百八十三話 再現率100%
ちょっと長めです。
「――ちょっ――マジかオイ!?」
『ベルリンの迷宮』七層にて。
『至高の探索者』ノア=シュミットの姿形を真似た、謎のモンスターが現れた。
なぜか『亜竜の威厳』を使え、重いプレッシャーを効かせる中――そいつは動いた。
一歩踏み込んだ瞬間、一気に縮んだ十メートル以上の間合い。
ほとんど瞬間移動みたいな動きで、両手に持つ身の丈ほどの大剣を振り下ろしてくる。
その速攻を寸でで回避。……そしてさっきの俺の発言だ。
まるで『本物』。
ただの黒い偽者を前に、そう思ってしまったのは自分でもバカバカしいとは思うが……。
正直、『亜竜の威厳』に加えて、この動きをされればそう思わざるを得ない。
「んで威力も……冗談キツイぞ!」
大剣とは思えないほど高速で振り下ろされた一撃により、深く抉り取られた丘の地面。
と同時に『ゲームみたいな不自然な斬撃音』が響き、土の塊が周囲に弾き飛ばされる。
「そ、そんな……ッ! 【スキル】まで!?」
この一撃を見て、後ろに下がっていたすぐるの声が響く。
……は? 【スキル】だって?
ちょっと待て。という事は今のはまさか……!?
俺は兜の下で額に汗をかきながら、大剣を構え直す黒いノア=シュミットの姿を見る。
【会心の一撃】――。
俺の脳裏に浮かんだのは、その有名な【スキル】の名だ。
どんな武器だろうと、たとえ素手だろうと関係なし。
放つ攻撃全てが『会心の一撃』となる、高い火力を誇るノア=シュミットが持っていた【スキル】だ。
……だから今の攻撃で、リアルとは違うゲームみたいな不自然な斬撃音が鳴ったのか。
さらには噂に聞く通り、威力の方も凄まじく――。
「!」
【会心の一撃】を見せられて、全身に冷や汗をかき始めたその時。
飛び込みからの斬撃を避けられた黒いノア=シュミットが、次なるアクションを起こした。
ゴゴォオオオ! と、『熱源と燃焼音』が迷宮に生まれる。
天井から降り注ぐ幻想的な光に交じり、戦場となった丘を力強く照らす。
――ウチのすぐるではない。いや、すぐるも『火ダルマモード』には戻っているのだが……炎を纏ったのは、目の前の敵が持つ大剣も同じだった。
『…………』
百八十センチの身の丈ほどある、間違いなくどこかの探索者から強奪しただろう、ミスリル製と思わしき大剣。
その刀身に、すぐるの火ダルマに引けを取らない、『真っ赤な炎』が生まれていたのだ。
「……おい、そっちもかよ? これがあの――【三色の剣】ってやつか」
何かもう驚きの連続すぎて、俺の口から感情が死んだ声が漏れる。
純粋な攻撃力を高める【会心の一撃】。
そしてもう一枠、歴代最高の探索者が持つ力として知られているのが、この【三色の剣】だ。
今は真っ赤な炎の剣。
だが三色の名の通り、他にも黄色(雷)と青(氷)が存在している。
『――――』
「にゃろうッ!」
本物の【スキル】を発動し、再び高速接近してくる黒い偽者。
今度は横薙ぎに振るわれた炎の大剣を、俺はしっかりガードを上げて迎え撃つ。
瞬間、宙を走る炎の残像。――同時、『会心の炎の剣撃』と『妖骨竜の鎧』の腕がぶつかり合う。
そこらの『指名首』とは比較にならない、凄まじい衝撃と斬撃音と炎の熱が襲いかかってくるも――骨の鎧と牛の力で踏ん張って止める。
「ナメ、んな……!」
しっかり受け止めて、即行でカウンターを返す。
両腕は顔の横にガードで上げたまま、百トンオーバーの前蹴りを見舞う。
――だが、
「ッ!?」
ほぼゼロタイムな反射神経でバックステップ。
ヤツは大剣も持っているのに、素早い動きでこっちの攻撃を躱してきた。
