百八十八話 語り継がれぬ戦いの結末
前半は回想、後半から主人公視点です。
ちょっと長めです。
「俺達は……ついに、やったのか……」
――20XX年、八月十五日――。
『ベルリンの迷宮』十三層、その最奥にある全長一キロ、幅八百メートル、高さ七十メートルを誇る超巨大空間の中央で、一人の男は呟いた。
『至高の探索者』ノア=シュミット。
世界の探索者の頂点に立つ男は、右腕と右足を失いながらも、片足で立ったまま戦場を見つめる。
目の前には頂点捕食者、すでに息絶えた紅蓮の竜の姿が。
首を斬り落とされて血の海に沈み、全長四十メートルにも及ぶ巨体が倒れている。
……また、その周囲には。
死してなお王者の風格を放つ、紅蓮の竜を囲むかのように……同じく血の海に沈んだ多くの探索者の姿もあった。
「「「「団長!」」」」
そんな凄惨かつ静寂が訪れた現場の中で、ノア=シュミットを呼ぶ声が響く。
今回行われた人類初の大作戦、『滅竜作戦』。
それに共に挑んだ頼もしい仲間達が、トドメを刺した英雄のもとに駆け寄ってくる。
彼らの手にあるのは、武器ではなく担架だ。
マジックバックから急いで取り出し、重傷を負った我らが団長のもとへと運んできた。
頼るべき【回復魔術】持ちは――戦いの余波で命を落としてしまっている。だからもう、傷口を回復する術はない。
まず止血をして、重傷を負ったノア=シュミットを担架の上へ。
討ち取った竜の回収は他の者に任せて、直属の部下達が急いで地上を目指して運び始める。
「……俺は、多くの犠牲を出してしまった。だがこれで……皆の死が、無駄になる事はない。本当に、よかった……」
「団長! もう喋らないでください! 傷に響きますので……!」
途切れ途切れでもたしかな声のノア=シュミットに、『狂角竜の剣』を預かった直属の部下が声をかける。
総勢六十一名。
『不屈の魂』を中心に、ヨーロッパ各国の有力な探索者を集めて行われた『滅竜作戦』。
その結果は、一時間を超える死闘の末に。
半数以上となる三十二名の犠牲者を出しながらも、見事、竜の討伐に成功していた。
(何が『至高の探索者』……全然ではないか。皆を率いる団長として、多くの者を守れなかった。……俺は、まだまだ力不足だ)
――最強の竜を相手に、たった三十二名の犠牲で済んだのは、紛れもなくノア=シュミットの指揮と力のおかげだ。
だが、当の本人はそうは思わない。
竜を討伐したという大きな達成感はある。それでも、多くの仲間を失ってしまった絶望感と無力感の方が大きかった。
そんな様々な感情を抱きながら、腕と足を一本づつ失った男は担架で運ばれていく。
(?)
そうやって仲間に運ばれる途中で――ノア=シュミットは気づく。
探索者としてデビューしてから、長い時間をかけて育ててきた【スキル】。
竜の首を斬り落とした【会心の一撃】と【三色の剣】が、どちらも『レベル10』に達している事に。
(……そうか、やはりそうだったのか……)
自分の状態を確認したノア=シュミットは、弱っていく中でも口を開こうとする。
そして今日、伝説となった英雄は、後世まで伝えられる事になる言葉を残した。
「もう諦めていたのに……レベル10に到ったようだ。お前達よ、生きて帰って伝えてくれ。【スキル】を極めるには、やはり竜を倒さねばならないと」
これがノア=シュミットの最後の言葉となった。
彼を運ぶ仲間達は急ぎつつも揺れないように、『ベルリンの迷宮』九層から八層への階段を上がっていく。
(…………、)
だが、そこで終わりではなかった。
言葉こそ発さずとも、薄れゆく意識の中で彼は思う。
ああ、このまま死ぬのかと。
せっかく【スキル】がレベル10に至ったのに、披露する機会は訪れないのか、と。
(………、)
できる事なら竜か亜竜――いや違う。
今日までモンスター相手に頑張ってきたのだ。
ならば今度は先輩として、この力で後輩を指導して育てる、なんていいかもしれないな――ノア=シュミットはそう思った。
(……、)
運ばれながら、青ざめた顔でも彼はフッと笑う。
極めた【スキル】を一度も使えないのは『大きな心残り』だが……望みすぎても仕方ない。
(…、)
そして、ノア=シュミットは目蓋を閉じた。
浅かった呼吸は潮が引くようにまた浅くなり……ついにその活動が止まる。
――『ベルリンの迷宮』八層。そのちょうど中間地点にて。
『至高の探索者』の異名を持つ伝説の英雄は、『不屈の魂』だけを残して息を引き取った。
◆
ドゴォオオン――! と決着の音と震動が生まれる。
その中心で俺は一人立ち上がり、倒れて動かない伝説の英雄の姿を真似た偽者を見下ろす。
「……ハァ、ハァ……」
正直、勝利の雄叫びは出ない。それほどにキツイ戦いだった。
俺は息が乱れたまま、ひょいと落ちている骨の兜を拾う。
そしてまた、自分が倒した黒い強敵の姿を確認する。
背後からがっちりと掴み、思いきり叩きつけたからな。
纏った金属製の軽鎧も少し変形しているし……衝撃で背骨は砕けているだろう。
「ホーホゥ! バタロー!」
「先輩……!」
