百九十七話 モーモーミュータントキングを討伐せよ
副隊長視点です。
少し長めです。
(強い。強すぎる。これが何十頭もの闘牛の力――最強の肉体を持つ者の戦闘力か!)
自分の名前は檜屋純次。
二十四の若輩ながら、四か月ほど前から『DRT』第三十六部隊の副隊長に任命された者だ。
そんな自分は今、通常任務でも一緒になった事がある他三人の隊員と共に、
東京の上野よりやってきた、一人のとてつもない強敵を前にしている。
五人目の『単独亜竜撃破者』であり、『ミミズクの探索者』の異名を持つ友葉太郎さん。……いや、今はモーモーミュータントキングか。
その屈強な体の上に全身鎧の『妖骨竜の鎧』を纏い、『闘牛気』という真っ赤なオーラまで放っている。
「――ッ!」
ズズゥウン! と、また地響きのような足音と震動が響く。
当たれば一発で終わり。
即退場となってしまう一撃が――自分の真横ギリギリを通り過ぎた。
(速度がさらに上がって……。使ってきたか『高速闘牛モード』!)
厳密には『牛力調整』というらしい。……まあ名称はどっちでもいいか。
とにかく、これで相手がより脅威となったのは間違いない。
一~三戦目にはなかった技を使われたため、厄介な飛ぶ打撃(赤)と並んで要警戒だ。
……正直、回避だけではすぐに捉えられてしまうだろう。
四対一の数の利があっても、なお厳しい。
ポンポンと惜しみなく【ヘイトボール】を使わなければ、反撃のタイミングさえ難しいのだ。
「まともに殴り合えばあっという間に殺られるぞ! さあどうするお前達!」
と、ここで仮想空間の外から柊隊長の檄が飛ぶ。
以前、この柊隊長とも仮想空間で戦わせてもらったが……。
こうして対峙すると、やはりタイプこそ違えど『単独亜竜撃破者』は凄まじいの一言だ。
「ハァッ!」
【ヘイトボール】で強制迎撃させた隙に【鮫肌の鞭】を振るう。
反応や動きの質は柊隊長より落ちる一方、代わりにあるのがこの『絶対的な防御力』だ。
例えるならミニマム級vsヘビー級。
他の三人も立て続けに攻撃を放っても……ほとんど効果なし。
そこには倒れるどころか、仁王立ちでビクともしない全身鎧の姿が。
(本当に同じ人間か? 巨大な城壁でも叩いている感覚だぞ)
――最初は反則だからと、実は友葉さん(モーモーミュータントキング)は鎧を『DRT』施設のものを借りようとしていた。
しかし、今回はせっかくの機会なのだ。
自分も含めてほとんどの隊員が究極の装備、亜竜から生み出された『妖骨竜の鎧』を装備する事を頼んでいた。
その結果がこれ。
尋常ならざるタフネスの上に亜竜製の鎧を纏われれば、この猛攻でもダメージは入っていないだろう。
(けど、誰も後悔はしていないみたいだな。……もちろん自分も)
むしろ皆の顔を見るに楽しんでいるのか。
大きさは百八十センチにも満たない平均的日本人サイズ。
にもかかわらず、大型モンスターよりも巨大に思えてしまう相手を前に、戦う者として痺れるものがあった。
(……幹夫。お前が憧れるのも分かるぞこれは……!)
そして、次はその強敵のターン。
重さと速度を両立させた、自分達とは比較にならない凶悪な一撃が襲いかかってくる。
「足は止めるな! 常に動いて的を絞らせるな!」
余裕は全くない。それでも副隊長として隊員に注意を促すが――時すでに遅し。
一発目は避けても、息つく間もなく来た二発目のタックルで衝突音が発生。
これでまず一人が退場だ。隊員三人の中では最も攻撃力に優れる反面、回避力では下の隊員がやられてしまった。
「ぐッ――くぅ!」
さらに続けて、獰猛なタックルが震動と共に来るが……果たしてどこまで粘れるか。
さすがに『亜竜の威厳』の方は封印してもらっている。
使われたら最後、動きが大幅に制限されて訓練にならないだろうからだ。
(とはいえ、そもそもの威圧感が……。少しでも気を抜けば飲み込まれそうだな)
三対一。
一人一人にかかるプレッシャーが強くなった中、闘争心を燃え上がらせて強敵と向かい合う。
◆
――戦いの鍵は自分の【ヘイトボール】。
一見、健康器具のようで頼りなくても、このショッキングピンクの玉は良い仕事をしてくれる。
もし、もう一枠の【スキル】が普通の攻撃系だったら?
とっくに自分達チームDは叩き潰されて退場していただろう。
「ぬぐっ! 本当に邪魔だなコイツ……!」
接近を許し、また無駄な強制迎撃をさせられた相手のラリアットが【ヘイトボール】に決まる。
直径一メートル大の『中玉サイズ』のそれは、いとも簡単に破裂してしまったが……本来はこういうものではない。
相手の攻撃を耐えてバイィーンと弾み、
地面や天井や壁などに当たって、また不思議と対象に近づいていくものだ。
(噂に違わぬ規格外のパワー。厚いゴム毬を風船みたいに潰してくるか!)
