百八十四話 ミミズクの探索者vs至高の探索者
「(ぐッ……! 強烈だなこんにゃろう……!)」
振り下ろされる炎の大剣と『妖骨竜の鎧』がぶつかり合う。
その凄まじい一撃は、亜竜製の鎧でも完全にはカットできないほどの威力を誇っていた。
これが【会心の一撃】と【三色の剣】――。
『至高の探索者』ノア=シュミットが持つ、数々の強力なモンスターを屠ってきた力ってわけか。
ズバァアン! とまたやりすぎな会心の斬撃音が響く。
普通ならガードすれば金属音がなるはずだが……本当に異様でゲームみたいな音ばかりが鳴る。
また百トンオーバーの超ヘビー級にもかかわらず、高速で振るわれる大剣によって。
踏んばっているはずの俺の立ち位置が、数十センチもズレるほどの衝撃だ。
「ハハッ。さすがに強いな大先輩……!」
骨の兜の下で、無意識に笑いながら俺も負けじと拳を返す。
飛ぶ打撃である『闘牛気(赤)』。
拳を固めて脇を締めて、打ち出すそれが対象を仕留めるべく襲いかかるも――やはり大剣で上手く受け流されるか、反応速度で避けられてしまう。
……この短時間、数回のやり合いでもう分かる。
黒いノア=シュミットは『偽者』ではあっても、紛れもなく『本物』のノア=シュミットでもあると。
繰り出す一撃、踏み出す一歩全てが洗練されている。
武器は身の丈ほどの大剣なのに、動きの中でも隙らしい隙はなし。
その再現率はたしかに百パーセントかもしれない。……能力という点については、だが。
相性の良し悪しはあっても、普通にやり合えば先輩『単独亜竜撃破者』の向こうが勝つだろう。何せ歴代最強の探索者とも言われているしな。
「――けど、偽者じゃそこまでは再現できるわけないわな!」
俺に勝機がある理由、それは『装備の差』だ。
たとえどこかの探索者から、ミスリルの大剣や軽鎧を強奪しようとも。
こっちは何度も言うが、究極の装備である『妖骨竜の鎧』なのだ。
『狂角竜の剣』。
ノア=シュミットの愛剣として、竜にトドメを刺した両刃のバスタードソード。
それは今、スイスにある迷宮歴史館に保管されている――と大ファンのすぐるが言っていた。
だから俺がだいぶ後輩であっても、だ。
同じランク、同じ『単独亜竜撃破者』なら勝てるはず。
何やら後ろの方でズク坊とすぐるの声がした気がしなくもないが……自分の足音と敵の斬撃音でほぼ聞こえない。
「まあ、心配するなっての!」
言って、俺はまた無意識に笑ってしまう。
どういう理由で伝説の存在が蘇ったのかは知らない。
だが実際に、こうして時を超えて、実現不可能な拳と剣を交えられているのだから。
四捨五入すれば三年になる探索者生活で、俺も少し好戦的になったか?
なんて悠長に考えていたら、黒いノア=シュミットが再び動く。
『――――』
一拍置いて、赤から『黄色』へ。
燃え盛る炎の大剣から、バチバチィ! と激しい帯電が刀身全体に起こる。
「……炎の次は電撃か。なら、こっちも準備させてもらおうか」
相手が【三色の剣】で属性を変えたので、俺は俺で別に動く。
といっても、技ではなくて足元のマジックバックだけどな。
敵の姿を視界に収めつつ、慎重に足元にあるメインのリュック型の中から、いくつかのポーチ型のマジックバックをばら撒き、
その中から一つ、戦闘の鍵を握る『ミルク回復薬』を確保しておく。
『…………』
「はっ、ここで仕掛けてこないとは余裕だな。なら【過剰燃焼】が切れる前に――もう少しやろうか大先輩!」
そして、またぶつかりあう。
俺は小細工なしに、低い体勢から直線的で攻撃的に。
黒いノア=シュミットは華麗なダンスのようなフットワークに、苛烈な剣戟を織り交ぜながら。
相手が圧倒的強者であっても、一発でも入ればこっちのものだ。
それは向こうも分かっているようで、無理に手数を増やしたり、必要以上に間合いを詰めてくる事はない。
「『高速闘牛ラリアット』ォ!」
【過剰燃焼】に加えて『牛力調整』も使い、勇気を持って思いきり突っ込む。
走り抜けずに寸前でズズン! と止まり、右の豪腕で軽鎧を纏った胸部を狙う。
『――――』
直後、迷宮に響いたのはズバァアン! という音。
空振ったラリアットの下、ガラ空きとなった脇腹に。
そのわずかな一瞬を突いて叩き込まれ、電撃音を塗り潰す会心の斬撃音が響き渡ったのだ。
「ぐぬぅッ……!」
今までのように避けてからカウンター、ではなく避けながらのカウンター。
身体能力や【スキル】とは違う、熟練の技を見せつける形で――戦いが始まってから初めてキレイな一発を入れられてしまう。
くっ……! 結構響くなオイ!?
