百八十六話 宿命のライバル
ちょっと長めです。
「おま、何でここ――」
「ハッハッハ! ここで会うとはやはり宿命ッ!」
七層の住人、ジャックナイフカクタスの群れが乱入しようとする危機的状況で。
後ろから先に一人、また別の乱入者が駆け上がって丘の上までやってきた。
植物系の初めて見る木製の軽鎧を纏い、相変わらずの太眉と坊主頭のそいつは――『農薬王の探索者』こと小杉達郎だ。
その小杉が丘を上がり、俺の真横まできてピタリ。
ここには黒いノア=シュミットもいるというのに……俺の方だけを見て胸を張って、早速、踏ん反り返っているぞ。
「いやマジで、ここで何ってんだよクソ坊主!?」
「フン。そんなもの武者修行に決まってるだろう。俺クラスになればここらで海外経験を、となればやはりベルリンだ! ――というわけだ!」
ズビシ! と自分自身を指差しながら、堂々たる声と姿勢で言う小杉。
……コイツは頭のネジが何本か外れているのか?
黒いノア=シュミットがいるのに、『亜竜の威厳』も発動している状況下なのに、
そんなものは関係ない! とばかりに、いつも通りの小杉である。
「まさかお前達もベルリンにいるとはな。ガキんちょ従魔師は見当たらないようだが……って何だこの黒いヤツは?」
と、ここで。
やっと黒いノア=シュミットの存在に気づいたらしく、小杉が俺から敵へと視線を移す。
あまりに堂々としているから、だろうか。
黒いノア=シュミットも困惑している……ような気がしなくもないが、
『三属性混合』の大剣を下段に構えたまま、俺達二人をまとめて観察している。
「……コイツが俺が今、一戦交えてるモンスターだ」
「なるほどな。七層に混じってるって事は、特殊なヤツってわけか。……ふむふむ」
「そうだ。あとこの重い空気で分かってるとは思うけど……普通じゃないぞ?」
「ん? そうなのか。たしかにさっきから頭や肩が重いな」
緊迫した状況だというのに、俺と違って小杉はのん気な感じのまま。
……うなずいているが絶対、事の重大性を分かっていないな。
すでに前方からは、ジャックナイフカクタスも迫ってきているのが丘の上から見えるし――。
「とにかくこの黒いの、ノア=シュミットの偽者は俺がやる。きて早々悪いけど、お前は前からくるサボテン共を頼む!」
「……フン、いいだろう。指図されるのは癪だが、『草刈り』は俺の得意分野だからな」
言って、一歩踏み出そうとする小杉。
だがなぜかピタッと片足を上げた状態で止まって……また俺の方を向く。
「おい友葉バタロー。その前に一つ……ノア=シュミットって誰だ?」
「は!?」
頼みを聞いてもらい、さあやるぞ! となったところで小杉からの問いが。
しかもその内容が予想外&非常識すぎて。
一旦、体に入れた力と集中力がフッと抜けてしまう。
「いやだからノア=シュミット! あのノア=シュミットだって! 知ってるからお前もベルリンを選んだんだろ!?」
もうモンスターの群れが迫っているので、超早口で答える俺。
ただ小杉はというと、特徴的な太眉を八の字にして、
「? ……まあアレだ。ノア=シュミットだかネコ=サミットだか知らんが、俺以外に負ける事は『宿命のライバル』として許さんぞ!」
ズビシ! と今度は俺の顔面を指差し、叫んだ小杉は改めて丘の向こうへと動き出す。
『――――』
と同時。黒いノア=シュミットも動き出そうとしたので――俺は即座に小杉との間に割って入る。
「ったく、危ないな! 英雄の偽者がいるのに、全くの無警戒とかお前くらいだぞ?」
やる気満々でダッシュで丘を下りていく小杉を確認して、ついため息の一つもつきたくなる。
だがまあ……今回ばかりは正直、助かった。
後ろは火魔術師のすぐるに、前は農薬散布の小杉に。
どちらか一方からでも乱入されればアウトだった状況が、おそらくこれで『解決』されるのだから。
「『宿命のライバル』……ねえ。ここまでくると何だかなあ?」
不思議と俺の口から笑みがこぼれる。
そして、この絶妙なタイミングで【過剰燃焼】が切れたので。
体力の三分の一をごっそり持っていかれた俺は、すでに回収していた『ミルク回復薬』を飲む。
……さあ、仕切り直しといこうか。
ここは上野か? と錯覚してしまう展開があったわけだが……俺はまた【過剰燃焼】を発動し、黒いノア=シュミットと向かい合う。
「待たせたな大先輩。これで邪魔は入らないから――引き続きサシの勝負といこうか」
『…………』
二つの異なる『亜竜の威厳』がビリビリと効く中、天井から降り注ぐ光を受けて。
俺と黒いノア=シュミットは丘を舞台に、時を超えた戦いの第二ラウンドを開始した。
◆
「フン! サボテンごときが俺に刃向かうとは片腹痛い!」
ズズゥン! ズバァアン! と互いの存在と力を示す轟音が響く。
その発生源である丘から下りたところで、『農薬王の探索者』小杉達郎は一人、ジャックナイフカクタスの群れと交戦する。
数は九体。
