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百七十九話 変動の階層

「硬くて飛ぶ上に遠距離攻撃とか……お前、戦闘機かよ!」

「先輩、ここはお任せを。――『火の鳥(ホウオウ)』ッ!」


 最初の『変動の階層』である二層に入った。


 他のすれ違った戻りの外国人探索者に会釈をして、また最短ルートで進んだ先。

 起伏の激しい道にある坂の頂上にて、『本日の』二層モンスター、『ガイアスワロー』との戦闘が始まった。


 遭遇直後から立て続けに放たれる岩の槍。

 その土属性の魔術をサイドステップで避けた火ダルマなすぐるが、【火魔術】で反撃を開始する。


 火vs土。

 種族を超えた魔術合戦を前に、俺は見学に徹する事に決めた。


 ――これは信頼あってこそだ。

 上の上レベルの難易度で、出現モンスターが強めであったとしても。


 二層程度で苦戦してしまうほど、ウチのすぐるはやわではない。


 相手はまだ『指名首(ウォンテッド)』でもないしな。

 俺が変に援護して撃墜する必要はない――と、そう思っている間にすぐるが決めた。


 連射能力を用いた『火の鳥(ホウオウ)』の二連発、からの『火炎爆撃(フレアボム)』。


 硬い羽毛に覆われたガイアスワローが炎上。

 独特な焼ける臭いを発しながら、地面に墜落して絶命した。


「よくやった、すぐる。さすがの火力だな」

「ホーホゥ。もうだいぶ距離を取ってないと熱くてたまらないレベルだぞ」

「ありがとうございます、先輩にズク坊先輩。……ただ、やっぱり僕はまだまだですね」


 勝利してなお、すぐるは悔しそうな顔で答える。


『火ダルマモード』の炎を分離して威力を底上げし、さらに『DHA錠剤』も飲んで属性攻撃力を五パーセントアップ。

 にもかかわらず、『指名首(ウォンテッド)』でもないモンスターに三発もかかったのが許せないらしい。


「まあでも、一層のキメラもそうだけど相性があるからな。とにかくナイスファイトでファイヤーだったぞ」

「バタローの言う通りだ。すぐるよ、あのノア=シュミットだって今の業火を見たら褒めてくれるはずだぞホーホゥ!」


 熱いので肩をポンポンできないが、俺とズク坊はしっかりと仲間を労う。


 花蓮が率いる従魔組がいなくとも、一層も二層も全く問題なし。

 もっと下層で、かつ集団に囲まれるとかでもしない限り、俺達の苦戦はないだろう。


「む、またすぐ次のモンスターがきてるな。ホーホゥ。ここは単体のが多いけど、遭遇率は高めかもしれないぞ」

「了解。んじゃ気を緩めずにいこう。次は俺がやるから、一旦すぐるは休憩な」

「はい先輩。お願いします」


 ここでまた前衛に上がって、すぐるとチェンジ。


 相変わらずクロスカントリー風な道の坂を下ったところで、

 次の急坂の頂上に、二体目のガイアスワローが現れて――こっちへ弾丸のごとく飛んでくる。


「……、」


 どっしりと低く構えて、射程距離の五メートルに入るまで待つ。


 すぐると違って俺は『DHA錠剤』を飲んでいないが……うむ、いい感じに体も温まって集中できている気がするぞ。


「――地に、落ちろ!」


 六十六牛力での左右のパンチを、『闘牛気(赤)』で宙へと連打。

 タイミングを合わせて放った赤い湯気の打撃は、大型の硬化ツバメに空中で直撃。


 向こうの突撃飛行の勢いもあってか、派手に粉砕して硬い羽毛が飛び散っていった。


 ……やはりまだ『牛力調整』も『部分牛力』も必要ないか。

 あとついでに言うと、『食い溜めの一撃』などオーバーキルもオーバーキルだ。


 ドイツのモンスターらしく防御力が高くても、当たりさえすれば通常モードで十分、対処可能だな。


「よし、予想通り余裕アリだな。花蓮からフェリポンだけでも借りようかと思ったけど……。この分なら【過剰燃焼(オーバーヒート)】もしばらく出番はなさそうだ」


 ガイアスワローを倒して、俺達はスル―してそのまま坂を登り始める。


 ギルド総長の柳さんから頼まれた、十層の珍しい採集物。

 それ以外は基本、素材の回収はせずにガンガン進む予定だ。


 というわけで、ズシンズシン! と。


 もはや騒音レベルな足音と震動を生みながら、俺達『迷宮サークル』男衆は『ベルリンの迷宮』を進んでいく。


 ◆


「――目標到達。よしお前ら、休憩にするぞ」

「ああ」

「そうね」


 迷宮内を激しく揺らす歩みがある階層から――さらに下。

『ベルリンの迷宮』八層に、その探索者達はたどり着いた。


「ふう……。ようやく休めるのか」


 一人はイタリア人の男性探索者。人々は彼を『首斬りの探索者』と呼ぶ。

 今年で三十九歳、探索歴は九年目になるベテランは、武器である両刃の大剣を壁に立て掛けた。


「でも本当に助かるね。完全に休める場所があるのはありがたいよ」


 もう一人はフランス人の男性探索者。人々は彼を『魔拳の探索者』と呼ぶ。

