百八十五話 大乱入
少し長めです。
「――んああ!?」
全身がひりつくような一対一の戦い。
決闘と呼んでも差し支えないだろうその戦いは、『一発vs削り合い』の様相となっている。
話は単純だ。
俺が百トンオーバーの一撃を加えれば、人間(を真似た)の耐久力では耐えられない。
黒いノア=シュミットの『会心の属性剣』でトドメを刺される前に、当てれば勝ち。
相手にとっては、常に綱渡りで危険な勝負なのである。
――だが、そう上手くはいかなかったようだ。
……いや違うか。説明が少し足りないな。
俺はズバァアン! という会心の氷の斬撃を、右の裏拳で防ぎながら戦場を観察する。
まだ一発も当たっていなくても、速度重視の俺の拳が当たる気配はある。
『単独亜竜撃破者』としての反応速度と身体能力で、もう何度も捉える寸前までいけているのだ。
だから問題なのは黒いノア=シュミット本人ではない。
丘にいる俺から見て、前方と後方。
その両方から微かに足元に伝わる独特な震動――。つまり、七層の住人であるジャックナイフカクタスが迫ってきている事が問題だった。
「(後ろはすぐるがいるから大丈夫なはずだ。……けどマズイな。前からもこられたらさすがに……!)」
氷の斬撃と宙を走るその残像を、のけ反る形で避けた直後。
俺は一度、飛び退くように間合いをあけて、変化しつつある状況を考える。
本当にどうする? 黒いノア=シュミットの相手をしながら、ジャックナイフカクタスを潰すのは至難の技だ。
互いの『亜竜の威厳』が効いていても……それでもキツイな。
サボテンどもの動きが鈍るとはいえ、そっちを仕留めようと意識を向けた瞬間、どうなるか。
完全ノーガードなところに、派手で強烈な振り下ろしの斬撃を喰らうだろう。
『――――』
と、全身鎧の下で焦りを覚えていた時。
邪魔なジャックナイフの姿が見える前に――立て続けに『想定外』が起こる。
「ハァ!? ちょっと待て。そんな技もあるのかよお前……!」
二つ目の想定外は、黒いノア=シュミットが両手に握る大剣だ。
赤か青か黄色の【三色の剣】。
三つある属性のうち、今までは一つの属性を刀身に宿していたところ、
赤、青、黄色の『全色集合』。
百八十センチほどの刀身には、先端から炎、氷、電撃の順に属性全てが宿っていた。
……おいおい、これは……明らかにヤバイだろ。
確実に切り札的なカードであり、これで単一属性と同じ威力のわけがない。
「くそっ! よりコイツに集中しなきゃいけない状況じゃねえか……!」
三属性が同時に発現し、感じる魔力もさらに濃厚なものに。
そこに元からある敵の殺気と『亜竜の威厳』も加われば、かつてないレベルの『地獄の空気』のできあがりだ。
――もはや時間はない。
あとどれくらいでサボテンどもが乱入してくるかは不明だが……余裕を持って相手の動きを観察している場合ではなさそうだ。
「ッ――!」
『――――』
一拍、間をあけてから。俺は『闘牛気(赤)』の連打を、黒いノア=シュミットは『三属性混合』の剣を振るう。
タックルとラリアットは使わない。
より連打ができるパンチ一本で、ボクサー従魔なケロポンよろしく、拳のみで仕留めにかかる。
一秒の間に、軽く二十発以上のラッシュを。
腕だけ回す感じで一気に回転力を上げたため、大剣では捌ききれない――と思っていたのに。
現実は非常に厳しく、そして伝説の英雄は想像以上に強かった。
「チィッ!」
反応速度、というよりこっちの動きを読んでいるのかと思うほどに。
速度の一点に徹した赤いオーラのジャブが、小刻みにステップを踏む黒いノア=シュミットの上体を捉えられない。
あげく狙いすましたかのように、ラッシュの打ち終わりにズバァアン! と。
胸部に一発、まともに強烈な袈裟斬りを受けてしまう。
「ぐお……ッ!?」
単一属性よりも『三属性混合』。
ある意味、妖刀と化したその大剣は、決して見かけ倒しではなかった。
ついに『妖骨竜の鎧』の表面に、浅くはあるが一直線の傷が入る。
また通常ダメージと属性ダメージ、その二つが合わさり、しっかりと守られた肉体の中まで大きな衝撃が入ってくる。
――くそっ、しくじったか!? 少し焦りというか、頭に血が上っていたかもしれない。
相手の『亜竜の威厳』(狂角竜)の個性で怒りを呼び起こされて、いつもより冷静ではなかったかもな。
「……とはいえ、だよ。もう冷静にじっくりやってる場合じゃ……!」
とにかく、攻撃は仕掛け続けなければならない。
俺は再度パンチの連打を、今回はぐぐっと接近して直接、拳を当てようと繰り出す。
だが結果は同じだ。体勢すらも崩せない。
大剣を下ろして後ろ手に持ち、半身に構えて『完全に』守りに徹した偽者の英雄を捉えられない。
さすがに援軍(?)がきている状況を理解していないとは思うが……。
下手に仕掛けてリスクを冒さない、黒いノア=シュミットの行動は正解だろう。
「! やっべ……」
と、ここで。
ついに俺の正面に、黒いノア=シュミット越しにジャックナイフカクタスの姿が。
まだ距離はあっても……薄らとは感じていたが、やはり数は複数体。