ちなみに、【ヘイトボール】には『小玉』、『中玉』、『大玉』とある。
サイズが大きくなるにつれて集めるヘイトが増える一方、どうしても発動間隔が空いてしまう。
以前の柊隊長との訓練でもそうだったように、おそらく『単独亜竜撃破者』クラスに『小玉』は通用しない。
だから今のところは全て『中玉』サイズだ。
……それでも、『百パーセント完全には』意識をそっちに向けられてはいない。
迎撃の隙に【鮫肌の鞭】や隊員達の攻撃は命中しているが……威力重視の大振りに変えれば当たらないだろう。
「ぐあ――ッ!?」
「! しまっ」
さらに何度かの交錯の末、また一人の隊員が餌食に。
飛ぶ打撃(連打)を避けきった直後。崩れた体勢のところに、地を這うような『高速猛牛タックル』を決められてしまう。
超重量を感じさせない圧巻のスピードだ。
直撃された隊員の体は、一瞬にして消えて仮想区間の外へ。
「――っとォ! 捕まえたぞ!」
「くッ……!」
そこで好機と見た自分は即座に【鮫肌の鞭】を振るう。
つい最近、レベル8に上がった【攻撃系スキル】を使ったのだが――反応されてガッチリと掴まれてしまった。
……ここで焦ってはならない。
瞬時に【鮫肌の鞭】を解除し、万が一にも武器ごと引き寄せられるのを防ぐ。
残り二人となり、唸るモーモーミュータントキングは自分をロックオンしたようだ。
なので確実に避けるべく、まず【ヘイトボール】を出して高速の接近攻撃に備えて――。
(!? そっちか!)
ところが、予想は完全に裏切られた。
超重量で薄紫色の全身鎧が向かったのは、相手から見て『真後ろ』にいた隊員の方。
視線も体の向きも、何より赤いオーラに混じった殺気も。
全て自分に向いていたはずが、振り返らぬまま真後ろにズゥン! と跳んだのだ。
「!?」
速度だけなら何とかなっただろう。……だが、突き刺さるような強者の『気』を無視できるはずがない。
それは実際の動き以上に絶大な効果を持つフェイントとなった。
副隊長の自分にいくと思っていたところに、ズゴォン! と。
反応が遅れた二本の柳葉刀を持つ隊員は、真正面からの攻撃を許してしまう。
鎧越しの背中との衝突。
……技でも何でもなく、本当に背中から衝突しただけ。
ただ何度も言うが、相手は数十トン級の怪物だ。
相当な速度も出ている事もあり……無事であるはずがない。
「ま、参りました……」
案の定、一発退場となった隊員が、グリーンの膜が張られた仮想空間の外で悔しそうに言う。
――これでついに一対一。
いよいよ窮地に陥ったというのに……自分の心はなぜか踊っている。
「(……まだ全部は出していない。お前の力、どこまで通用するんだ檜屋副隊長!?)」
自分自身に問いかけ、いざ最後の戦いを開始。
相手がいかに強大だろうと関係ない。気持ちで負けなければ必ず一度はチャンスはやってくるはずだ。
(――――よしきた!)
その決意から十数秒後だった。
血眼になって必死も必死。
飛ぶ打撃を避け、始まった恐怖の『狂牛ラッシュ』もギリギリで全てやり過ごした直後。
全身鎧の威圧的な姿が、不自然にガクッ、と。
砂利だらけという足場の悪さに加えて、激しい戦闘によって飛び散り偏った、特に不安定な足場を踏んでバランスを崩したのだ。
瞬間、自分は無意識に【ヘイトボール】を発動。
少し時間のかかる『大玉』を生み出し、直径二メートル大のそれを弾ませて相手のもとへ。
そこから生まれた結果は想定通り。
『中玉』の時とは違い、モーモーミュータントキングは体の向きから全て【ヘイトボール】に強制集中。
しっかりと迎撃をさせられるその隙に、自分は【鮫肌の鞭】で最高火力の技に入る。
「『螺旋散牙の』――え?」
大技を発動しようとした、まさにその時。
自分の目に映ったのは、今までと同じく『大玉』が一撃で粉砕された光景――ではなくて。
すでに目前に迫っていた、健在なままの【ヘイトボール】の姿だった。
(まさか『投げた』のか!?)
突然の想定外に、すぐさま『大玉』の【ヘイトボール】を解除。
【鮫肌の鞭】と同じでいつでも解除可能なため、自分に返ってぶつかる前に対処した。
「ッ!?」
目の前から二メートル大のショッキングピンクが消える。
と同時。次に目に飛び込んできたのは、薄紫色の鎧と真っ赤なオーラを纏った敵の姿。
ズゥン! と地面を蹴って音を響かせ、すでに飛び込む動作に入ったところだった。
「――勝負あり」
目と鼻の先に迫り、寸前で『急停止』したモーモーミュータントキングが静かに言う。
これは……やられたな。
ギリギリで回避できそうだった自分は、この後の反撃の事も考えて、最低限の横移動で避けたつもりだったが……。
届く距離にあった右腕を掴まれ、グイッと。
絶望的なパワーの差から、赤子のごとく引き寄せられて――。
「『牛頭ヘッドバット』!」
骨の兜の下から生まれた、その声を聞きながら。
もはや回避不能な自分は、成す術なく脳を貫く衝撃を受けて――視界がぐにゃりと歪む。
「…………完敗です。ありがとうございました」
そうして視界が戻り、自分の口から自然とその言葉が出た時。
仮想空間の中で立っていたのは、恐ろしきモーモーミュータントキングただ一人だった。