……いやいや、ウソだろ? 本当に待てよ。
『亜竜の威厳』も【スキル】二つも使えて、スピードもパワーも反応速度もこのレベルって……。
「偽者のくせに生意気な……! どんだけ本物を再現してるんだよお前!?」
認めたくはないが、ハッキリ言って一つ一つの動きの質は俺より上。
瞬き一つもしているヒマさえないと感じるほどだぞ。
それこそ白根さんとか柊隊長とか、他の先輩『単独亜竜撃破者』のような動きで――何とかついてはいける、といった感じか。
「なら! 先手必勝ッ!」
纏う『闘牛気(赤)』を飛ばしてパンチの連打を。
いくら『完璧に再現』していても、『亜竜並に』強いとしても。
モンスターとは違って、当たれば一気に形勢はこっちに傾くはずだ。
しかし、相手はあのノア=シュミット――の能力を有する者。
体さばきで避けられ、剣さばきで流され、叩き潰すはずの連打は一発たりとも当たっていない。
『…………』
「ハハッ、まあそりゃそうか。英雄があっさりやられるわけないわな」
探索者としてデビューして、およそ二年と八カ月。
もはや数えきれないほどのモンスターは倒してきたが、本来はあり得ない対人戦は『悪魔の探索者』の稲垣以来だ。
――あの頃よりも俺は遥かに強くなっている。
ただそれを言うなら、対戦相手の探索者も同じかそれ以上に強くなっているからな。
だから手は抜けない。俺も全力全開でいこう。
【過剰燃焼】で倍の牛力に引き上げた状態で、普段は眠らせているカード――『亜竜の威厳』を発動。
もうすでに一つの威圧が効いてしまっているため、俺も使っても実はズク坊とすぐるへの影響は大して変わらない。
「――いくぞ。迷宮界の伝説をまんまパクるとか……死んで猛省しやがれ!」
俺は覚悟を決めて、本物の偽者、黒いノア=シュミットに挑む。
◆
「ホ、ホーホゥッ……!」
「せ、先輩……!」
一方、ズク坊とすぐるはというと。
丘から少しだけ下りて、斜面の上のところで待機していた。
明らかに新種と思われるモンスターの登場。
ところがそのモンスターが、『至高の探索者』ノア=シュミットの姿形をしていたあげく、
肝心の能力まで『完全再現』していた事に、二人は衝撃を受けていた。
強者のみが手にできる、究極の威圧技を受けて肉体、精神ともに抑えつけられていても。
視線だけは外さずに――始まってしまった丘の上の戦闘を見る。
「くっ、俺のミスだ! まさかこれほど、ヤバイ相手だったとは……ホーホゥッ!」
索敵を務めるズク坊は、心の底から自分を責め、そして後悔していた。
自慢の【絶対嗅覚】をもってしても、サイズくらいしか判別できない。
そんな岐阜での竜以来の特殊な状況下で、なぜもっと警戒をしなかったのかと。
結果として、大切な相棒であり家族である太郎を。
上野の巨大ホールでの『クリスマスの決闘』の時のように、どっちに転ぶか分からない、非常に危険な状況へと陥らせてしまう。
「……こんなのもう、『単独亜竜撃破者』同士の、戦いじゃないか……!」
すぐるはただただ、目の前で繰り広げられる出来事に驚き、そして恐怖していた。
大ファンだからこそ、この場の誰よりも理解している。
皮膚の色と装備と種族以外、完全にあのノア=シュミットだと。
――で、あるならば。
同じ探索者として、やはりすぐるは理解していた。
この遥か格上の二人の戦いの中には入れない。
太郎と黒いノア=シュミット――どちらの動きも速すぎて、下手に援護射撃はできないと。
自分では何もかもが力不足。一目でそれが分からないほど、すぐるは素人ではない。
まして『亜竜の威厳』が効いているのだ。