地面から柱のように立つモンスターが、列をなして前方から丘へと接近してきていた。
……あと、ズク坊達がいる後ろの方からもだ。
すでに丘の下の方で、何度も何度も激しく炎が爆ぜているぞ。
もしこのまま、ガラ空きの前方からだけでも『乱入』されてしまえば……。
万事休す。
兜を被った俺の脳裏に、その四文字が浮かんでしまう。
自分と対等かそれ以上の強敵に加えて、下位とはいえ『指名首』のモンスターが複数体とは笑えない。
「(くっ、あと一分で【過剰燃焼】も切れるってのに……!)」
男三人で観光&記念がてら潜ったため、花蓮の従魔で回復担当のフェリポンはなし。
つまりこの危機的状況で、また自分で『ミルク回復薬』も回収・補給しなければならないのだ。
「……!」
――ここにきて、心の中の焦りが極限にまで達してしまう。
『単独亜竜撃破者』として自分に自信は持っているが、それでも個の力と仲間の数が足りな――。
「ハーッハッハ! 誰かと思えば、まさかここでお前達に会うとはな!」
「!?」
その時だった。
あまりにハードな状況に、探索者となって初めて『諦めの感情』が顔をのぞかせた時。
初海外で上の上レベルの迷宮に、きちんと最大戦力で挑まなかった事を後悔した時。
この緊迫した場面に似合わぬ笑い声と――聞き覚えのある声の『日本語』が。
「……おい、まさか……!」
兜の下で目を見開いて、俺は初めて黒いノア=シュミットから完全に視線を切って振り返った。
丘の上から、その視線の先に映ったのは、
地面の上で震えるズク坊と、交戦状態に入っていた燃え盛るすぐる。
そして、プシュプシュー! と。
気の抜ける音と共に、真っ黄色のスプレーを噴射しまくる男の姿だった。
……遠目からでも、わざわざ名乗られなくても分かる。
同じ日本の探索者の中でも、最も煩わしい存在を見て――俺は我慢できずに叫んでしまう。
「おいここベルリンだぞ!? 何でいるんだよクソ坊主ッ!?」
◆
「フン! 邪魔だザコども! 未来の最強探索者である俺のお通りだい!」
日本から遠く離れた、『ベルリンの迷宮』七層。
黒いノア=シュミットと邂逅し、ジャックナイフカクタスが集まってきてしまったところに、また別の乱入者が現れた。
立て続けにプシュプシュー! と【除草剤】を撒き散らしながら。
ジャックナイフカクタスの群れの中を通り抜けて、ズク坊とすぐるがいる丘の下まであっという間に到達する。
「ホーホゥ!? 何でお前がここに!?」
「あ、あなたは自称・先輩の『宿命のライバル』の……小杉さん!?」
当然、ズク坊とすぐるはまさかの登場人物に度肝を抜かれてしまう。
何でどうして? と、『農薬王の探索者』こと、太眉で坊主頭の小杉達郎を凝視するが――。
「ミミズク坊に火ダルマンか。……まったく、いたと思ったらこの程度で慌てふためいているとは……まだまだ甘ちゃんだな!」
言って、またプシュー! と爪の間から【除草剤】を噴射。
弱点を突いたすぐるの必殺の炎でも、一撃とはいかない耐久力を誇るジャックナイフカクタスを――いとも簡単に枯れさせて(殺して)いく。
「ホ、ホーホゥ……!」
「こ、これが対植物系最強の力……!」
その光景を見て、唖然とするズク坊とすぐる。
さらに小杉は「何かやたらと空気が重いが、まあいいか!」と叫ぶと、
『亜竜の威厳』が効いている中、ジャックナイフカクタスを真っ黄色の霧で染め上げ、一方的に蹂躙していく。
植物系モンスターの前に限り、六人目の『単独亜竜撃破者』。
その評価に違わぬパフォーマンスを、ここベルリンでも小杉は披露していた。
「――ってちょっと待て! だからお前、何でここにいるんだホーホゥ!?」
「そもそも、どうやって入って……。国から許可がないと、この迷宮は潜れないのですが!?」
殺人サボテンの数が一気に減り、余裕が生まれた二人は小杉の方に近づく。
対して、小杉は『?』マークを顔に浮かべつつも、いつもの声のトーンで、
「そうだったのか? 別に俺はそのまま入ったぞ。出入り口前の警備室には誰もいなかったしな。まあどのみち、ドイツまで武者修行にきた未来の最強探索者を迎え入れてくれただろう!」
そう答えて、背後に迫っていた残る一体をプシュー! と始末する小杉。
……彼は知らない。あとズク坊とすぐるも知る由もない。
小杉が満を持して迷宮に潜ろうとしたその時、警備員二人のうち一人は下痢気味でトイレに、もう一人は靴ひもを結ぶために激しく屈んでいた事に。
【スキル:幸運】。
無事に潜れた事に加えて、上の上レベルの迷宮を無傷で進んでこられたのも……やはり、このもう一枠の【スキル】のおかげである。
「フン、まあこんなものか。後ろからはまだきてるっぽいが……こっちは任せたぞ火ダルマン!」
「あ、はい!」
「俺は上にいく。さっきからズシンズバンとうるさいアイツを厳重注意だ!」
真っ黄色に染めた迷宮の中、目の前の急坂を見上げる小杉。
そして、『亜竜の威厳』をものともせず――叫びながら丘の頂上を目指して駆け上がる。
「さあ真打ちの登場だ! 正座して迎えろ友葉バタローめ!」