 三十六歳の七年目の探索者で、一年前までソロで活動していた者だ。


「特にここは上の上レベルだしね。今までのベルリンから考えたらありえないわよ」


 最後の一人はベルギー人の女性探索者。人々は彼女を『くの一の探索者』と呼ぶ。

 三人の中では最年少の三十歳でも、異名がついた有名探索者の一人だ。


 そんな彼ら三人のパーティーは皆、戦闘と移動の疲れから階段近くに腰を下ろす。


『変動の階層』となる八層。

 二、四、六層に続き、四度目の『変動の階層』なのだが……ここだけはモンスターが出現していない。


 ――つまり、『空の階層』。


 ただし、本来の『空の階層』には最後にボス部屋が存在するところ、

 ここ八層にはなぜか、あるはずのボス部屋さえも存在していない。


 完全なる『空の階層』。

 理由は全くの不明だが、この一カ月間、『ベルリンの迷宮』の八層には一体のモンスターも出現していない状況だ。


「理由はどうあれ、せっかくあるんだからな。俺達も利用させてもらうとしよう」


 リーダーを務める『首斬りの探索者』の声を受けて。

 一層から八層まで駆け抜けた彼らは、安堵の表情を浮かべて休憩を取る。


『くの一の探索者』がナップザック型のマジックバックの中からペットボトルの水を取り出し、

 さらに『体力回復薬』も取り出して、他二人にも渡して一気に飲み干していく。


「そういや、アイツらって今……どのへんなんだろうな? たしか今日って副ギルド長が言ってたよな」

「……アイツら? 誰の事だいリーダー?」

「『ミミズクの探索者』に決まってるでしょ。ほら、日本からくるっていう『単独亜竜撃破者』よ」


 と、ここで。

 休憩中の彼らの話題に上がったのは、今日この迷宮に潜るらしい探索者の事だ。


 世界各国の間で、国のプライドをかけた競争にもなっている『単独亜竜撃破者』の数。


 その保有数で日本の『独走状態』に拍車をかけた、喋るミミズクとセットの若きファイタータイプの探索者である。


「さすがにもう潜ってる頃合いだろうな。聞いた話じゃ、従魔師の一人は潜らずに『火ダルマの探索者』ってのと二人だけらしいぞ」

「二人で? その人数だけで大丈夫なのかい?」

「正確には二人と一羽ね。……けどまあ、悔しいけど私達三人よりも生還率は高いでしょうね」


『魔拳の探索者』の疑問に、『くの一の探索者』が即答した。


 ――実力と経験があるからこそ、相手の力量もよく分かる。

『ミミズクの探索者』が歩んできた探索歴を見れば、一人少なくても向こうの方が『上』である、と。


「もう一人の方は詳しく知らないが、何せ一人が『単独亜竜撃破者』様だからな。俺の国にはまだ一人もいないぞ」

「それに、あの手のタイプは間違いが起こりづらいわ。亜竜製の鎧も纏ってるって聞くし、ベルリンのモンスターのどれよりも頑丈ね」

「へえ、そういうものなのか」


 そんな会話をしながら、戦闘モードから完全休憩モードへ。


 クロスカントリーな道を走破した足を中心に、探索者三人はしっかりと体を休める。


 ちなみに、今は彼らの姿しかないが……そこはやはり『空の階層』。

 前にいたであろう他の探索者達の痕跡(缶やペットボトル)が、マナー違反として残っていた。


「――っと。ちょっと小便に行ってくるか」

「はっはっは。『体力回復薬』の飲みすぎかいリーダー?」

「うるせっ。誰よりも頑張った証拠だ証拠!」


 仲間の声に笑いながら答えて、リーダーである『首斬りの探索者』が立ち上がる。


 武器の大剣は壁に立て掛けたまま、用を足そうと近くの曲がり角を曲がっていく。

 纏う防具は軽鎧のため、防靭性と耐魔性の高いズボンのチャックを下ろすだけだ。


「フーッ。探索も排尿も順調っとー」


 ジョボジョボと壁に用を足しながら、顔も体も弛緩する『首斬りの探索者』。


 そうして、スッキリして再び装備ズボンのチャックに手をかけて――。


「……ん? 何だあ?」


 その時だ。

 後方に続く迷宮の道、天井部からエメラルドグリーン色の石の光が注ぐ中――何かの気配が。


 一般人ではまず気づかないその気配に気づき、『首斬りの探索者』が通路の先を見ると、

 ペタリペタリと、今度は奇妙な足音が少しずつ聞こえてきた。


「おい誰だ。……気持ち悪いな。変な足音を立てて黙って近づいてくるんじゃ――」


 視線を睨みに変えた数秒後。『首斬りの探索者』は見た。


 モンスターは存在しない『ベルリンの迷宮』八層。

 ゆえに通路を歩いてやってくるのは、どこかの探索者であるのは間違いない。


 ――だが、


「何、だお前……!?」


 視界に映った色は黒。他の色は存在しない。


 突然、姿を現したそれは、勢いよく駆け出すと――『首斬りの探索者』と交錯した。

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