百九十五話 特別強化訓練
「す、スゴイな……。実際に見るとちょっと怖くもあるぞ……」
柊さんに檜屋君を紹介されて、装備を整えた俺は皆と合流して、いざ『鶴岡の迷宮』へ。
『鶴岡の迷宮』は『DRT(迷宮救助部隊)』の訓練専用の場所だ。
上の下レベルと難易度が高い反面、得られる素材は安物ばかり。
なので当然、探索者は敬遠するため、早くから完全なる訓練場となったらしい。
そんな川沿いに位置する迷宮の、無数の石が積み上がって出来た入口から侵入。
階段を下りて、足元が砂利だらけの通路を少し進むと――すぐに最初の広場に到達する。
そこで始まった『全力の戦闘』を、俺達『迷宮サークル』は柊さんと一緒に見ているのだが……そこにモンスターの姿はない。
一層モンスターのマーダーホース(殺人馬)はまだ出現していない。……というか、出たところで『邪魔者扱い』ですぐに処理されるだけだ。
今回は人vs人。つまり、『隊員同士の戦い』である。
――当然、普通はそんな事はありえない。
実戦形式の訓練ならモンスター相手が常識だからな。
……ただ、今ここは普通ではないのだ。
より正確に言うと、直径十五メートルくらいの『広場の中だけ』が。
「ホーホゥ。まさかこういう【スキル】もあるとは……」
「直接の戦闘力には何の役にも立たねえだろうが……。なるほどたしかに、こういう使い方なら非常に役立つのか」
目の前で繰り広げられる戦いを見て、ズク坊とばるたんが納得したような声で言う。
そう、【スキル】。
現在、広場で戦っている二人の隊員が、まるでモンスター相手みたいに『互いを本気で仕留めよう』としているのは、
「――――、」
俺のすぐ真横。
そこで一人片膝をつき、両手を地面につけた隊員のとある【スキル】が発動中だからだ。
【スキル:仮想空間】
『任意の範囲を『仮想空間』に変える。この中での死亡は死亡扱いとならず、人体および装備に負った傷もなかった事になる。容量は熟練度に依存する』
「……だいぶトリッキーな【スキル】ですね、柊さん。たしかにこれは……訓練にはもってこいですか」
「ああ、かなり便利で役立つ【スキル】だ。この【仮想空間】があるからこそ、隊員同士の本気の訓練ができるというわけだな」
紅白コンビと同じく、俺と柊さんはありそうでなかった光景に見入る。
まあ俺個人としては、『悪魔の探索者』の稲垣や、黒いノア=シュミットと戦いはしたが……。
基本、【スキル】を持った人間同士が本気で戦うシチュエーションなんてないからな。
そんな広場は今、ドーム状の淡いグリーンの膜に覆われている。
その中がゲームのような仮想空間で、絶対に誰も死なないとはいえ、だ。
衝撃や痛覚自体は多少、存在するらしく、緊張感で支配されている。
彼ら二人は死亡判定(または再起不能判定)により、どちらかが外に出されるまで戦い続けるのだ。
「――あ、何だ。初戦はあっさり決まったみたいだな」
と、格闘技観戦みたいに興味深く見ていたら。
片方のノッポな隊員が、踏み込みからの斬撃を首筋に喰らった瞬間。
存在したはずの体がパッと消えたと思いきや、瞬時にワープ(?)して仮想空間の外に。
勝者(内)と敗者(外)で互いに一礼して、次の二組目の番となった。
「おおー。――おっ……――ほほおー!」
そんな感じで、準備運動にしては過激すぎる戦いが何度も続いた後。
会議室で受けた説明通り、俺は柊さんに目で合図してから。
頭と右肩の紅白コンビをすぐると花蓮に預けて、広場の中央に向かって一歩踏み出す。
――ズシィイン! と。現在六十八牛力、推定体重『五十四・四トン』の体で。
「では、始めるとしよう。今回の『特別強化訓練』を」
柊さんがそう言った直後。
ゴクリ、と複数の隊員達が一斉に唾を飲み込む音が聞こえてきた。
張り詰めていた空気がまた一段階、ピンと張り詰める。
隊員達の視線はただ一点、準備万端で仮想空間のセンターに陣取った、全身鎧の俺に注がれている。
……さて、ではでは教官デビューといこうか。
俺が仁王立ちで待ち構えていると、柊さんが以外にもノリノリな声で、隊員達に状況説明をし始める。
「――遭遇したのは人型モンスター『モーモーミュータントキング』。戦闘力は亜竜に匹敵。圧倒的なフィジカルを持つこの強敵を――力を合わせて討伐してみせろ!」
◆
「囲めッ! 四方から一気にかかるぞ!」
四人一組となった最初のチームが一斉に動く。
そんな彼らの動きを、仮想空間の中心で俺(モーモーミュータントキング)は注意深く観察する。