圧倒的強者同士の、まだ探り合うような戦いでも、正確に炎を狙い撃つのは厳しかった。
「ッ! どうすれば……!」
すぐるの口から悔しさが煮詰まったような声が漏れる。
だがそれは、太郎の重撃と敵の会心の炎の一撃、
さらにはズク坊の「ホーホゥ!?」という声ですぐにかき消された。
「っ? どうしました、ズク坊先輩!?」
「いや悪い。気のせい……あれ? ちょっと、待て…………ホーホゥッ!?」
また驚きの声を上げ、地面の上でパニック気味になるズク坊。
威圧のせいで飛べない中、自身の白い羽が何枚も落ちるほど、勢いよく翼を羽ばたかせている。
「ス、【スキル】が……ッ! 【スキル】がやっと、嗅ぎ取れたぞホーホゥ!」
「そうなのですか!? なら、【会心の一撃】と【三色の剣】、ですよね? あれはまさしく、本物の――」
「ホーホゥ! そうだ、けど違う! 『そっち』じゃなくて……!」
すぐるの問いに、ズク坊は激しく首と翼を振るう。
そして、空気が怒りと恐怖の威圧に支配される中、冷静に一呼吸を置いてから。
「『熟練度』だ! 何で、【スキル】の熟練度が――どっちも『レベル10』になってるんだホーホゥ!?」
「えっ……?」
そのズク坊の報告を受けて。
すぐるの呼吸と思考、さらには纏う炎の揺らめきも一瞬、止まる。
黒い人型モンスターは、何らかの能力によって、『竜の討伐前の状態』を再現しているのではないのか?
すぐるの頭の中で、止まった思考がぐるぐると回り出す。
たしかにノア=シュミットは人類でただ一人、レベル10に到達した。
だがご存知の通り、搬送中に間もなくして死亡。
結局、一度も披露する事なく、二つの【スキル】は彼の中で永久に眠ったのだ。
――それが今、現実に目の前で披露されている。
誰よりも重くてパワフルな探索者相手に、日の目を見なかった『レベル10の力』が開放されていた。
「……こ、これはマズいぞ、ホーホゥ……!」
「腕も足もあるのに! まさか【スキル】だけ、『竜の討伐後の状態』だなんて……!」
再現はしても、てっきりレベル9状態だと思っていた二人はさらに取り乱す。
相手は英雄、ノア=シュミット。
技や経験値は太郎より上でも、それでも亜竜製の『究極の装備』の差で、少し太郎が有利だと思っていた。
……ただ、代わりに【スキル】がレベル10なら……話は少し変わってくる。
かつて誰も体験した事がない、最高到達点に達した【スキル】の威力。
それを知るのはただ一人、現在進行形で戦っている太郎のみ――。
「なあ、すぐる。ノア=シュミットって、もしかして……八層で死んだ、のかホーホゥ?」
「はい、そうです。『竜との戦場跡地』……は十三層ですが、搬送中の八層で、死亡が確認されました」
ビリビリと『亜竜の威厳』を全身に浴びながら、大量の冷や汗をかいてズク坊とすぐるが言う。
――つまり、何が言いたいのか。
本来は『変動の階層』なのに、なぜか一月近く続いていた『空の階層』化。
その階層で五年前、ノア=シュミットは命を落とし――その姿形と能力を真似た謎のモンスターが、下からここ七層へと上がってきた。
「ホーホゥ。どう考えても……」
「原因は八層にあった、ですね」
詳しい正体までは分からない。だが確実に言えるのは、一月もの長い時間を掛けて。
厄介すぎる能力を持った新種のモンスターが生まれ落ち、これ以上ない強者を再現してしまった、という事だ。
――ズズゥウン! ズバァアン! と、尋常ではない打撃音と斬撃音が響く。
時を越えて対峙する二人の強者――果たしてどちらに軍配が上がるのか?
その答えは、迷宮の神さえ分からないかもしれない。