百九十四話 友のためにも
「こちらこそよろしくお願いします。――で、柊さん? なぜこの檜屋君だけを俺に……?」
いざ『特別強化訓練』に向かうため、皆が会議室を出ようとして。
呼び止められた俺と、檜屋という『DRT』副隊長は柊さんの顔を見る。
すると、柊さんは真剣な顔でうなずいてから、
「彼はここ一年、メキメキと強くなった有望な隊員だからな。ぜひ友葉君には知っておいてもらって、彼がさらに強くなるためにも、特に鍛えてもらえればとね」
「は、はあ。なるほど了解です」
「ああ、だからよろしく頼む。……ところで檜屋君。特別目立ってはいなかった君が、なぜ副隊長に抜擢されるまで急成長したのか。これから胸を貸してくれる友葉君にも教えてあげなさい」
そう言って、檜屋君の背中をポンと叩く柊さん。
……ふむ? いつもの柊さんと比べると……何か少し意味深な言い方と態度だぞ。
そもそも別に、彼が急成長した理由を聞く必要は普通はないからな。
おそらく『そこ』に、わざわざ俺に紹介したい理由があるのだろう。
「は、はい。柊隊長!」
対して、その檜屋君はというと。
柊さんと俺の前にいるからか、なかなかに緊張気味な様子で、ビシッと姿勢を正してから言う。
「他の同期と横並びだった自分が、一人今の地位を任されたのは――やはり『覚悟』が生まれたからだと思います。入隊時から使命感は持ってやっていましたが……。決して揺るがない覚悟は、今までなかったのだと思い知らされました」
「ホーホゥ? 覚悟とな?」
檜屋君の力強い言葉に、右肩で静かにしていたズク坊が聞く。
そのズク坊に檜屋君はうなずくと、俺とズク坊、頭の上のばるたんに教えてくれる。
――いわく、彼に覚悟が生まれて変わったのは約一年前の事。
きっかけは友人の『死』。
高校時代からの友人で、その彼とは大学進学と自衛隊入隊という、全く異なる進路もあって会えなくなってしまったが……。
卒業後も連絡は取り、互いの近況を報告し合うなどしていた。
そうして三年が経った頃、友人から『探索者デビュー』をするとの報告が。
しかしそれ以来、連絡が途絶え途絶えになってしまう。
ただ無事に生きている事は分かったので、檜屋君は安心していたところ、
その一年後。友人からの連絡が今度は完全に途絶えてしまったのだ。
心配になった檜屋君は何度も連絡を試みた。
そこで久しぶりに返事が返ってきたと思ったら……それは友人の母親からのものだった。
息子は死んだ、と。
いつも心配をしてくれて本当にありがとう、と。
「……あんのバカ、自分の力量も分からずに無謀な挑戦をするから……。一度は諦めたらしいんですけど、なぜかまた探索者を志したみたいで」
そう話してくれる檜屋君の顔が暗くなる。
いやいや何か……思っていたのと違ってだいぶ重い話だな?
柊さんはコレを俺に教えてどうしようと――。
「アイツが潜ったのは『上野の迷宮』なんです。初心者のくせに、上の下レベルのパワー系迷宮に潜ったら――って、すいません。友葉さんのホームですからその説明はいりませんよね」
「……え?」
と、その時。
柊さんの意図に戸惑う俺の耳に、まさかの上野というワードが入ってきた。
「するってえと何だ? つまりその友人は上野で命を落としたのか」
「はい、そうですザリガニ君。約一年前、一人で潜って死にました。きっと大ファンだった友葉さんのホームだから潜ってみたんでしょうが……本当にアイツはバカ野郎です」
「……ん? 約一年……前?」
檜屋君の口から続けられた言葉に、聞いていた俺の思考がピタッと止まる。
――ちょっと待て。約一年に『上野の迷宮』で、初心者が一人で潜って命を落としただと?
加えて、その友人は『俺の大ファン』ってまさか――。
「それも『クリスマスの日』だったそうです。友葉さんが妖骨竜と戦ったあの日――アイツは一人、死んだんです」
「!?」
瞬間、俺の中にあった疑問が全て晴れた。
まだ檜屋君の話は続いているが、そんな彼を手で制して――最後の確認として聞く。
「なあ、その友人の名前って……?」
「あっ、はい。……幹夫です、堀田幹夫。優しいけどすぐにテンパる、自分の大切な友人の一人です」
「!」
「ホーホゥ……!」
「なる……ほどな」
その返答に、俺もズク坊もばるたんも反応する。
そして俺は柊さんを見て、また隣の檜屋君に視線を戻す。
……そういう事か。だから柊さんは特別に一人だけを紹介して、彼に過去も含めて話までさせたのか。
堀田幹夫。
檜屋君と違って友人でも何でもなくても、その名前と顔を俺が忘れるはずがない。
俺の大ファンで、初めて出会ったのは夜の公園前の歩道。
それから何日か経ったあの日、クリスマスに『上野の迷宮』に一人で潜っていく姿を見つけて追い掛けて、
一層の巨大ホールにて、何度かのやりとりの末に。
結局、俺は止められずに、【スキル】によって亜竜・妖骨竜を『召喚』させてしまった男だ。
「…………、」
今の『単独亜竜撃破者』友葉太郎がいるのは、間違いなくアイツがいたから。
自身の命を捨ててまで、アイツの望んだ通りに『クリスマスの決闘』で俺は勝利した。
絶望していた一人の若者を救えずに――さらなる高みへと上ったのだ。
「ゆ、友葉さん? 大丈夫ですか……?」
「あ、ああ。悪い。……ちょっとボーッとしてたな」
――っと、あの時の事を思い出してフリーズしていたか。
ここまでの話を檜屋君から聞いて、なぜ俺に会わせて特に鍛えてほしいのか……やっとこれで理解できたぞ。
「もう誰かの大切な人を失わないために。そこで初めて覚悟が生まれて、変わった自分は責任ある副隊長の職を任せてもらっています」
力強い目の檜屋君は一礼する。
そうして説明を終えた彼は、足早に他の隊員達を追って会議室の外へ。
そんな一人の、若くても立派な背中を見届けて。
俺はフーッと息を深く吐いてから、ずっと静かに見守っていた柊さんの方を向く。
「なるほど、こういう事だったんですね。……彼はあの時の真相を知ってるんですか?」
「いや、何も知らない。【スキル】についても行動理由についても、何も教えてはいないんだ」
「ホーホゥ。……まあ、そっちの方がいいかもしれないぞ」
「世の中、知らねえ方がいい事だってある――ってえわけだな」
新たな登場人物のまさかの正体(?)に。
俺達は改めて、少し考えさせられるものがあった。
……ただ、これで俺の中の『指導心』に火がついたのも事実だ。
「アイツの死が、結果的に彼を強くしたのか。……なら、ぜひ俺も手伝わせてもらうか」
どれだけ技や体、二つの【スキル】を鍛えようと、一人の人間だから限界はある。
それでも、手が届く範囲なら全ての者(探索者)を助けられるように。
『DRT』隊員としての彼のさらなる成長のため、俺も先輩として一肌脱ぐとしよう。
……そんな俺の決意の顔を見たからか?
相変わらずのダンディな柊さんは、ニコッと絵になる笑みを浮かべながら。
「では、我々もいこうか。助けるべき者を当り前に助けられるように――若手を厳しくしごくとしよう」