と、ここでズク坊とすぐるも丘の上へ。
勝利を確認して気が緩んだからか? 無意識に『亜竜の威厳』が切れていたので、二人とも動きはいつも通りだ。
「心配かけたな、二人共。最後の最後までボコボコに喰らってたけど、何とか勝てた……勝ったよなズク坊?」
「もちろんだ。もうコイツの生命活動は終わってるぞホーホゥ!」
念のための俺の確認に、右肩に止まったズク坊が鼻をスンスンさせて答える。
威力もスピードも技術も反応も【スキル】も、全てがあり得ないくらいにスゴかったが……。
やはり再現率は100%。
大型モンスターには及ばない、『人間の脆さ』も併せ持っていたようだ。
「それにしても先輩、ご無事でよかったです。何せ相手はノア=シュミット……それも【スキル】だけ『竜の討伐後』のレベル10状態でしたから」
「ホーホゥ、全くだ。英雄を再現するだけでも反則なのに……。体と【スキル】、せめて竜の討伐前か後か、どっちかにしろって話だぞホーホゥ!」
「……へ? ちょい待て二人共。今なんと……?」
――勝利の余韻と、生き残った安心感に浸っていたその時。
安心半分、困惑半分な顔のズク坊とすぐるが、俺に向けてそう言ってきた。
「ホーホゥ。だからだなバタロー。黒いノア=シュミットの二つの【スキル】が――……」
そこで改めて、右肩のズク坊から詳しい説明を受けて。
一時的に疲れさえも吹っ飛んだ俺は――たまらず一言。
「何それ!? ズルイぞ大先輩!?」
……まさかの衝撃の事実だ。
たしかに言われてみれば、『狂角竜の剣』がない割に苛烈な攻撃とは思っていたが……。
何せ相手は伝説の英雄だからな。
そもそも【スキル】もレベル9という熟練度の高さ。……だからそういうものだと戦いながら勝手に思っていたぞ。
「……って事は、だ。竜も体験しなかったカンスト状態の【スキル】の力を、世界で初めて俺が体験したってわけかい……」
「フン、何をさっきからわけの分からん事を言ってるんだ。ネコ=サミットなど聞いた事もない。手こずりすぎだぞ友葉バタロー!」
「「「…………、」」」
ズク坊達に続き、ここで話を聞いていた小杉も丘の上へ。
相変わらずのその変人スタイル(?)に、俺達全員、閉口してしまう。
……とはいえ、いつもと違って強くは言えないのが辛いところか。
俺もズク坊もすぐるも分かっている。
あの状況でコイツが来なかったら、今頃、討ち取られていたのは俺の方だったのだから。
「オッホン! まあとにかくだ。ちょっとマジで少し休憩を入れようか」
時間にすれば三十分も経っていない。
それでも、最初から最後まで張り詰めたギリギリの戦いを制して、もう完全に気が抜けてしまっているぞ。
「あっ」
「ホーホゥ!」
と、その時。
死して仰向けに倒れていた、黒いノア=シュミットの体に変化が起きた。
黒い霧が晴れるように、音もなくただ静かに。
その精巧で漆黒な体がゆっくりと消えていき――壊れた大剣と軽鎧を残して無に還ったのだ。
……やはり極めて特殊な個体だったか。
実体があるモンスターにしては消えるのが早いが……とにかく、これで本当に終わったみたいだな。
そんな黒いノア=シュミットの最期を見届けて。
俺はダメージが残る体の重さに耐えられず、ズズゥン! と勢いよく座り込む。
そして、一番近くにあったポーチ型のマジックバックの中をゴソゴソ。
『ミルク回復薬』を三本ほどまとめて取り出し、ヤ○ルトみたいに一気に飲む。
――その後、宣言通りに丘の上でしばし休憩タイムを取った。
なぜあんな黒いノア=シュミットが生まれて出てきたのか、あーだこーだと皆と議論もする。
俺達の中で最も信憑性が高い仮説としては――さっきの消え方を見ても、『亡霊系』の新種モンスターの仕業。
伝説の英雄の魂が何らかの理由で成仏しきれずに、
その『彷徨う魂を取り込み』、姿と技を完全再現したという説だった。
……あと、その大事な議論以外にも……小杉お決まりのウザ自慢話も。
ただ何度も言うが、今回ばかりは本当に助かったので……全員で黙って聞いてやったぞ。
「いや本当、トンデモないレッスンだったな……」
ぽつりと言って、俺は自分の足跡でボコボコな丘に寝転がる。
天井から差すエメラルドグリーンの光りを浴びながら、ゆっくりと目を閉じた。
きっと今回の戦いは、言っても誰も信じないだろう。
仮に信じてもらえたとしても、何となくノア=シュミットの歴史に少し傷がつくような気もするし……俺としても言うつもりはない。
まあ、別にそれでいいよな。
俺にとっては、『伝説の英雄と戦った』という事こそが大きな価値があり、貴重な経験となったのだから。
「まさに時代を超えた半分悪夢な半分奇跡――ん? って何の冗談だよコラ!?」
「ホーホゥ? どうしたバタロー?」
あれこれと一人考えていたら、俺の脳内にふとあるものが。
そのとある内容、いや『理不尽な結果』を受けて――俺はむくりと体を起こし、魂からツッコんでしまう。
「ちょ、ちょっと待て! んな殺生な!? あんな完璧再現の伝説の大先輩を倒したのに……『一牛力』しか上がらねーのかい!」