……ふむ、まあそりゃそうだよな。
格上のモンスター(設定)相手なら当然の陣形か。
四人は前後左右に素早く移動。適切な距離を保って俺を取り囲んできた。
こうして人間に、それも真剣な眼差しの『DRT』隊員に囲まれると……本当に自分がモンスターだと錯覚してしまうぞ。
……だからまあ、気分的にもここは一発、やっておくか。
『ブルルゥウッ――!』
「「「「ッ!?」」」」
挨拶代わりの『闘牛の威嚇』でノドを震わせる。
もう一つの『亜竜の威厳』と比べれば可愛い威圧だが、一瞬でも相手に与える効果としては充分だ。
先鋒を務めるこの四人は平の隊員だからな。
隊長・副隊長クラスにはまず効かないだろうが、実力的にだいぶ劣る彼らなら少しは効くはずだ。
「とはいえ全員、有望らしいからな。――そんなに手は抜かないぞ!」
「!」
骨の兜の中で叫び、俺は先手必勝で正面担当の隊員を狙う。
『闘牛気(赤)』での打撃飛ばしと、『牛力調整』での高速戦闘はまだ使わない。
まずは小手調べとして普通に戦ってみよう。
「お、やるな! これを避けるのか」
「くッ! これが『猛牛タックル』――何という風圧!?」
見事な体さばきにより、寸でで回避した隊員に驚く俺。
掠るくらいはすると思っていたので、つい独り言を呟いてしまって――。
「『旋風斬り』!」
「む!」
背後に振り向くと同時、殺気と共に回転しながらの斬撃が。
それを見てすぐ、超反応をもって今度は俺がサイドステップで回避する。
「一人は【回転剣術】のぐるぐる剣士か。んで残りの三人は……」
直後、三方から立て続けに襲いかかってきた隊員達。
迷彩服の上にそれぞれ異なる軽鎧を纏った姿で、これまた異なる力を披露してきた。
――ボゴォオン!
――ガガガッ!
――ガキィイン!
爆発を伴う打撃(【爆砕拳】)と、変わった形状の手裏剣(【歯車手裏剣】)と、まんま狼人間の鋭利な爪(【魔人狼】)と。
タイミングを合わせて襲いかかってきたそれら三つを、俺はガードを固めて受け止める。
『全身蹄化』した六十八牛力の体に加えて、自慢の『妖骨竜の鎧』で衝撃はあってもダメージはなし。
また、誰がどの【スキル】を持っているかは分からないが……一応、説明の時にリストは見せてもらったから驚きもない。
「……けど、『コレ』は思ったより邪魔くさいな」
その中で唯一、気になったのは、左にいた隊員が放った【歯車手裏剣】だ。
当たったら落ちる、と普通に思っていたところ、
直径三十センチの歯車な打撃系手裏剣(×2)は、直撃した左籠手にビタッとくっ付いたままだ。
重さ的には多分、二つで百キロくらいはありそうだが……。
「まあでも、パワフルな俺には無問題ッ!」
「んな!?」
重さが数十トン単位の俺に、百キロなんて何のその。
歯車二つを付けたまま、即行で犯人(?)に接近して――。
「うらァ!」
「ぐガ……ッ!?」
おそらくないと思っていただろう、歯車付きの左腕で『闘牛ラリアット』を一閃。
無警戒で回避が遅れたところに、ドゴン! と上体目がけて思いきり叩き込んだ。
――正直、仮想空間といっても同じ人間を殴るのは怖い。……だが、それでは訓練にならないからな。
俺は心を鬼にして、モーモーミュータントキングになりきって攻撃を加えた。
瞬間、これまで見たのと同じく隊員の体が消失。
ちょうど俺の視線の先、仮想空間の淡いグリーンの膜の外へと出ていた。
「ゆ、油断した……。二つも付いたのに何てパワーとスピードだ……」
もっと動きが落ちると予想していたらしく、隊員が悔しそうな顔で呟く。
だが、すぐに俺は死亡判定が下りた脱落者ではなく、残りの三人の方へと意識を向ける。
「お前ら一瞬たりとも油断するなよ!? 一発でも貰えば退場だからな!」
「もちろんだ。今の衝突音を聞けば分かるからな……!」
「まさにフィジカルモンスター、オーガやトロールが本気で可愛く思えるぞ」
一人を仕留めた俺を見て、強い眼差しと気迫を返してくる隊員達。
……ふむ、さすがは平の隊員でも『DRT』か。これも日頃の厳しい訓練のたまものだろう。
見る限りそこまで気圧されていないみたいだし……精神力に関しては絶対、普通の探索者よりも上だぞ。
そんな彼らの『正義』の姿を見て。
思わずテンションが上がった俺は――後で総ツッコミを受ける事になるセリフを吐く。
「クックックッ! 愚かな人間どもめ。我が力の前にひれ伏し、迷宮の塵となるがよいッ!」