結び目を解いて現れたのは――これまでと同様の『スカーフ型』の装備だ。
初代は半透明なエメラルドグリーンの『追い風のスカーフ』。
今の二代目は淡いオレンジの『暴風のスカーフ』。
そして、目の前にある三代目はというと、
前の二つと比べても一番、高貴かつ輝いているシャンパンゴールドなスカーフだった。
「――『神風のスカーフ』。飛行速度を上昇させるタイプで最高級の装備だ。もしコイツを使いこなせれば……ズク坊よ、より空の王者として相応しくなるぞ!」
「ホ、ホーホゥ……ッ!」
喜びのあまりロビーで旋回し始めたズク坊。
そんな相棒を尻目に、俺は渡された『神風のスカーフ』を受け取る。
頭の上のばるたんと一緒に触ってみるが……うおお、凄まじく肌触りがいいな。
やはり入手困難な素材(トルコの高難度の迷宮産)を使った最高級品か。
肌触りも見た目の美しさも、もはや装備というより伝統工芸品っぽいぞ。
「ほれズク坊。他のお客さんの迷惑になるから下りてきなさいって」
周囲からパシャパシャ撮られるズク坊を注意してから、俺は早速、ズク坊の首にスカーフを巻いてやる。
――ちなみに、これはド新品だが『半額』だ。
俺の『単独亜竜撃破者』祝いで、ズク坊の分をまだプレゼントしていないと泰山さんが言うのだが……。
いくら店が順調でも、さすがに『ギリギリ三桁万円』は申し訳なさすぎるからな。
本人の「タダで構わん」発言を覆し、何とか半額だけでも支払う事になっている。
「へえ、こっちはこっちでサマになってるじゃねえかズク坊」
「……ふむ、これが『神風』の名を冠す俺の新装備……。何だか体に力が漲ってくるぞホーホゥ!」
ばるたんの言葉にうなずき、ズク坊はすぐに空中で一回転。
いきなり全力を出すと屋内だし危ないので、かなりセーブして飛んで右肩に着地してきた。
「よし、じゃあ試運転してみるか。午後の訓練まではまだ時間があるしな」
というわけで、お久しぶりのズク坊の新装備の性能を確認するために。
俺、ズク坊、ばるたん、泰山さんの四人は、ホテルを出て大きな河川に向かうのだった。
◆
「じ、実際に見ると速いですね……。あの可愛らしい外見からは想像できないスピードと加速力です」
『DRT』の施設や『鶴岡の迷宮』がある川へとやってきた。
そこで上流から下流にすっ飛んでいくズク坊を見て、副隊長の檜屋君が驚いた顔で言う。
実はさっき、ちょうど施設に入ろうとしていた檜屋君を発見。
「『ズク坊飛行試験』を見ないか?」と誘ってみたら、興味を持ったので一緒に見学している。
「まあでも、こんなもんじゃないぞ。――ズク坊! そろそろ本気出してみろ!」
まだ百六十キロ程度の速度で飛んでいたズク坊。
そのスピードのまま下流から戻ってくると、余裕な感じで「任せろホーホゥ!」と叫んでくる。
直後、Uターンしてから一瞬にしてギアチェンジ。
一際大きく白い翼を羽ばたかせた瞬間、ギュン! と。
おそらくは二百キロオーバー。
テニスプレーヤーのサーブのごとく、白(+シャンパンゴールド)の弾丸が目の前を通り過ぎていく。
「さすがに直線は問題ないみてえだな。……つうか俺の目じゃ全く追えないぞ」
「安心しろ、ばるたんよ。ワシにも見えんからな」
「何せあの速度ですからね。僕や友葉さんみたいな迷宮関係者か、トップアスリートでもない限り、目の前を何が飛んだかは分からないレベルですよ」
『神風のスカーフ』を巻いたスピード狂の飛行を見て、驚いた様子の他三人。
……ふむ。たしかにばるたんの言う通り、真っすぐ飛ぶのは問題なしか。
もうだいぶ昔になるが、ズク坊にもモンスターを倒させて鍛えてはいたからな。
この超スピードの中でも、体幹(?)はブレずにキレイに飛べていた。
「とはいえ、肝心なのは『小回り』だからな。【気配遮断】があっても迷宮内に絶対はないし――おーいズク坊!」
ここで声をかけて、やや暴走し始めたズク坊を一旦、止める。
そうして次の指示を出し、モンスターを想定した空中フットワークをやらせてみたところ――。
「むむッ!? 空の王者たる俺を振り回すとは……とんだじゃじゃ馬だぞホーホゥ!」
……やはりか。相棒としての俺の予感は的中したようだ。
『暴風』に慣れたズク坊をもってしても、最上位の『神風』を制御できず。
カクカクと方向転換や急停止をする際、ズク坊の体が大きくブレて何度もバランスが崩れそうになる。
「友葉さん。ズク坊君の動き……どう見えていますか?」
「んー、そうだな。ちょっと利き翼の右の方に頼りすぎてるかな。あと力み過ぎてたまに目も瞑ってるのも危ないぞ」
「……さ、さすがです。そこまで完全に見えていましたか……」
隣の檜屋君の問いに答えると、彼は感心したように息を吐く。
多分、ズク坊のスピードよりも俺の動体視力に驚いているのだろう。
『単独亜竜撃破者』として得た力は、こういう地味なところにも影響しているからな。
まだ檜屋君は俺ほど見えてはいないが……その動体視力も含め、現時点でも充分に人間離れはしている。
――余談だが、彼はウチのすぐるに勝ったしな。
今日の午前中の訓練にて、檜屋君vs『火ダルマの探索者』の一対一が開戦。
安全な仮想空間の中、【魔術武装】で底上げしたレベル8の【火魔術】に終始、押されていたと思ったら、
ショッキングピンクなあの【ヘイトボール】を上手く利用。
ベストなタイミングで隙を突かれた我が仲間は、手痛い一発を急所に貰って敗北していた。
あとついでに一つ。
我らが従魔師の花蓮の方はと言うと、副隊長クラスに勝っている。
相手は一番手強い檜屋君ではない。……ただし、同時にもう一人の平の隊員も相手取っていた。
つまりは『花蓮&従魔四体』vs『副隊長&隊員』。
【煩悩の命】(LP108)でしぶとい花蓮を中心に、スラポンの壁にフェリポンの回復にガルポンの射撃にケロポンの打撃に。
別に相手も中三女子な花蓮の見た目に油断したわけではないだろうが……。
多彩な能力+数の利はやはり大きく、自慢の連携力もあって勝利していた。
「――っと、いけねえ。そろそろ時間だぞバタロー」
「お、そうか。サンキューなばるたん。ズク坊! もう午後の訓練にいくぞ」
ばるたんの鋏におでこをコツコツされて、時間がきたところでズク坊を呼び戻す。
まだまだ練習の必要はあるものの、特に急ぐ必要はないしな。
まあズク坊にはこれからゆっくりと『神風のスカーフ』に慣れてもらうって事で。
昼食の牛丼大盛りがほどよく消化された俺は――最後の『特別強化訓練』に向けて気合いを入れる。
「さあやるか! 隊員達にモーモーミュータントキングのラストダンスを叩き込んでやらあ!」