地面から柱のように立つ四、五メートルの体に、出し入れ可能な無数のナイフを武器にして、ジャックナイフカクタスは津波のごとく押し寄せてきた。
――だが、その数的不利な状況でも小杉は笑う。否、嘲笑う。
しかもそれだけでなく、通常運転な『自慢』を入れながら、である。
「俺の【除草剤】はレベル8! 【幸運】にいたってはついに大吉だ! 実力と運に恵まれた俺を止める事など不可能ッ!」
そして、お決まりのプシュプシュー! という音が。
左右十本の爪の間から噴射した真っ黄色の霧状のスプレーは、瞬く間に周囲へと広がっていく。
直後、シワシワシワ……! と。
噴射されたそれに触れた瞬間、鋭いナイフも含む、ジャックナイフカクタスの全身全てが一気に枯れ始める。
『絶対的相性の悪さ』。
たとえ耐久力に優れて、『指名首』に指定されていたとしても。
植物系モンスターでは、反則級の【除草剤】に太刀打ちできる術はなし。
また、丘から下りてくる強者二人の『亜竜の威厳』の存在も大きい。
離れていても影響はあり、通常よりも動きが鈍いのは小杉の助けにもなっていた。
……ちなみに、その小杉ではあるが。
なぜかズク坊達やジャックナイフカクタスと比べると威圧の影響が少ないのは……実は【スキル:幸運(大吉)】のおかげだったりする。
妖骨竜の『恐怖』と狂角竜の『怒り』。
二つの個性が、運良く打ち消し合うような効果(【幸運】持ちにとってのみ)であったために。
動きに制限がそこまでかからず、受ける影響が『半減』していた。
「枯れろ枯れろ! ベルリンに咲くメキシコ代表共めッ!」
丘の下まで殺到した群れはあっという間に壊滅。
ただ前方からはまたポツポツと、新手が断続的にきているが――。
「必殺! 『フォックススプレー』!」
一転、十本の指を広げる形から『キツネの形』へ。
拡散型から直線型へ。
合わさった親指、中指、薬指の三点の爪から、スプレーというよりレーザー染みた【除草剤】が発射される。
総散布量は落ちるが、速度・濃度共に最も高まるスプレー口の形だ。
……であっても、少しばかり撃つタイミングが早すぎた。
まだ百メートルは離れており、さすがに届かない――と思いきや、
打撃と斬撃が交わり、丘の上から流れてきた戦いの風圧によって。
運良く強烈な『追い風』となって、先頭を滑る個体へと届いた。
その瞬間、距離など関係ないとばかりに枯れ始める先頭の個体。
急に動きが止まり、それに激突するように後ろの個体が押し寄せ、群れの動きが制限されて大渋滞が起きる。
「サボテンだろうがネコ=サミットだろうが、所詮はアホなモンスター! 最強の座を争う俺達に勝てるわけがないッ!」
叫び、小杉は動きが止まった群れへと突撃を開始。
幾度となく丘の上からの轟音でかき消されるも、その後もプシュプシュー! と確実に仕留めていく――。
◆
「――『獄炎柱』!」
一方、丘を挟んだ反対側。
植物系に無類の強さを誇る小杉ほどではないものの、すぐるもジャックナイフカクタスの群れ相手に孤軍奮闘していた。
上の方から会心の斬撃音が響くたび、すぐるは太郎の身を案じてしまう。
それでも自分がやるべき事をやらねばと、いまだ一体たりとも丘に上がらせてはいない。
「ホーホゥ……ッ! 当たってたまるか!」
さらにはズク坊も。
普段なら安全地帯で【気配遮断】を発動して飛ぶところ、
丘から離れて『亜竜の威厳』の効果が薄まる地点で、姿も気配も丸出しのまま。
次々と集まってくる殺人サボテンの注意を引き、回避し、リスクを背負ってでも敵の前進を遅らせていた。
――丘の下はすでに炎の地獄と化している。
その中を紅蓮色のローブを纏ったすぐるが躍動し、魔術を撃っては『魔力回復薬』を補給し、ギリギリのところで戦線を死守する。
そんな魔術師すぐるの頑張りを称えるかのように――迷宮の神は彼に笑った。
あるいは、どこかの誰かの『大吉な幸運』の影響もあったのか。
どちらにせよジャックナイフカクタスを燃やしていたすぐるに、正確にはその【スキル】に変化が起きる。
『7』から『8』へ。
上がってから長らく動かなかった【火魔術】の熟練度が――今この時、ついに8へと上がったのだ。
と同時、体内から一度に捻出される魔力の上限が上昇。
それによって当然、魔術の威力は底上げされる。
「上がっ――たぁあああッ!」
『亜竜の威厳』にも負けず、放たれたその叫びと共に。
サイズアップした力強い火の鳥が二羽、すぐるの右腕から飛び立っていく。
『火ダルマモード』の炎も一緒に分離させたそれは、ジャックナイフカクタスに直撃し、無数の鋭いナイフごと焼き尽くす。
――――――…………。
そうして、小杉が担当して蹂躙した、丘を挟んだ向こう側と同じく。
燃え盛るぽっちゃりな火魔術師は、味方であるズク坊だけを残して、全てを黒コゲに変えてみせた。
「……僕の先輩なら、僕らのリーダーなら必ず……!」
魔力が尽きる寸前となったすぐるは、『魔力回復薬』も飲まずに丘の上を向く。
そこからは変わらず二つの轟音が響き、迷宮内の空間全てを激しく揺らしていた。
――残る戦いは、あと一つ。