『妖骨竜の鎧』で威力はだいぶ軽減されたはずなのに、敵は『狂角竜の剣』でもないのに、かなりの衝撃が肉体へと入ってきた。
「だっ――からどうした! 誰が一発でダウンするか!」
一瞬、息が詰まるもお構いなし。
呼吸を戻す前に、強引に腰を回して右の回し蹴りを放つ。
すると受け流すのがズレたのか、ガガッ! と。
これまでよりも鈍い音が衝突した雷の大剣と発生。黒いノア=シュミットが数メートルほど吹っ飛んでいく。
……ただ、ここで迎撃はしない。それよりもまず先にやる事があるからな。
【過剰燃焼】が切れた瞬間、ゴクゴクッと。
左手に持っていた『ミルク回復薬』を一気飲みして、空いた小瓶を投げ捨てる。
『――――』
「おいおい、吹っ飛ばされたのにまだ無言かよ。……つうか、属性を変更する時くらい顔色の一つでも変えろっての!」
思いきりパワー負けしても、片足一本で華麗に着地した黒いノア=シュミット。
その両手に持つミスリルの大剣は、またも色が変わり始めて――あっという間に真っ青な氷剣へと姿を変えた。
と同時、丘の上の気温が一気に何度か下がる。
電撃を一つ挟んだものの、灼熱の炎もあったからか余計に冷えを感じてしまう。
……まあでも、気温など些細な問題だ。
また肝心の威力に関しても、どれでも大差ないからな。
特別に弱い属性もないし、何より『DHA錠剤』で属性耐性を五パーセントアップさせているのだ。
余裕をぶっこかずに、念には念を入れて摂取しておいて大正解、というわけである。
「背中は任せたぞ、すぐる。さすがに俺もこのトンデモない偽者で手一杯だからな」
静かに言って、大股でズシィン! と一歩。
それに応じるように、黒いノア=シュミットも擦り足で一歩前へ。
恐怖の妖骨竜と憤怒の狂角竜。
互いの『亜竜の威厳』を全開にして空間を支配させたまま――拳と大剣を交錯させる。
◆
「先、輩! 大変です! その偽者の【スキル】が、二つとも『レべル10』に……ッ!」
「すぐるダメだ、聞こえてないぞ! バタローも『DHA錠剤』を飲んだから……ッ! 集中力が上がって、るんだホーホゥ!」
激戦繰り広げられる丘の後方。
『亜竜の威厳』の絶大な効果が影響する斜面の上で、見守ることしかできないズク坊とすぐるは、全身にびっしょりと汗をかいていた。
敵側に亜竜製の装備はない。だが所有する【スキル】はどちらもレベル10。
やはり二人が思った通り、禁断ともいえる新旧『単独亜竜撃破者』同士の戦いは――太郎が押し勝つ展開にはなっていない。
「(くそっ! 何て無力なんだ僕は……!)」
すぐるは心の中で、激しく自分自身に怒っていた。
今すぐにでもリーダーである太郎を援護したいが……。
強烈な威圧が効いているせいもあり、これ以上の接近は足が竦んでまともに動けない。
――そもそも、もし仮に動けたところで、だ。
下手に援護して標的が変わってしまえば、一太刀で纏うローブや炎ごと斬り捨てられる。
すぐるの脳内では、そう『正確なシミュレーション』ができていた。
現在、目の前にしているのは、紛れもなく伝説の英雄の力と技――。
高校生の頃から憧れているからこそ、それと同じ土俵に上がる力量はない、とすぐるは理解していた。
「! ホーホゥ!? まずい……!」
と、その時。
ズク坊が突然、焦ったような声を上げたので、隣にいたすぐるはズク坊を見る。
琥珀色のその視線は、二人の強者が激突する丘の方には向いていない。
向いているのは丘の下、自分達の後方に続く道の先だった。
「ず、ズク坊先輩?」
「……すぐるよ。ちょっとこっちも、ヤバイかもしれないぞ。ジャックナイフカクタスどもが――一斉にこっちに、向かってるみたいだホーホゥ!」
「え? 一斉にですか……!?」
ズク坊の声を受けて、すぐるも丘の激闘から後方へと視線を移す。
空気の重さと派手な震動や斬撃音を背中に感じながら、起伏で波打つ通路の向こうに集中すると――。
微かに感じる地面を滑って移動する音。
それが徐々に大きくなってきて、太郎達が生み出す震動とはまた別の震動が、足元から感じ取れ始めた。
「何でこんな急に……。このままだと、かなりまずいですね」
再び太郎と黒いノア=シュミットを見て、火ダルマの下のすぐるの顔が歪む。
――太郎は互角に渡りあっている。
まだ戦いの決着は予想できずとも、勝機自体は充分にあるだろう。
だが、もしそこへ他のモンスターが乱入したら?
モンスターはモンスターの邪魔はしない。つまり、乱戦となって狙われるのは太郎のみ、という事だ。
『単独亜竜撃破者』である太郎にとって、ジャックナイフカクタスは相手ではない。
ただし、伝説の英雄の力を再現する、黒いノア=シュミットとの交戦中にとなれば……わずかな邪魔でも敗北に繋がってしまうだろう。
「ホーホゥ。すぐるよ、やってやれるな!?」
「……もちろんです。絶対に、先輩の邪魔などさせません!」
姿はまだ見えなくても、確実に接近してきているサボテンの群れ。
とはいえ丘の上で暴れる黒い怪物と比べれば、脅威度の低いモンスターに過ぎない。
すぐるは自分のマジックバックから『魔力回復薬』を取り出し、一気に飲み干してから。
宿る魔力と火力が上がった猛る炎と共に――通路の先に現れた集団に向かって叫ぶ。
「さあこい。僕の全てをもって、必ずや燃やし尽くしてやるぞ!」